「託生・・・」
耳元で最愛の人の名前を呼んで、頬に口づけると、託生はくすぐったそうに身を捩った。 片足をベッドに乗り上げ、体重をかけないように覆いかぶさる。 うとうととし始めていた託生は、オレのコロンの匂いに気づいたのか深く息を吸ってうっとりと微笑んだ。 (可愛いな)
指先で唇をなぞってそっと口付けると、託生はゆっくりと目を開けた。
しばらくぼんやりと自分が置かれた状況に戸惑っていたようだけれど、やがてぱっと表情を変えた。 「ギイっ!?」 「目が覚めた?託生」 「な、何してるんだよっ!」 なにって、ナニしようとしてるところですけど、それが何か? オレは暴れる託生の手首を押さえて、深く唇を合わせた。舌先が触れ合うと託生は喉の奥で低く唸って、自由になる足でオレを蹴り飛ばしてきた。 (まったく、足癖悪いなぁ)
「ん、も・・う・・ギイってば!!!」
長い口付けに、託生は息絶え絶えになりながらもオレの身体の下から逃げ出した。 「逃げるなよ、託生」 「いきなりおかしなことするからだろっ!」 おかしなことって、なぁ。 普通にキスしただけじゃんか。恋人に対してその台詞はあんまりじゃないか? 「ギイ、今日はだめだからね」 ため息交じりの託生の言葉に、オレは思わず「何で?」と声を上げた。 きっとオレは不満いっぱいの顔をしていたんだろう。 託生はそんなオレをじっと見つめて、やがて小さく肩を落とした。 「あのさ、ぼくもう寝たいんだよ」 「うん、じゃあ寝る前にちょっとだけイイコトしよう?」 「だめ」 「だから、どうして?」 まったく、オレから誘いをかけて素直にうなづいたことないよな、お前。 そのくせ、思いがけないところで目で誘ってきたりするからタチが悪い。 今だって、寝ぼけ眼の潤んだ目で見つめてきたりして、それって誘ってると思われても仕方ないんだぞ。 託生の細い顎先に指をかけて、もう一度口づけようとすると、ふいっと託生が顔を背けた。 「おい、キスくらいさせろよ」 「キスだけじゃすまないくせに」 「そりゃ当然だろ?」 「開き直るなー!」 託生がぎゅっとオレの頬を引っ張った。 だから、痛いって。 「たーくーみー」 「だってギイ、昨日もしたじゃないか」 「そうだな」 だから何だ? 「一昨日もしただろ?」 「そうだったかな?」 そういやそうだったかな。だから、それが何なんだよ? 「三日前もした!」 「うーん、そうか??」 そう言われてみればそうだったな。 だってな、託生。 最近お前ってば妙に色っぽいだろ?自分じゃぜんぜん自覚してないんだろうけどな。 ついつい手が出てしまっても仕方ないじゃん。 「でも今日もしたい」 素直に口にすると、 「4日も連続だなんてできないよっ!」 託生が顔を真っ赤にして小さく叫んだ。 そんなこと言うけどさ、託生、お前昨日も「3日も連続なんて無理だ」なんて言いながら、ちゃんとオレのこと受け入れてくれたじゃん。 なんて言おうものなら、マジで殴られそうだからとりあえず言わずにおくが。 「あのさ、やっぱり4日も毎晩ていうのは、ほら、何ていうか、ぼくもちょっと身体がきついというか・・・」 赤い顔のまま、託生が視線を逸らしつつ訴える。 ああ、そういうとこがまた可愛いんだけど、ほんとお前って自覚なしだな。 だけどな託生。 オレ、お前と触れ合ってたいんだ。 ようやくお互いの気持ちが通じ合って、その先に進むこともできて、お前は知らないかもしれないけど、オレ、ちょっと尋常じゃないくらいにテンション上がってるんだぜ。 ずっと好きだった相手とのセックスにハマって何が悪いんだよ? 「ギイはさ、そりゃする方だからいいかもしれないけど・・・」 「あー」 それは、素直にすまないとしか言いようがない。 確かに身体の負担は託生の方がずっと大きいわけだし、その点については悪いなぁって思ってる。 「じゃあさ、今日はキモチいいことだけにする」 要は身体に負担にならなきゃいいんだろ? オレとしては託生が気持ちよくなってる顔見るだけでも楽しいし。 これはナイスアイデアだ、と思ったのに、託生はぷいっと横を向いた。 「そんなこと言って、結局最後まで雪崩れ込むに決まってる」 うーん、お前、だんだんオレの考えが読めるようになってきたなぁ。 いやいや、そんな感心してる場合じゃない。 さて、どうしたものかと考えていると、 「だいたいさ、ギイ、どうしてそんなに元気なの?だって、今日だって体育があってヘトヘトになっただろ。そのあともずっと委員会でくたくたになったって、ギイも言ってたじゃないか」 と託生が首を傾げた。 「あのな、それとこれとは話が別だ。託生だってそういう気分の時あるだろ?物足りないというか、何ていうか。だいたいな、好きな相手がすぐそばにいるのに、我慢しろっていうのか?」 「ちょっとはしてみてよ」 「嫌だね」 何でそんな我慢しなくちゃならないんだよ? お前、オレの恋人だろ? 「・・・体力が有り余ってるんだね、ギイ」 しみじみと託生がつぶやいた。何だか馬鹿にされてるような気がするのは気のせいか? 託生はちょっと考えたあと、ぱっと顔を輝かせた。 「分かった。ギイてば運動不足なんだよ、もっと身体を酷使すれば、疲れちゃって、そんな気は起こらないんじゃないかなぁ?ほら、放課後はみんなとサッカーするとか、バスケするとか。ギイ、運動神経抜群だし、何でもできるだろ?うん、それがいいよ」 「は?」 得々と言い募る託生に、オレはがっくりと脱力した。 「託生、そんな中学生じゃあるまいし、性欲を運動で昇華しろってか?ありえないだろ」 マジでありえない。 そんな保健の教科書みたいなこと言われてもな。 だいたいそんなの、今どき、中学生だって鼻で笑うに決まってる。 目の前にプラトニックじゃない恋人がいるのに、何が悲しくて運動で紛らわせなくちゃならないんだよ! 「何でもいいから、しばらくは禁止。じゃあね、ギイ、おやすみ」 託生は再びベッドに横になると、オレに背中を向けた。 こいつ、ほんとにする気がないな。 何かちょっと腹が立ってきたぞ。 「分かった、じゃあ一人ですることにする」
