日常茶飯事


その時ぼくたちがいたのは、麓の街に最近できたばかりの大型ショッピングセンターだった。
フードコードが充実している、と祠堂の生徒たちにも好評で、その噂を聞いたギイと章三は早速先週、試しに行ってきた。
舌の肥えてる章三が「なかなかいける」との評価を下したので、本日、ぼくは二人と一緒に下山したというわけだった。

「どうせなら最初から一緒に連れてってくれれば良かったのに」
ぼくは初めて訪れるわけだけど、二人は先週に引き続き二度目の下山だ。それも同じ目的地。
それってけっこう無駄じゃないのか?って思ってしまうんだけど。
「いや、美味いって分かってから託生を連れてきたかったからさ」
とギイが笑う。
とか何とか言って、ギイはたまにぼくには内緒で章三と二人してあれこれ企んだりするから油断ならない。
もしかして今回も何かあるんじゃ、と疑いの目を向けると、ギイは困ったように小さく笑った。
「おいおい、ほんとに何もないって。だいたい先週はお前が用事があるって言って、オレたちの誘いを断ったんじゃないか」
「まぁそうだけど・・・」
「それに、心配するな。結局先週だけじゃ全部の店は回りきれなかったから、2週連続でもぜんぜん問題ないからさ」
「それならいいけど」
ぼくの心配をちゃんと見抜いているギイは、どこか嬉しそうにぼくを見た。
ふと気づくと、章三が無言でそんなぼくたちを見ていた。
「なに?」
「いや、別に」
何か言いたそうな気がしたんだけど、章三はそのまま歩き出す。
何なんだろう?
何かやったかな??
ぼくは首をかしげてそのあとを歩いた。


ショッピングセンターには雑貨や洋服、書籍、美容室、果ては病院まで入っていて、確かに一日じゃ回りきれないほどの充実ぶりだった。
3人であちこちの店を冷やかして、章三が太鼓判を押したフードコートで昼食を取り、そのあと話題になっている映画を見た。
シネコンが入っているというのも、章三的にはかなりポイントが高かったらしい。確かにとても綺麗だし、上映している数も多い。きっとこれからはここのシネコンが章三の行きつけになるんだろう。
「なかなか面白かったな」
「うん、前評判通りだったね」
二時間後、ぼくたちは新作映画を十分に堪能して劇場を出た。
派手なアクションムービーは何も考えずに楽しめた。この手の映画はギイと章三が大好きなジャンルだ。ぼくはまぁ半分付き合いだったけど、それでも集中してみることができた。
「何だか喉が渇いたな」
「ぼくも」
「よし、じゃこのあとのお茶代を賭けて・・・」
せぇのとギイが拳を振り上げる。それに続いて章三も。
ぼくは何が何だか分からないまま、二人の勢いにつられて手を上げた。
「じゃんけんほい」

ちょき、ちょき、ぱー。

「めずらしい、ギイの負けか」
章三がニヤニヤと笑う。
言いだしっぺのギイが一人負けするなんて、ほんと珍しい。
そりゃあ、じゃんけんなんて時の運だから誰が負けたっておかしくないわけだけど、強運の持ち主であるギイは、そのじゃんけんでさえ滅多に負けたりしないのだ。
「お前、まさか葉山のためにわざと負けたんじゃないだろうな」
「そんなことするかよ」
章三のからかいにギイが憮然とする。ぼくも思わず笑ってしまう。
だって、いくらギイでもわざとぼくに負けることなんてできやしない。
「ま、負けちまったものはしょうがない。フードコートに戻ろうぜ」
ギイに促されてぼくたちは再びフードコートへと戻った。昼時はとっくに過ぎているけれど、ぼくたちと同じようにお茶をしようという人たちで、いっぱいだった。
ようやく空いた席を確保すると、ギイはぼくたちにリクエストを聞いた。
「OK、じゃ買ってくる」
「ギイ、一緒に行こうか?」
一人で3人分の飲み物を買うのって大変そうだ。
腰を浮かしかけたぼくの肩を、ギイが押しとどめる。
「大丈夫。すぐ戻る」
「うん、わかった」
ギイが行ってしまうと、章三が何とも言えない生ぬるい視線をぼくへと向けているのに気づいた。
この視線、さっき感じたのと同じだ。
「え、なに?」
何かおかしなことしたか?
「いーや、そういやお前たち恋人同士だったんだなぁって、な」
「な、な、何だよっ。いきなりっ」
ぼくは顔が赤くなるのが分かった。
別にギイとのことは章三に隠しているわけでもないし、そんなこと今さらかもしれないけど、あからさまに「恋人同士」だなんて単語を言われると、めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。
章三はそんなぼくの動揺を面白そうに笑って言った。
「ギイはいつも愛してるだの何だのと腐った台詞を口にするけど、逆にそういうのって芝居がかって聞こえるっていうか、まぁ周囲に対してのパフォーマンス的なところもあるから、あんまり生々しさを伴わないし、僕も適当に流してられるんだが・・・」
章三が頬杖をついて赤い顔のままのぼくにため息をつく。
「逆にさっきみたいに、何でもないことでお互いを気遣うっていうのは、いっそ生々しいよな」
「さっき・・・・?」
何かしたっけ?
ぼくがきょとんと章三を見返すと、彼は苦笑した。
「ギイが2週連続でショッピングセンターに来るのを申し訳なく思ったり、一人で三人分の飲み物持てるかなぁって心配したり」
「・・・・」
「ああいうのって見ているこっちの方が恥ずかしいもんだよな。何ていうか、まさに恋人同士って感じでさ」
そんなこと言われるまで気にもしなかった。
いつものことっていうか、たぶん、ギイがぼくの立場でも同じようなことすると思うし。いや、むしろギイの方がもっと細かいところまで気遣ってくれそうだ。
だから、そんな特別なことでもないと思うんだけど。それに、
「あのさ、別にギイ相手じゃなくてもそれくらいの気遣いするよ」
「ああ、確かに。葉山はそうかもな」
「赤池君はしないの?」
「ギイを相手に?するわけないだろ。飲み物の3本くらい余裕で持ってくるぜ」
まぁそうだけど。
でも無意識のうちに出ちゃったんだから仕方ないじゃないか。
「ま、仲が良いってのはいいことだ」
「そうですか」
ぼくが何だか釈然としない気持ちでいると、ギイが戻ってきた。ちゃんと小さなトレイに飲み物を三人分置いて、おまけに何やら包み紙もある。
「おかえり、ギイ」
「おまたせ」
テーブルに置かれたトレイに乗っていた包みを覗き込むと、肉まんだった。
今が旬。
これにはぼくも章三も目を輝かせた。
さすがギイ。飲み物だけじゃなくて、ちゃんとおやつまで買ってくるんだから。
「小腹が減っただろ?ところがなぁ、肉まんが大人気でひとつしかなかったんだ。なので、あとの二つはピザまんとあんまんだ」
「ええっ」
ギイの奢りだから文句を言える立場じゃないけど、どう考えても肉まんがいい。
ピザまんはまだマシだけど、あんまんは嫌だ。
「ギイ、どうして包み紙が同じなんだ。普通は見分けがつくように色が違うだろ」
「全部肉まん用にしてもらった」
「・・・お前、リベンジしたいんだな」
章三が嫌そうにギイを睨む。
どうやらさっきじゃんけんに負けたギイは、今度は肉まん選びでリベンジをしたいようで、わざわざ店員に頼んで同じ包みにしてもらうあたり、ほんと負けず嫌いだなぁと呆れてしまう。
甘いのが好きな人もいるだろうけど、残念ながらぼくたち3人は全員肉まん派なのだ。
ギイもそれを知ってるからこその遊びなんだろう。
「面白いだろ。ほら、託生から選んでいいぞ」
「うーん」
どう見ても全部肉まんに見える。そりゃそうだ、同じ包み紙なんだから。
何か目印ないかなぁ。匂うのは禁止、と言われたので、ぼくはまじまじと包み紙を眺めるばかりだ。
ギイがいたずらっ子のような表情でそんなぼくを見ている。
あんまんは嫌だ。
ぼくはさんざん悩んだあと
「右」
と言った。
するとすかさずギイが、
「本当にそれでいいのか?」
と意味ありげにニヤニヤ笑った。

