※原作は今回も横へ置いといてください。
※毎度おなじみの下世話ネタです(またかー!と言わないように) ※カッコいいギイが好きな人にはすみません。 電車の中でうとうととしていたらしく、目が覚めると景色は一転していた。 「うわ、すごい田舎」 思わずつぶやくと、向かい側に座っていたギイが読んでいた本から顔を上げた。 そしてぼくと同じように窓の外へと視線を移して苦笑した。 「この辺りはいつまでたっても開発されないよなぁ。まぁこれといって何もないとこだし、しょうがないと言えばしょうがないんだけどな」 「でも何だか懐かしい感じがする。田舎の夏休みって感じ」 「託生の田舎ってこんな感じなのか?」 「ここまで田舎じゃないなぁ。でも何ていうか・・・これぞ田舎?」 ドラマとかで出てくる、絵に描いたような田舎というか。もちろんそれは悪い意味ではなく、どちらかと言うといい意味での言葉である。 のどかな風景がずーっと続いていて、山があって、家が少なくて。 「気持ちいいなぁ」 「やっぱり来て良かっただろ?」 ギイがどこか自慢気に言って、つき合わせた膝をつんと突いた。 夏休みに入る直前、ギイのゼロ番で、ぼくは突然ギイからある提案をされたのだ。 「ギイの別荘に泊まりに?」 「正確にはオレの、じゃなくてうちの会社の、だけどな」 「そんなのどっちでもいいけど・・・それ、去年も行ったフミさんのとこに行こうってこと?」 尋ねると、ギイはいや、と肩をすくめた。 ソファに並んで座り、ギイが淹れてくれたコーヒーを口にしながら、ぼくはじゃあどこに行くのだろうか、と考えた。 去年、夏休みにギイの家(正確には会社?)が所有する別荘へ遊びに行って、ちょっとした怪奇現象を経験したのだ。 今思い返してもあれは不思議な出来事で、もう二度とそんな目にはあいたくないと思うぼくだが、フミさんにはまた会いたいと思っていた。 だから、もしフミさんの別荘へまた行こうというのなら、すぐにOKをするところなのだが。 「今度はどこに行くっていうのさ」 「んー、そんなに遠くじゃないんだけど、今回はフミさんのとこじゃなくて、もうちょっと広い 別荘な。本当はこれが最後の夏休みだし、託生と2人きりでゆっくり・・・と思ってたんだけどさ・・」 「何かあるの?」 「実はさ、矢倉と八津にちょっと協力してやろうかと思ってさ」 「矢倉くんたち?」 ギイが言うには、ようやく思いが通じあった2人ではあったが、学校ではなかなか一緒にいることもままならず、夏休みになればそれぞれ実家へ戻らなくてはならない。 地元が離れていることもあってそうそう簡単には会えない2人に、ひと夏の思い出作りに協力してやろうと思ったというのだ。 「最後の夏休み、矢倉は八津を旅行に誘ったらしいんだが、八津がさ、2人で旅行に行くって母親に言うのは気が重いみたいなんだよ。相手が誰かなんて言う必要もないし、大勢で行くって言ったってバレやしないのに、そういうところ、八津は真面目だよな」 「ああ、確かに八津くんっぽいね」 家族に嘘をついて旅行に行くのは気が咎めるっていう気持ちも分からなくはない。 「だからさ、それなら本当に4人で旅行にしないかって矢倉に言ったんだよ。最初だけ4人で後半は分かれればいいし。あいつらのために、ちょっといいホテルの宿泊券も用意してやった」 「へぇ、喜ぶだろうね、2人とも」 「ということで、託生はそれに協力するためにも、オレと一緒に別荘に行くこと」 「いいけどさ、受験生だっていうのにいいのかなぁ」 「そんなに長期間じゃないし、それに、2人で一緒にいられるのも久しぶりだろ?」 「うん」 「じゃいいよな?」 小首を傾げてぼくを覗き込むギイを、いったいどうやって断れるというのだろうか。 東京駅でギイと待ち合わせをして、そこからずっと電車の旅である。 どんどん都心を離れ、車内の人も少なくなっていく。 そして車窓からの風景が変わっていく。 目的の駅に降り立った時には、すっかり夕方近くになっていた。 「うー、さすがに身体が固まった〜」 ギイが大きく伸びをする。ぼくも同じように背伸びをした。 長時間電車に揺られていたので、腰も痛い。 