耳元で囁くと、託生はぎょっとしたように振り返った。
「は?」 一瞬、何を言われたのか理解できずにいる託生の目は真ん丸だ。 お、ちょっとは効果があったみたいだな。 ニヤリと笑ったオレに、託生はおそるおそるという風に口を開いた。 「ギイ、今、何て言ったの?」 「だから、一人でするって言ったんだ」 「一人で、って・・・?」 「だってしょうがないだろ?託生にその気がないんだから。だからって、他の誰かと浮気なんてさらさらする気はないしな。だったら、一人でするしかないだろ?他にどうしろっていうんだ?」 「え、でも・・」 託生はぐるぐると考えているようだが、何を言えばいいか分からないようだ。 オレはさらに託生に追い討ちをかけてみる。 「ちょうどいい具合に、目の前に最愛の恋人がいるわけだし、お前のこと見ながらすることにする。昨日までのお前の姿とか簡単に想像できるしな。運動なんかで昇華するより、一人でやって解消する方がずっとマシだね」 「わーーーーっ!!!何てこと言うんだよっ!ギイっ!!」 「いてっ」 託生は掴んだ枕でオレを殴りつけた。 ほんと、こいつは手が早い。しかも、恋人のことを簡単に殴るんだからなぁ。 オレがアホになったらどうしてくれるんだ? 託生は真っ赤な顔をして、そのまま前かがみにベッドに突っ伏した。 「ギイ、お願いだから、それ勘弁して・・」 想像もしたくないし、ましてや目にするのもごめんだよ、と託生は半泣きの声で訴える。 そりゃそうだよな。 オレだってそんな趣味ないし。 「じゃ、託生・・・」 お許しが出たといういうことで、ちゅっとこめかみに口づけて、大好きだよと耳元で囁くと、 「・・・・最後まではしないって約束して」 託生が涙目でオレを見上げてきた。 「はいはい。約束する」 そんな可愛い顔でお願いされちゃ、な。 だけど、あまりに可愛すぎて、オレのちっちゃな自制心なんてあっという間になくなってしまったのだ。 「もう信じられないよ!いくら何でもそんなこと平気で言う?」
次の日、託生があまりにも憔悴しきっていたせいか、章三が見かねて声をかけてきた。 オレと託生の関係を快く思っていない章三相手に、いつもならこんな話をする託生ではないが、よほど誰かに訴えなければ気がおさまらなかったのだろう。 結局昨夜、キモチイイことだけではおさまらなくて、まぁあれだ。最後までイタしてしまったのだ。 託生が怒っても仕方が無い。ほんと託生のことに関しては、オレ我慢が効かないよなぁ。 「あんなこと言われたら、断れるはずないだろ!絶対ギイは分かってて言ったんだ」 「そんなことないって、託生」 「嘘ばっかり!」 「本当だって」 怒りがおさまらない様子の託生をまぁまぁと宥めていると、 「あのな、葉山」 それまで、託生の話をげっそりとした表情で聞いていた章三が口を開いた。 「そういう時は、『じゃどうぞ』って言えばいいんだよ」 「え、そんなこと・・・」 「どうせ本気でするつもりなんかなかったんだろ?」 狼狽える託生を尻目に、章三はオレに向かって冷たく言い放つ。 さすが相棒、よく分かってるなぁ。ていうか、普通は分かるよな。 「いくら羞恥心のないギイでも、そんなことするわけないだろ。葉山、お前からかわれたんだよ」 そんなことも分からないのか、と章三が呆れたように肩をすくめる。 うん。そうだよな。 いくら恋人だからって、さすがのオレも目の前でそんなことはしない。 だけど何でも真面目に受け取ってしまう託生が、可愛くて仕方ない。 だからついつい・・。 「ひどい・・・」 託生が呆然とオレを睨む。 「ひどいのはお前らだ。僕に二度とそういう話を聞かせるな。想像したくない」 章三は言い捨てると、さっさとオレたちを置いて行ってしまった。 あとに残された託生とオレとの間には何とも気まずい空気が流れる。 「託生、あのな・・・」 取り繕うように口を開くと、 「・・・いだ」 「え?」 「ギイなんて大っ嫌いだ!!!!!」 今度という今度は許さないんだからな。 もう絶対にしばらくは指一本触れさせない! と断言して、託生も席を立ってしまった。 さて、拗ねてしまった託生をどう言って宥めたものか。
そんなことを考えるのも楽しかったりするオレは、ほんとに託生に溺れてしまってるよなぁと嬉しくなってしまう。まったく重症だ。
「さて、何か言い訳考えないとな、ほんとにしばらく一人でしなくちゃならなくなる」 または運動で昇華? まっぴらごめんである。 怒り心頭であろう恋人を探すため、オレもまた席を立った。
とりあえず、しばらくは大人しくするしかないかな、と少しばかり反省もして。
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