え、もしかして右があんまんとか??
それとも陽動作戦?

ぼくが「じゃあやっぱり左」と言うと、今度は章三が「ほんとにそれでいいんだな」と念を押す。
「ええ、何だよ、二人して!!」
ぼくがむっとすると、二人は楽しそうに、うひゃひゃと笑う。
そんなことを言われたら決心が揺らぐじゃないか。
結局ぼくは真ん中の包みを手にした。
章三が左のを、ギイが右のを。
せぇのでかぶりつくと、口の中に甘いあんこの味が広がった。

あんまんだ!!!

「どうやら葉山が外れみたいだな」
ほくほくと章三が頬張るのはピザまんで、ギイがかぶり付いたのが肉まんだったようである。
「ひどいっ!」
「何言ってる、お前が一番最初に選んだんだぜ」
章三が、あー美味い、とわざとらしく笑みを浮かべる。
確かにそうだけど!
だけど、二人してそれでいいのか、なんて唆すから、結局ぼくは真ん中を選んだんじゃないか。
って、そりゃまぁ優柔不断なぼくが悪いんだけど。
でも何か面白くないぞと思いながら、あんまんに齧り付こうとしたら、横からすいっとギイの手が伸びてきた。
「やっぱりオレ、あんまんも食べたい」
そう言って、ぼくの包みとギイの包みをさっさと交換してしまう。
やっぱり食べたいなんて、ぼくのと交換するための口実だってことは明らかで、ギイだってあんまんはそんなに好きじゃないはずなのに、さっさと食べかけのあんまんを口にした。
そんなギイに章三がやれやれと肩をすくめた。
「甘いな、ギイ」
「悪いか?」
「リベンジの意味ないだろ」
「いや、単にあんまんも食べたかっただけなんだけど」
「嘘つけ」
「・・・・」
ぼくはそんな二人の会話を聞きながら、ギイから渡された半分食べかけの肉まんを口にした。
「美味いか?」
「うん」
ギイは満足そうにうなづくと、残りのあんまんを綺麗に平らげた。
章三がまた何か言いたげに、生ぬるい視線をぼくとギイに送ってきているのを感じて、何とも居たたまれない気分になる。
こういうことってよくあることなんだけど、それが普通のことだと思っているぼくがおかしいのかな?

寮に帰ってから、そのことをギイに話すと、ギイは一笑した。
「そういう時はな、託生、『章三も恋人ができれば同じことするよ』って言ってやればいいんだよ」
「そ、そんなこと言ったらぼくの命なくなっちゃうよ!」
「はは、じゃ今度オレが言ってみるか」
「ギイ!」

こうしてくだらないことでふざけあうのもいつものことで。
章三曰くは「生々しい恋人の生態」で、ギイ曰くは「恋人の醍醐味」。
ぼくにしてみれば「日常茶飯事」ってことになる。



Back

あとがき

関西では「ぶたまん」って言いますが。