寝る前に5題


お題は「きみのとなりで」様でお借りしました


1.ホットミルクをふたつ

さらさらとペンを走らせる音が270号室に聞こえる。
ぼくはさっきから同室の三洲に話を切り出すタイミングを計っていたけれど、なかなかそれを見つけられずにいた。
苦手な古典の宿題を何とか片付け、机の上のライト消すと、小さく一つ深呼吸して反対側で同じように宿題をしている三洲へと視線を向けた。
時間を確認し、そろそろ言わないとだめだと思って、思い切って声をかける。
「あの、三洲くん」
「なに?」
三洲はぼくに返事をしたけれど、振り返ることなく辞書を引く手を止めない。
「えっと・・・」
言いよどんだぼくに、ようやく三洲は振り返った。
「なに、葉山?分からないとこでもあった?」
頭脳優秀な三洲に何度か宿題のことで質問したことがあるので、たぶん今度もそうだと思ったのだろう。
けれど、今夜はそういうことではなくて・・・
「あのさ、今夜・・点呼、頼んでもいいかな?」
「・・・・」
ああ、顔が熱くなるのが自分でも分かる。
ちゃんと理由を言わないとだめかな、とも思ったけれど、ぼくが点呼を頼む理由なんて一つしかないから、たぶん言わなくても三洲には通じたのだろう。
三洲は少しの間、無言でぼくを見ていたけれど、やがて茶化すでもなく、いいよ、と言った。
ぼくはほっとする。
「ありがと」
「ずいぶん久しぶりだな、ゼロ番に泊まるなんて」
三洲は再び机に向かうと、宿題の続きを始める。
「そう・・だね、忙しいから・・」
ぼくが、ではなくてギイが、である。
ここのところ、ろくに顔を合わせることできず、ましてや言葉を交わすチャンスもなく。
けれどそうなると会いたい気持ちは募るばかりだった。たぶん、それはギイも同じだったのだろう。
今日、廊下での通りすがりに
「託生、今夜、ゼロ番な」
「え?」
「三洲に点呼頼んでくるんだぞ」
と、言いたいことだけ言って、ギイはぼくの肩を軽く叩くと足早にその場を去った。
つまり、ぼくもギイも限界が来ていたということなのだろう。
ぼくだけがそうじゃなかったんだと思うと何となく安心した。
ぼくばかりがギイのことを欲しいと思っているのでは恥ずかしすぎる。
ほんの少し会えないくらいで、寂しくなってしまうなんてどうかしてると思うのだけれど、やっぱり好きな人と言葉を交わせないのは辛い。
「早く行けば?今か今かとお待ちかねだと思うぞ」
三洲がどこか笑いを含んだ声でぼくの背中を押してくれる。
「あ、うん・・・じゃあ、ごめん、よろしくお願いします・・・」
ぺこりと頭を下げて、ぼくは270号室をあとにした。
たった一つ階をあがるだけなのに、ぼくは心臓がどきどきしてしまって仕方なかった。
廊下に誰もいないことを確認して、ゼロ番の扉を小さくノックすると、すぐにギイが迎え入れてくれた。
「ちゃんと三洲に点呼頼んできたか?」
「うん」
「これでまた三洲に借りができちまったな」
笑ってそう言うと、ギイはぼくの肩を抱き寄せてこめかみキスをした。
そのままぎゅっと抱きしめられて目を閉じる。
甘い花の香りが懐かしく、最後にこうして抱きしめられたのがずいぶん以前のことのように思えて、またちょっと切なくなった。
「さて、ゼロ番は本日はもう店仕舞いな」
ギイはそう言って、扉に鍵をかけた。
ぼくはソファに腰掛けると、ぐるりとゼロ番を見渡した。
もちろんゼロ番は個室なので他に誰かいるわけでもないんだけれど、何となく手持ち無沙汰だったのだ。綺麗に片付いたゼロ番。以前、佐智さんの別荘にあったギイの部屋もそうだったけれど、基本的にあまりモノを置くタイプではないので、ギイの部屋はいつもシンプルですっきりしている。
けれど決して冷たい感じではなく、ギイの気配がして、ぼくには居心地がいい。
「託生、ホットミルク飲むか?」
「ホットミルク?」
そんなの自動販売機にあったっけ?
「これこれ」
どこか楽しそうにギイが手招きする。彼の指差すものを見ると、そこには小さな鍋と卓上調理器があった。すごく小さくてちょうど一人分の飲み物を温めるには都合がいい。
「どうしたの、これ?」
「内緒な。暖かいもの欲しい時に便利だろ?」
「まぁそうだけど・・・先生に見つかったら没収だよ?」
寮に持ち込みができる電気器具というのは限定されているのだ。保温ポットはいいのだけれど、さすがに卓上調理器は認められてはいないはずだ。
「託生がきた時にしか使わないから見逃してくれよな」
ギイはウィンクするとパチンとスイッチを入れた。すぐにふつふつとミルクが温まる。
うん、これは確かに部屋にあると便利かも。特に真冬なんかは便利そう。
「はい、出来上がり」
あっという間にホットミルクが二つ出来上がり。
差し出されたマグカップを受け取って、ギイのベッドに腰掛ける。
「アルコールじゃなくて何ですが」
おどけて言って、ギイが手にしたマグカップの縁をかちんと合わせた。
「・・・甘い」
一口飲むと、優しい甘さが口の中に広がった。
「ほんのちょっとだけ砂糖入れた。今日、疲れただろ、託生」
「体育があったから?」
「お前の苦手な持久走だったもんな」
そうだよ、とぼくは大きくうなづく。スポーツテストでもないのに、今日の体育は持久走でぼくはへとへとになってしまったのだ。
それにしても違うクラスの授業内容まで知ってるギイって?