ぼくは駅周辺をぐるりと見渡して、笑ってしまった。 「見事に何もないね」 「いや、あそこに少しだけ店が」 ギイが指さす方を見ると、確かに小さい店が数店並んでいる。 一番充実してそうなのはコンビニくらいだ。少し行けば別荘地だということだけど、みんなどこで買い物してるんだろう? 「管理人に頼んで、当面の食料品は用意してもらっているし、別荘では不自由はないから安心していいぞ」 「うん」 ぼくの疑問を感じ取ったのか、ギイが笑ってそう言った。 じゃ行くか、とギイが歩き出す。 「ギイ、もしかしてここから歩くとか?」 「いや、さすがにそれは託生がバテるだろうからタクシーにしようかと」 「あのね、ぼくだって少しくらいなら歩けるよ」 「30分くらいだけどいいか?」 え、まさかそんなに!?ぼくはうーんと考え込んだ。その様子にギイが苦笑する。 「バスは1時間に2本しかなくて、ついさっき行ったとこなんだ。時間ももったいないし、タクシーで行こう」 駅前に一台だけ止まっていたタクシーに乗り込むと、ギイは別荘の住所を告げた。 運転手は地元のおじさんらしく、あれこれと気安く話しかけてくる。 どこから来たのか、どれくらいここにいるのか、家族と一緒に避暑なのか。 微妙に踏み込んでくる運転手の話を、ギイは持ち前の話術の巧みさで上手にかわしていた。 「このあたりは何も見るとこないけれど、あそこは行ったことはあるかい?」 「あそこ?」 「年頃の男子ならみんな喜ぶから、行ってないなら行くといい。ちょうど通り道だから車を止めてやるよ」 何とも親切というか余計なお世話というか、いいですと断っても聞いてもくれない。 田舎のタクシーだからこその暴挙というべきか。 結局半ば強引に、とある場所でタクシーを下ろされてしまった。 「さ、ここを真っ直ぐ行けばすぐ分かる。ちゃーんと拝んでくるんだぞー。メーターは止めててやるからな。安心しろ」 はっはっはと笑い、タクシーの運転手はのんびりと煙草を吸い始めた。 ぼくとギイは顔を見合わせ、困ったなぁと思ったものの、こうなっては仕方がない。 ぼくたちは諦めて運転手が勧めてくれた場所へと歩き出した。 やがて見えてきた鳥居に首を傾げる。 「神社?」 「こんなところにあったのか。ていうか、別に珍しくも何ともないじゃないか」 さすがのギイも少しばかり憤っているようで、それも仕方がないかとぼくも苦笑する。 ぼくもギイも、長い電車の旅で疲れていたから、さっさと別荘に入ってゆっくりしとしたかったのだ。 それなのにこんな寄り道をすることになろうとは。 でもまぁ何かご利益があるかもしれないし、とあくまで前向きに考えることにした。 しかし、一歩鳥居をくぐり、ぼくは固まってしまった。 そこは普通の神社ではなかった。 「・・・何だ、あれは」 ギイも言葉を失くして立ち尽くしている。 境内に入ってすぐ右手に、どどーんと大きな石があったのだ。 その形を見て、ぼくはここがどういう場所なのか理解してしまった。 何でも知っているギイでも、こればかりは知らないだろう。そして悲しいかなぼくはそれを知っているのだ。別に興味があったわけでも何でもなく、以前テレビでやっているのを見たことがあるからだ。 「あのさ、ギイ、ここってあれだよ・・・えーっと、あの、いわゆる男性のアレをご神体として奉ってる神社だよ」 しどろもどろと、なるべく言葉を濁しつつぼくが説明すると、ギイはその意味がすぐには分からなかったようで、少し考えたとあとに眉を顰めた。 「何でそんなものを奉るんだ?」 「えっ?え・・っと、ぼくもそんなに詳しくはないんだけど、何だろう、子宝祈願とか、そういうことじゃないのかなぁ」 ぼくだってどうしてそんなものを奉っているのかなんて知りようもない。 けれど、日本のいたるところでそういう神社があるというのは聞いたことがある。 ぼくたちの前にそびえ立つそれは、まさしくアレである。 近くを通ったおばさん2人が 「まぁ立派なものねぇ、ほっほっほ」と 恥らった風を装って笑って通り過ぎるのが、何とも切ない。 その形は見るも恥ずかしいというか・・・。