「うわーすごい人」
はぐれないように、とギイに手をつながれて通りを歩く。 桜見に行こうか、と言われた時はもちろん近所の公園で花見でもするんだろうと思っていた。 なので二つ返事でOKしたのだ。 しかし大人になってもギイくんはただ者ではなかった。 じゃあ行こうと言って連れてこられたのはアメリカである。 全米桜祭りというものがあるらしく、日本の花見に負けず劣らずの大きなイベントらしかった。 何となく、花見というのは日本特有のものっぽいイメージがあったんだけど、もちろん桜は世界中どこででも咲く。 だけど、桜見に行こうと言われて、いったい誰がアメリカの桜だなんて思うだろう。 まぁギイがサプライズ好きなのは昔からで、今更驚きはしないけど。 いや、やっぱりちょっと驚いたかな。うん。だってアメリカだもんね。 ホテルから少し歩いた場所に花見スポットがあって、そりゃもうすごい人出で驚いた。 けれど驚いたのは人の多さだけではなくて、そこに咲く美しい桜だった。 同じ桜のはずなのに、アメリカで見る桜はどこか明るくて日本のそれとは違うもののように見えた。 「すごく綺麗だなぁ、だけどちょっと日本のお花見とは雰囲気が違うね」 「パレードしたり花火があがったり、確かに日本の花見とはちょっと違う けど、桜の花は同じように綺麗だろ?」 「うん」 「日本とアメリカの友好関係を強くしようって贈られた桜もあるんだ。 オレもなかなかこの桜祭りには来れないから、今年は託生と一緒に見ることができて嬉しいよ」 ぎゅっと握る手に力が込められる。 日本じゃこんな風にギイと手を繋いで街を歩くことなんてできない。 だけどアメリカだと同性同士のカップルにそこまで奇異の目を向けられることはない。 だけど時折ちらちらとした視線を感じることもある。 それは単にギイがカッコいいからだ。 若い女の子たちがギイを見てはこそこそと友達同志で囁きあう。 そしてぼくと手を繋いでいるのを見てはがっかりしたように首を振る。 ギイってどこでも目立つんだなぁと今さらのように実感する瞬間だ。 「託生、腹減らないか?」 「はは、ギイってばやっぱり花より団子だね。だけど確かにちょっとお腹空いたかな」 「よし、じゃあお薦めの店があるんだ。夕食もいい店予約してあるから軽く食べるだけにするか」 アメリカはギイのおかげで何度か来ているけど、ここは初めて訪れる場所なので、すべてはギイにお任せだ。 ぼくたちが人混みから離脱しようと脇道へそれようとした時、背後から誰かがギイの名を呼んだ。 振り返ると、びっくりするくらい背の高い男の人がにこにことしながら手を振っていた。 『やっぱりギイだ。こんなところで会えるなんて驚いた』 『ルーカス!どうしてここに?』 どうやら二人は知り合いらしく、がっしりと握手を交わし肩を叩きあう。 ギイのおかげで何度かアメリカに来ているうちに、何となくではあるけれど英語での会話を聞き取れるようになっていた。 とは言うものの、早口だったりスラングが多いととてもじゃないけどついていけない。 ルーカスの英語はとても正統派な英語だったので、ぼくにも何とか聞き取れた。 『日本の友達?』 『いや、恋人』 ギイはあっさりと言い、ルーカスは一瞬驚いたように目を見開き、ぼくを見た。 そしてなるほどというように何度かうなづいて、ぼくへ向かって手を差し出した。 『はじめまして、ルーカスだ。ギイとは大学時代に仲良くしてた』 『あ、はじめまして。葉山託生です』 たどたどしくではあったけれど、何とか英語で挨拶をかわし、握手をした。 『託生、英語は得意じゃない?』 『まだ勉強中で』 「じゃあ日本語にしよう。俺もまだ勉強中だけどね」 勉強中だなんて言いながらもかなり流暢な日本語で、ルーカスが茶目っ気たっぷりにウィンクする。 ぼくは情けなくもほっとして、ありがとうと素直にお礼を言った。 ルーカスはぼくのことを気遣ってか、ギイとの会話は日本語に切り替えてくれた。 何だか申し訳ないなと思っていると、そんなぼくの思いを見抜いたギイが大丈夫だよと笑った。 「ルーカスは日本語は堪能なんだ。大学で勉強もしていたし、今は仕事で日本へも行ったりしている。