2.目覚ましセットを忘れずに


「三洲、何か言ってたか?」
暖かいミルクのおかげで身体がぽかぽかしていた。
ベッドの上に乗り上げて、壁を背に2人して並んで座る。
会えなかった分の、何でもない話をするだけでも十分楽しくて、あっという間に時間がたつ。
「特には何も。今か今かとお待ちかねだろ、って笑われたけど」
「それ、オレが?」
「うん、たぶん」
「お見通しだなぁ、三洲のやつ」
苦笑して、ギイがぼくの肩に腕を回す。
「まぁ間違ってないけどな」
「ギイ、ぼくに会いたかった?」
「当然だろ。何だよ、お前、オレが会いたくないと思ってるとでも?」
「だって・・・」
そうじゃないけど、とぼくは口ごもる。
「あのなぁ、会いたいに決まってるだろ?ほんとは毎日でも泊まりにきてほしいくらいなんだぞ」
「それは無理」
「分かってるよ。だから我慢してるんだろ」
何故か自慢げに言われて、ぼくはうっかり納得してしまった。
「オレがどれだけ我慢してるかわかってるのか、お前」
「どれだけ・・って?」
ギイはぼくの肩を抱き寄せると、耳元で甘く囁いた。
「明日、起きるためには目覚ましセットを忘れないようにしなくちゃならないほど」
「・・・・・それって・・」
ぼくはその意味を考えて、恐る恐るギイを見た。
ギイはにっこりと笑うと、ぼくへと唇を寄せてきた。


3.こっちにおいで


「ほら、こっちにおいで」
誘われるがままにギイに手を引かれた。
ゆっくりとベッドに横たえられて、優しいキスを受け止める。
何度も何度も、甘く舌を吸われて、それだけでもうどうにかなってしまいそうになる。
「ギ・・イ・・・」
息苦しいほどに抱きしめられて、甘い花の香りにうっとりと目を閉じた。
手際よくぼくのシャツを脱がしていたギイは、手を止めると顔を上げてふぅと一つ息をついた。
「まいったな」
「え、なに?」
「んー、久しぶりだし、めちゃくちゃ優しくしてやりたいところだけど、無理かも」
言うなり、ギイはするりとぼくの下肢に手を這わせた。
「・・・っ」
「朝まで何回できるかな」
恐ろしいことをさらりと言って、ギイは深くぼくに口づける。
求められるままに、ぼくも進んでギイを受け入れた。