いや、まぁ別に自分だって男だからそこまで恥ずかしがることはないんだけど、やっぱりこうしてまじまじと見るのは躊躇してしまう。 しばらく2人して呆然とその見慣れた形の石を見上げていたけれど、やがて我に返った。 「とりあえず中見てみるかー」 「そ、そうだね」 ここまで来たのだから、回れ右して帰るのも何だかなぁという気がしたので、一応お参りしておくかという軽い気持ちで足を踏み入れたのだけれど、何ていうか、もう本当に目のやり場に困るものばかりがそこかしこに置いてある。 「すごいな、ああいうのって注文して作るのか?それとも自然とああいう形になったものをどこかから調達してくるのか?」 「し、知らないよ。ぼくは別に詳しいわけじゃないんだからなっ」 どこかニヤニヤしているギイを睨みつける。 神社自体はどこにでもある普通の神社である。 お賽銭箱が置いてあって、けれど、薄暗い中をよくよく見ると、当然のように奥にはアレが置かれている。もちろん御神体としてである。 「すげーな、ああいうのって公衆わいせつ罪にはならないのか?」 「ギイ、一応神様なんだからさ」 ぼくが窘めても意に介することなく、ギイはすごいなーと身を乗り出して中を見ている。 ぼくは財布から小銭を取り出すと、ちゃりんと賽銭箱に投げ入れた。 「託生、何をお願いするんだ?」 「え?何って・・・」 別段、お願いしたいことがあるわけではないが、神社に来たのだから、一応お賽銭をして手を合わせるというのが流れなのではないだろうか? 「お前、アレに何を願って、何が叶うっていうんだ?もしかして精力増大とかそういうことを願うつもりか?」 「ちょっ、ギイってば声が大きい!!」 ここにいるのはぼくたち2人だけではないのだ。 ちらほらしかいないが、同じような観光客(?)もいる。 「おかしなこと言わないくれよ、恥ずかしいだろ」 「じゃあ何だよ、もしかしてオレに対して何か不満でもあって、直してくれとかそういうことか?」 「ち、違うよっ!!別に何もお願いしてないし。いいからギイもちゃんと手を合わせなよっ」 「いや、オレはわけの分からないものに手をあわせたくない」 ギイは肩をすくめると、ほら行くぞと歩き出した。 こういう所がギイとは感覚が違うなぁと思うところだ。ぼくなんて生粋の日本人だから、神社だろうがお寺だろうが教会だろうが、とにかく手を合わせてしまう。 ポリシーがないのか、と言われれば、そうかもしれないと思ってしまうほど優柔不断ではあるものの、小さい時からの習慣のようなものだから仕方がない。 ギイは自分が違うと思ったら、どれほど周りがそうしていても流されてしまうことはないのだ。 すごいなぁと思う反面、真似はできないなとも思う。 「託生、あれは?」 「あー、あれは・・・・」 こういう場所につきもののアレである。 つまり珍妙な道具とかを集めた秘宝館である。 これもテレビでやっていた。中にはいろいろすごいものがあるはずだ。 「無料だってさ。とりあえず行っとくか」 「いや、もういいよ、ギイ。そろそろ別荘に・・・」 ぼくが引き止めるのも聞かず、ギイはさっさと中に入ってしまった。 予想通り、中は思った通りのもので埋め尽くされている。 ほんとにほんとに目のやり場に困るんですけど!!!!!というくらい、いわゆるアレに関するものが集められているのだ。 男女のあれこれとか、イラストだの写真だの、よくもまぁこんなに集めたものだと感心してしまう。 ギイはこういうくだらないものはけっこう好きみたいで、ぼくが直視できないものもマジマジと見ては楽しそうに感想を言ったりしていた。 「けっこう面白かったな」 秘宝館を出る頃には、ぼくは何だかぐったりと疲れてしまっていた。 「何かもう・・・お腹いっぱいって感じ」 「でもさ、あそこまでオープンだといやらしい感じはないよな。珍しいものもたくさんあったし」 「ああいうのって、日本だけ?アメリカにもあったりする?」 「んー。たぶんあると思う。行ったことないけどな。今度探してみるか」 いや、別に探すほどのことでもないと思うんだけど。 ぼくたちは神社をあとにすると、待っていてくれたタクシーに再び乗り込んだ。 