そうだよな?」 「まぁね。年の半分は日本かな。それにしてもギイ、花見なら日本ででもできるだろう?日本で暮らし始めたって聞いたけど?」 「そう。少し前から託生と暮らしてる。託生がアメリカの桜を見たことがなかったから見せたくて」 「それはいい。アメリカの桜も、日本の桜に負けてないからね。だろ?託生」 ルーカスにぼくはその言葉にうなづいた。 「しかし、まさかここでギイに会えるなんてなぁ。本当に久しぶりだ。俺はこのあと仲間たちと花見パーティなんだが、託生と一緒に参加しないか?懐かしい連中も来るぞ」 フレンドリーな国民性のせいか、こういう気軽な誘いは珍しくない。友達の友達は皆友達的な? 人見知りっぽく見られることが多いけど、ぼくは初対面の人とでも特に身構えることなく話せるので、この手の誘いを「絶対無理」とは思わないのだが・・・。 「花見パーティね。どうする託生?」 お祭り好きなギイは、きっと懐かしい友達に会えるパーティには行きたいだろうに、知らない人ばかりの場へ行くぼくのことを気遣ってくれる。 ギイの友達ならぼくも仲良くなりたいな、とは思うけど・・・ 「ありがとう、ルーカス。だけど、桜祭りは初めてだし、今回はギイと二人でゆっくり花見がしたいんだ。また今度誘ってくれるかな」 「もちろん。大勢でのパーティもいいけど、恋人と二人でゆっくり桜の見る方が素敵だ」 誘いを断ったにも関わらず、ルーカスは嫌な顔ひとつせず、今度こそ必ずね、と笑う。 「あ、でもギイが行きたいなら・・・」 「いや、オレも託生と二人でゆっくり花見がしたいな」 勝手に自分だけの意見を言ってしまったと焦ったけれど、ギイは少しも気にした風もなくぼくの希望に頷いてくれた。 「仲がいいな。じゃあまたな、ギイ。今度は日本で会おう」 「ああ。みんなによろしく言っておいてくれ」 「もちろん。託生、アメリカの桜祭りを楽しんで」 「ありがとう」 ルーカスは軽く手を上げて、人混みの中へと紛れて行った。 「ごめん、ギイ。せっかくのお誘いだったのに・・・ほんとに良かった?」 「ああ。デートだぞ?オレだって託生と二人で花見する方がいいよ」 「なら良かった」 「だけど意外だった」 「何が?」 ギイはぼくと手をつなぐと、またのんびりと歩き出した。 「あんな風にはっきりと託生が自分の意見を言うのって新鮮っていうか何ていうか。そういうの得意じゃないだろ?」 「まぁ得意かどうかって言われたら確かに得意ではないけれど・・・だけどギイ、ぼくだっていつまでも世間知らずな高校生ってわけじゃないんだぜ。ちゃんと自分の意見を言わなくちゃ仕事だってできないわけだし」 「そりゃまぁそうだな」 「それに、本当にギイと二人でお花見したかったしさ」 「・・・」 「大勢で過ごすパーティも楽しいけど、やっぱりギイと二人でこうやってお花見する方がいいなって思ったんだよ。だって初めての桜祭りだもんね」 ぼくが言うと、ギイは少し面映ゆそうに微笑んだ。 そしてふいに足を止めると、身を屈めて人目があるというのにちゅっと音をさせてキスをしてきた。 手を繋いで歩くことには慣れたけれど、さすがにこんな公衆の面前でキスをするのは慣れていない。 慣れていないし、慣れるつもりもない。 ぼくは慌ててギイの肩を押し返した。 「もうっ、ギイってばダメだって何度も言ってるだろ」 「でもみんな桜ばかり見て、オレたちのことなんて見てないさ」 確かに周囲の人は誰もが桜の花を見ていて、ぼくたちのことなんて気にしていない。 自意識過剰なのかな。いやいや、やっぱりこういうことは嗜みとして断固として阻止しなくては。 ギイはつまらなさそう唇を尖らせた。 「じゃあホテルに帰ったら」 「はいはい」 「あ、何だその適当な返事」 「適当じゃないよ。別にキスなんていつでもしてるのになぁって思っただけ」 「うわー、託生くんてば大胆発言」 「違います。ただの事実です」 そんなとても大人とは思えないくだらない言い争いをしながら、ぼくたちは手を繋いで桜並木を歩く。 暖かくて柔らかい風が心地よくて、このままずっと一緒に歩いていたいなと思った。 |