4.明日の準備


もうくたくたで、指一本動かせません・・

というぼくとは違って、ギイは相変わらず元気というか、タフというか、ぼくのためにあれやこれやと世話を焼いてくれる。
「ごめんな、託生、オレちょっとがっついてたかな」
久しぶりだったし、と歯切れの悪いギイにぼくの方が恥ずかしくなってしまう。
ギイだけが、なんて全然思わない。
ぼくだって際限なくギイのことを欲しがったのだから。
「大丈夫だよ。でもちょっと疲れたかな」
いったい今何時なんだろう。
知らない間にちょっと眠ってたみたいだし。
ぼくの返事に安心したかのように、ギイはベッドに身を滑らせると、うつぶせのぼくの背にキスを一つ落とした。
「満足した?託生」
「・・・・」
あからさまな問いかけに答えられないでいるぼくに、ギイはくすりと笑うと、
「帰したくないなぁ」
と小さくつぶやいた。
去年同室だった時は、ずっと一緒にいることができた。
だけど今は・・・
「託生・・・」
「だめだよ、ギイ」
寝返りを打って、正面からギイを見た。
小さなキスを繰り返すギイに、さすがに今夜はもう無理と訴えてみる。
「しないよ。キスだけ」
「さっきもいっぱいしたと思うんだけど・・・」
「明日の準備のために、な」
「なにそれ?」
きょとんとするぼくにギイは真面目な表情で静かに言う。
「明日も面倒なことがいろいろあるだろうなぁって思うけど、託生とこうして一緒に過ごせて、おまけにキスができたら、明日も一日頑張ろうって思えるんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
それくらいのことで頑張れるなら、いくらでもしてあげようという気になる。
だけど、よく考えると、ぼくだって同じなのだ。
ギイとこうして一緒に夜を過ごして、好きだよと言ってもらえるだけで、ぼくは明日も頑張ろうと思える。
だからギイの言葉は嘘じゃないんだと分かる。
「大好きだよ、ギイ」
ぼくからの口づけに、ギイは嬉しそうに微笑んだ。


5.おやすみなさい


何となく眠ってしまうのが惜しくて、ぼくはどうでもいいようなことをずっと話していた。相槌を打ちながら聞いてくれていたギイは、話が途切れるとぼくの身体を引き寄せた。
「眠くないのか?託生」
「眠いけど・・・」
眠ってしまって、明日になれば、またしばらくギイと一緒に過ごすことはできない。
ここのところ、まともに話もできてなかったら、本当はずっと不安だった。
だけど、共犯者になるって決めたのだから寂しいことは百も承知だ。
だからギイには言わないって決めている。
寂しいだなんて、絶対に言わない。
我侭を言って、ギイを困らせたくない。
ギイと一緒に過ごせる時間は、ぼくにとってはとても大切な時間なのだ。
あとわずかな時間だけど、ぼくはギイを独り占めしていたい。
眠るのがもったいない。
黙り込んだぼくに、ギイはふいに明るい声色で言った。
「なぁ託生、明日は休みだし、章三も誘って久しぶりに街に下りようか」
「え?」
ギイが指先がぼくの頬を撫でる。
「今夜の続きで、明日も託生に大サービス。ここのところ寂しくさせてたからな」
「・・・・・」
「だからもう眠っていいぞ」
「・・・・うん」
「朝起きても、ちゃんとオレはここにいる」
ギイは、ぼくが何を不安に思っているのか、何を怖がっているのか、全部お見通しなのだ。
そして安心していいと、ぼくをどこまでも甘やかす。
「おやすみ、託生」
「おやすみなさい」

また明日。
目覚めればそこに、ギイがいる。



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あとがき

王道なギイ託な感じで。