「どうだい、楽しめたか?」 「ええ、まぁ。ていうか、アレってどういう神様なんですか?」 ギイが尋ねると、運転手は得々と謂れについて教えてくれた。 どうやら元は豊作祈願だったらしく、働き手となる子供に恵まれるように子宝祈願にもなったらしい。 まぁだいたいそうだよね、とぼくは運転手の話を聞いていた。 「で、ちゃんと入口にあった石には触ったか?」 「え?」 「あれに触ると、この先おかしな病気にもならなけりゃ、精力減退なんてこともないって大層ご利益のある石なんだぞ。まぁ若い連中にはまだ用はないかもしれないがな」 「アレに触るのか?」 ギイがうーんと腕を組んで考え込む。 そういえば手が触れる場所はてかてかと光っていたような気がする。 とにかくそんなやりとりをしばらく続け、ぼくたちはようやく別荘へとたどり着くことができた。 「はー、疲れたー」 中へ入るなり、ぼくは行儀悪くもソファへと倒れこんでしまった。 何しろ長旅だったこともあるし、先ほどのあのわけの分からない神社のせいもある。 ギイは荷物を下ろすと窓を開け、篭っていた空気を入れ替えてくれた。 「やっぱり東京よりも涼しいな」 「うん」 「お腹空いたか?」 「ちょっとね。何か作る?」 よっこらしょと立ち上がると、ギイがぼくの肩に手を置いてソファに押し戻した。 「今夜はオレが作ってやるよ」 「ぼくも一緒に作るよ」 「いいからいいから。ま、ゆっくりしてろって」 ギイは軽い足取りへキッチンへ入っていく。 冷蔵庫を開けて食材を確認し、鼻歌でも歌いだしそうな様子で準備にかかるギイを見ていると、マメだなぁとぼくは今さらながらに感心してしまう。 カッコよくて優しくて、何でもできて。おまけにマメだなんて、自分の恋人ながら、ほんとギイって完璧だよなぁと思ってしまう。 そんなことを思ってギイを見ていたら、ふいに視線が合ってしまって、ぼくは慌ててそっぽを向いた。 「ねぇギイ、矢倉くんたちって明日来るんだよね」 その場を誤魔化そうと早口でそう言うと、ギイがくすりと笑った気配を感じた。 見つめてたことバレてるみたいで恥ずかしくなる。 「昼過ぎには来ると思うぜ。まさかこんな田舎だとは思ってないだろうから驚くだろうな。明日の夜は外でバーベキューな」 「楽しそうだね」 そういうアウトドアなことって普段しないから、すごく楽しみだ。 矢倉くんも得意そうだよなぁと思った。ギイと2人して、きっとあれこれと作ってくれるんだろう。 その夜はギイが作ってくれた夕食を食べて、交代でシャワーを浴びたらとたんに眠気に襲われた。 二階のゲストルームにはちゃんとベッドが二つ入っていたけれど、当然というべきかぼくたちは一つのベッドに並んで横になった。 「うー、眠い」 ふわふわの枕が気持ちよくて、ぼくは大きく吐息をついた。 ギイはそんなぼくを包み込むようにして後ろから抱き寄せると、首筋に顔を埋めた。 「託生・・・」 ちゅっと耳元にキスをされて、ぼくは低く唸った。 こんな風に2人きりで、誰にも邪魔されず、同じベッドで眠るなんてすごく久しぶりだったし、ギイの体温がすぐ近くにあるだけで、ドキドキしてしまうのは相変わらずだ。 そういうこと、したくないかと言われるとそんなことはなくて、だけど、そんな欲求よりも今はひたすら眠りたかった。 「ギイ、今夜は大人しく寝よう」 「ちょっとだけ」 言いながら、ギイがぼくのパジャマ代わりのシャツの裾から手を忍ばせてくる。 優しく撫でられるのが心地よくて、ぼくはうっとりと目を閉じて身を任せていた。 ほとんど半分眠っているといってもいいくらいだ。 「ん・・・」 ぼくが大人しくしているのをいいことに、ギイはすっかりその気であれこれと仕掛けてくる。 どんな風にすればキモチよくなれるかなんてお互い分かっていることで、慣れ親しんだ触れあいはすごく安心できるものだった。 けれど、さすがにそんな風に触られているうちに、次第にぼくも目が冴えてきてしまった。 「その気になった?」 「・・・・」 軽く睨むと、ギイは愛おしそうに目を細めてぼくの前髪をかき上げた。 