大学の校舎を入った正面玄関に、それはそれは立派な笹が飾られていた。
ぼくは一気に時間が逆戻りしたような気がしてその場に立ち尽くしてしまった。 「どうした葉山?」 「あ、うん。笹が」 ぼくの言葉に、大学に入ってから親しくしている春彦が視線を上げる。 「ああ、すごいよな。ほら、今日は子供向けの七夕音楽会をやるだろ?そのイベント用だよ。子供が喜ぶからさ」 「ああ、そっか」 確かに子供は喜ぶだろうけど、高校生も楽しんでたよな。と思って密かに笑いが漏れる。 つい数ヶ月前まで在籍していた祠堂学院。 この時期になるとロビーには大笹が飾られ、みんな文句を言いながらも願い事を書いていた。 ふいに去年、ギイと過ごした七夕のことが思い出されて、胸が締め付けられた。 「書いてくか、葉山」 笹の下に設置された机と短冊。 誘われるままに一枚短冊を手にした。 何を書けばいいのかすぐには思い浮かばなくて、しばらくじっと短冊を見つめる。 あれこれと願い事を考えてはやめ、最後に残ったひとつを短冊にしたためた。 「何書いたんだ、葉山」 横から春彦がどれどれと覗き込む。 「元気でいますように?」 「こら勝手に読むなよ」 苦笑しつつ、ぼくは短冊を笹に吊るす。 「誰に元気でいてほしいわけ?」 「大切な人だよ」 「え、葉山彼女いたのか?」 心底びっくりした声を上げられて、何だかちょっとむっとしてしまう。 ああ、ぼくにもプライドがあったんだ。 「彼女っていうか、大切な人だよ」 「片思いってやつ?」 「そう、かもね」 遠く離れ場所にいるであろう大切な人。 会いたいなんて願えば胸が痛くなるから。 抱きしめたいなんて願えば涙が出そうだから。 ただ元気でいて欲しいって、そう思う。 「葉山って意外とロマンチストなんだな。次に会えるまで元気でいて欲しいなんて」 「もし一生会えなくてもね、元気でいて欲しいなって思うよ」 嘘じゃない。 本当にそう思う。 だって誰より大切な人だから。 だけど一生会わないつもりなんてないんだ。 今きみが会いに来れないんだとしたら、ぼくが会いに行くから。 それまでぼくは、一人でもちゃんとやっていくよ。 だからそれまで元気でいて、ギイ。 「七夕?」 うっかりと「今日は七夕か」と無意識のうちにつぶやいた言葉をしっかり聞かれてしまった。 「なにそれ?」 ちょうど一息つきたかったのか、他の研究員たちまでもがこちらに注目する。 仕方ないので、日本の昔からのイベントのひとつで・・・、とオレは簡単に説明をした。 「ロマンチックね。年に一度恋人同士がデートをする日」 「年に一度だけなんて、俺はやだね」 「そもそもそれは付き合ってるうちに入るのか?」 などと、どこまでリアリストな連中が首を傾げる。 そうだよな。1年に1度しか会えない相手を恋人と思っていてくれるかどうか。 1年に1度だって会えないとしたら、なおさらどうなるか。 思わず深々とついたため息に、隣の席の女性が笑う。 「なぁに、ギイは我が身を嘆いているわけ?」 バレンタインの時に恋人の存在を知られ、今では音信不通の不義理をしていることも知られてしまった。 気の毒がられる一方で、オレがいつ新しい恋人に乗り換えるかを賭けていることも知っている。 「早く恋人に会えますように、って星に願えば?」 「そうだな」 いや、そんな大それたこと、オレに願える権利はない。 あんな形で放り出してしまったのだ。 会えますようになんて他力本願なことではきっと一生会えやしない。 会えるように、最大限の努力をして、オレはもう一度彼に伝えなきゃいけないことがある。 「とりあえずは、元気でいますように、って願うかな」 誰よりも大切な人だから。 だけど幸せでありますように、とは願えない。 オレがいなくても幸せだなんて、いくら狭量だと言われようと我慢できないんだ。 必ず会いに行くから。 それまでオレはオレなりに頑張るから。 だからそれまで元気でいてくれ、託生。 |