額に口づけて、そのまま頬に。首筋を辿って、胸元へ。身体中のあちこちにキスされて、くすぐったいような、だけどどこかもどかしいような何ともいえない感覚で満たされていく。 「ギイ・・・」 とろとろと溶けていきそうなほどに高められて、もういい加減ちゃんと抱いて欲しいなぁと思い始めた頃、ようやくギイが上体を起こして、ぼくの膝に手をかけた。 けれど、そのままぴたりと動きが止まった。 「・・・・ギイ?」 準備をしてるにしてもずいぶん長いなぁなんて思って片肘をつくと、ギイが何とも言えない顔をしてぼくを見ていた。 「託生・・・悪い・・・」 「へ?」 いったい何を謝ることがあるのだろうかと瞬きを繰り返し、ぼくはようやくその意味が分かった。 ギイはまったく兆してなかったのだ。つまり、そういう状態じゃないということで、こんなこと初めてだったからぼくもギイも驚くやら何やらでしばらく言葉が出なかった。 「どうしてだ・・・?」 呆然としたギイのつぶやきに、ぼくの方がうろたえてしまう。 「あの・・・ギイ・・・ほんとはしたくなかった、とか?」 「そんなことあるわけないだろう」 「でも・・・」 ぜんぜんその気になってないじゃないか、と言いそうになって口を閉ざした。 ギイはがっくりと肩を落としていて、何故だ何故だと首を傾げているので、とても言える雰囲気ではなかったのだ。 「ギイ、ほら・・疲れてるんじゃないの?・・・えっと、そういう時って、ほら、た、たたないこともあるって言うし・・・・」 思わず声が小さくなる。 しかしギイはどーんと落ち込んだままである。 ぼくはギイの肩を引き寄せると、ぎゅっと抱きしめて横になった。 「ギイ、今日は長旅だったし、きっと思っている以上に疲れちゃったんだよ。そんなに落ち込むほどのことじゃないからさ、えっと、大丈夫だよ、たまにはそういうこともあるよ」 「・・・だけど、託生は我慢できるのか?」 そりゃまぁすっかりそのつもりになってたし、正直辛くないかと言われればそれはそうだけど、だけど、あまりに驚いてしまって、そんな色っぽいキモチはなくなってしまった。 「ぼくは大丈夫だよ。気にしなくていいから」 「あー、くそ、疲れてたってできないはずないのに」 「はいはい。もう寝よう、ギイ」 まだぶつぶつ言ってるギイの腕に潜り込むようにして、ぼくは目を閉じた。 翌朝、鳥の鳴き声で目が覚めた。 何とも爽やかな朝である。 「うわー、何かこれぞ別荘って感じ」 ベッドから出てテラスへと続く窓を開けて外へ出てみる。 真夏だというのに空気はまだひんやりとしていて、肌寒く感じるくらいだった。 今日もいい天気になりそうで、何だか嬉しくなる。 午後には矢倉たちもやってくるし、夜のバーベキューも楽しみだ。 「散歩とかしたくなるな」 そんなこと滅多にしないというのに、歩きたくなる気持ちになるのはきっと旅行にきているせいだろうなと思う。日常生活とは切り離された時間にいると、普段しないことをしたくなるから不思議だ。 「託生」 背後から抱きしめられて、びっくりして振り返った。 「おはよう、ギイ」 「ああ、おはよう」 「朝ごはん食べたら、ちょっと外を歩いてみない?」 誘ってみると、ギイはそうだなとうなづいた。 「託生、昨夜はごめんな」 「え?」 一瞬ギイが何を謝っているのか分からず、けれどすぐに思いついて、ぼくは焦ってしまった。 「・・・そんな謝らないでよ」 別に気にしてないよと言うと、ギイは苦笑した。 「いや、そこは気にしてくれよ。まるでどうでもいいみたいじゃないか」 「そんなことないけど」 「今夜、リベンジな」 ちゅっと頬にキスされて、何と言えばいいか分からなくて困ってしまった。 うなづくと期待してるみたいだし、だけどしたくないわけでもないし。 赤くなってしまったぼくにギイは小さく笑うと、朝飯にしようぜと明るく言った。 朝食を食べたあと、1時間ほど別荘の周りを散策して、戻ってきてからは部屋の掃除をして、矢倉たちが来るのを待った。 「ギイ、矢倉くんたちって何時頃来るの?」 「さぁな、昼は食べてくるって言ってたけどな」 じゃあ夕方になるのかな。きっとぼくたちと同じように東京で待ち合わせをして、お昼を食べてそれから移動だよね。 バーベキューの準備はそれからでもできるからと、ぼくたちは夕方までの時間を各々好きに過ごした。 一応受験生なので勉強半分、あとはバイオリンの練習。 別荘の周りには何もないので、気兼ねすることなく音を出すことができた。 夢中になって弾いていると、階下で賑やかな声が聞こえてきて、矢倉たちがやってきたことに気づいた。 「矢倉くん、八津くん」 階段の踊り場から身を乗り出して、たった今別荘に着いたばかりの二人に声をかけた。 「よぉ、葉山」 「こんにちわ、葉山くん」 ほんの数日前まで祠堂で一緒だったのに、何だか久しぶりに会うみたいな気分だった。 こうして学校の外で会うのは初めてだったから、私服姿の2人が新鮮だった。 矢倉は私服だと制服姿よりもずっと大人っぽく見えたし、八津はいつも以上に清楚に見えて、こうして見ると2人はお似合いだなぁと素直に思えた。 「ギイ、誘ってくれてありがとな。しっかし、田舎だなぁ。駅前に何もないんで驚いたぜ」 広いリビングのソファにどかっと座り込んで、矢倉はやれやれと言った風に息をついた。 冷たい麦茶を差し出すと、八津がありがとうと微笑んだ。 「大きな別荘だね。ギイの家の別荘なんだろ?」 「正確には会社のだけどな」 「じゃゆくゆくはギイのものじゃないか」 矢倉が揶揄すると、露骨にギイは眉を顰めた。 「こんなに広いんだから、赤池くんも誘えばよかったのに」 「一応誘ったんだけどな、あいつ『日頃いちゃいちゃできない不憫なカップル2組が人目も憚らずいちゃつく姿なんて見たくない』って断りやがった。章三がいると豪華な食事が楽しめたのになぁ、残念だ」 「ギイのそいう下心を、赤池くんは見抜いたんだよ、きっと」 ぼくが言うと矢倉も八津もくすくすと笑った。 「そういえば、ギイ、お前たちも昨日ここにくる時タクシーで来たんだろ?運転手におかしな神社に連れていかれなかったか?」 矢倉の言葉に、ぼくとギイは顔を見合わせた。 あの運転手さん、まさか乗せる人全員をあそこに連れていってるんじゃないだろうな。 「連れて行かれた」 つまらなさそうにギイはうなづく。 「はは、やっぱりなー。すごかったなぁ。俺、久々にあの手の神社を見たぜ」 「確かにすごかった。矢倉が大声であれこれ説明したりするから一緒にいるこっちが恥ずかしかったよ」 八津が呆れたように矢倉を見る。 「葉山も見たんだろ?」 「え、ああ、うん」 「どうだった?けっこうすごいものいっぱいだったよな」 「秘宝館?」 「それそれ」 確かにすごいものがいっぱいだった。 あんまり見ないようにはしてたんだけど、あまりにギイがまじまじと見るものだから、うっかりぼくも見てしまった。 まぁあっけらかんと展示されてたから、それほどいやらしい感じはしなかったんだけど。 「もう八津と2人して大笑いでさ。入ってすぐのあの石の像とか、もうサイコー。2人でめちゃくちゃ撫でてやったぜ。それにしても、 昔の人ってすごいこと考えつくよなぁ。今よりずっと性に対してオープンだったからだよなぁ」 なるほど。そういう見方もできるわけか。 だけど、ああいうものって八津は嫌がりそうに思えたのに、実際は矢倉と一緒に笑っちゃうくらいに抵抗ないんだ。意外だったなぁとぼくは改めて人って見掛けによらないなと思った。 「で、ちゃんとお参りしたのか?」 ギイが聞くと、当然だろと矢倉がうなづく。 「神社に入ったらとりあえず拝む。日本人の基本だ。何だよ、ギイ。お前拝まなかったのか」 「わけの分からんものを拝みたくない」 「お前なー。そういうこと言ってると罰が当たるぞ」 矢倉がくわばらくわばらと手を合わせる。 確かに無心論者のぼくだって、お寺や神社に行くと手を合わせる。何となく罰が当たりそうな気がするからだ。アメリカ人のギイはそういうこと思わないんだろうな、きっと。 矢倉と八津が部屋で荷物を片付けたあと、ぼくたちは庭に出てバーベキューの準備を始めた。 昔ボーイスカウトに入ってたことがあるという矢倉は、手際よく準備をしてくれた。 料理なんてやったことがない、という八津は覚束ない手つきで野菜などを切っていた。 こういう時、やっぱり章三がいてくれたらなーなんて思ってしまう。 とは言うものの、祠堂きっての階段長が2人もいるのだから、何の問題はない。 庭に椅子を出して、夕涼みをしながら美味しい肉を口にした。 矢倉と八津は何だかすごくリラックスしていて、そしてすごく親密な雰囲気を感じさせるくせに、あえてお互いを見ないようにしているようにも見えた。 「ギイ、矢倉くんたちって、上手くいってるんだよね?」 「そりゃそうだろ。じゃなきゃ一緒に旅行なんてしない」 「だよね、でも何かちょっと余所余所しいっていうか」 「初めて2人でするお泊まりなんだろ?八津あたりが意識してるのかもしれないよな」 2人に気づかれないように、ぼくたちはひそひそと話をした。 ああ、そうか。 ぼくも去年ギイとフミさんの別荘へ行ったときはドキドキしたもんな。 丸々何日も好きな人と一緒にいられるなんて初めてだったし、つまらないって思われたらどうしよう、とか、喧嘩しないかな、とか。 けど、つまらないなんて感じることはなかったし、喧嘩だってしなかった。(ちょっとだけそれっぽくはなったけど) 一緒にいるのが楽しくて、ずっと夏休みが続けばいいなって思ったくらいだった。 矢倉と八津も、きっとそんな気持ちでいるのかな、と思うと何だか微笑ましくなってしまった。 4人でくだらない話で盛り上がり、もう食べれませんというくらい食べて飲んで、気づいたらすっかり辺りは暗くなっていた。 アルコールのせいか、最後の方はもう眠気との戦いみたいになっていて、それに気づいたギイがそろそろお開きにしようと言ってくれた。 片付けは明日することにして、ぼくたちはそれぞれ自室へ引き上げることになった。 矢倉たちは一階のゲストルーム、ぼくたちは昨日と同じ二階のゲストルームである。 「託生、先にシャワー浴びていいぞ」 「うん、ありがと」 「一緒に浴びる?」 「・・・それは駄目」 「昨日のリベンジも兼ねて」 「・・・えっと・・・それは、シャワーしてから・・かな」 ぼくが言うと、ギイはちょっと驚いたように目を見開いて、嬉しそうに笑った。 自分で言ったくせに恥ずかしくて、逃げるようにして浴室へと駆け込んだ。 そりゃさ、今さらだとは思うんだけど、やっぱり恥ずかしいのだ。 もう何度もギイとはそういうことしたっていうのに、自分でもどうかしてると思うんだけど、これはきっとギイのことが好きすぎるせいなんだろうなと思うのだ。 ぼくがつらつらとそんなことを考えながらシャワーを浴びていると、いきなり扉が開いてギイが中に入ってきた。 「ちょっ・・・ギイってば、あとでって言っただろ!」 「分かってるよ。ちゃんとベッドでするからさ、別々にシャワー浴びてる時間がもったいない」 「もー、ちょっと、押すなよ」 「はいはい。何だかすっかり煙臭くなったよな」 ギイはわしゃわしゃと髪を洗い、そのまま身体も手早く洗ってしまう。 何なんだ、この手早さは。 ここでは何もしないなんて言っておきながら、ギイは浴室を出ようとするぼくを引き止めて、顔中キスの雨を降らせた。 「ギイってば、少しは待ってよ」 「待てない」 きっぱりと言い切って、ギイは唖然とするぼくの手を引いて浴室を出た。 おざなりに大きなバスタオルで濡れた体を拭うと、そのまま倒れこむようにしてベッドへと飛び込んだ。 何しろ浴室から出たばかりでお互い何も身につけていない状態で、唯一手にしていたタオルまでギイはぽいっと放り投げてしまった。 「ギイ、やだよ、電気消して」 「嫌だ」 このままむしゃむしゃと食べられてしまうんじゃないかと思うくらい、ギイは余裕がなくて、何度もキスを交わして、敏感な部分を刺激されて、昨日のこともあったから、あっという間に火がついてしまった。 「ギイ・・・」 祠堂にいる時はなかなか2人きりで会うこともできなくて、ゼロ番に泊まることも滅多にできない。 こんな風に誰にも邪魔されずにゆっくりと抱き合うことができるなんて、すごくすごく久しぶりだ。 昨夜、中途半端に煽られたこともあって、今すぐにでも欲しくて仕方なくて、ぼくはそっとギイへと手を伸ばしてみた。 「え・・・」 触れてみて、ぼくはぱちっと目を開けた。 目の前にいるギイと目が合うと、何とも気まずい空気が流れた。 手にしたギイはまだ何の兆しも見せてなくて、それはまったく昨日と同じ展開で、つまり、ぜんぜんそういう状態ではなかったのだ。 「・・・・えっと・・・」 困った。 こういう時はいったい何を言えばいいのだろうか。 ぼくはぐるぐると考えて、 「ギイ、つ、疲れてる?」 と、昨日と同じことを聞いてしまった。 ギイはがっくりとぼくの首筋に顔を埋めると、疲れてない、と小さく言った。 「オレ、めちゃくちゃ興奮してるんだけどな・・・何で勃たないんだろ」 「う・・ん、そっか・・・えっと」 大丈夫だよ、とか、気にしないでとか、それはもう全部昨日言っちゃったし、本人は疲れてないって言ってるし、困った。これはめちゃくちゃ困ったぞ。 「ギイ・・・あの・・・そ、そういう時もある・・と思うんだけど・・」 「託生を相手にして?2日も連続で?あり得ない」 「じゃあ・・・あ、ほら、ビール飲んだし。の、飲みすぎた、とか」 「そこまで飲んでない」 「・・・でも」 でも、ぜんぜん柔らかいままだけど。 とは口が裂けても言えない!!言えないよね、うん、言っては駄目だ。 それくらいの常識はぼくにだってある。 「オレ、もう枯れたのか?」 「そ、そんなことあるわけないだろ」 たぶん・・・。 海よりも深く落ち込んだ様子のギイに、ぼくはどうすればいいか分からなくて、そっと彼の髪を撫でた。 「あの・・・ギイ・・・」 「・・・」 「ギイ」 ぼくはギイの身体の下から抜け出すと、一つ息をして、ギイの足元へと移動した。 すらりとした長い脚のにそっと触れてみる。 あまりに落ち込んだ様子のギイが可哀想で、何とかしてあげたいと思ったのだ。 「託生?」 「お願いだから、ちょっとあっち向いてて・・・っていうか、電気消して」 口でしてあげるなんてこと滅多にないんだけど、だけどそれは嫌だからってことじゃなくて、ただ恥ずかしいだけなのだ。 だけどそれも時と場合による。 上手くできてるかどうかも分からないけど、でもたまにそういうことをするとギイが嬉しそうにするから、だから、今度ももしかしたらって思ったのだ。 顔を下げて、まだ柔らかいそれを手にした。 「ん・・・っ」 舌先でくすぐるようにしてその形をなぞる。どうすれば感じてくれるのかな、と思いながらギイが自分にしてくれるのと同じように口の中へと招き入れてみる。 明るい部屋で、ギイに見られながらこういうことするのは、本当に本当に恥ずかしくて、ちゅっと音が漏れるたびに顔が赤くなるのが自分でも分かった。 「託生・・・」 感じ入ったようにギイが溜息を漏らす。けれど、咥内のものはちっとも反応してくれなくて、結局、最後までその形が変わることはなかった。 もういいよ、とギイが濡れたぼくの唇を指で拭った。 「悪い・・・」 「・・・ううん、ごめん、ぼくが下手だったから・・」 「違うよ、そうじゃない」 今度はぼくの方が落ち込んでしまいそうになる。ギイはほらおいで、とぼくをぎゅっと抱きしめた。 「ほんとごめんな、せっかく託生が滅多にしないことまでしてくれたのに」 「そんなのは・・・いいんだけど・・・。でもギイ、あの・・・ぜんぜん気持ちよくなかった?」 やっぱり気になって聞いてしまう。まぁ聞くまでもなく気持ちよくなかったってことだよね。 だって、無反応だし。 ギイはまさか、と声を上げた。 「気持ちいいに決まってるだろ、託生めちゃくちゃ色っぽかったし」 「・・・」 「けど、悪い・・・何か・・駄目で・・」 ギイははぁと溜息をついた。 「ギイ、あんまり考えない方がいいよ」 「そうだなぁ」 って言っても考えてしまうよね。だってこんなこと初めてだし。 「せっかく託生と2人きりの旅行だっていうのに」 「ぼくはギイと一緒にいられるならそれだけで十分だけど?」 「・・・」 「ほんとだよ。ギイがそばにいるだけで幸せだよ」 それは本当に本当の気持ちだった。 ぼくが言うと、ギイはちょっと泣きそうな目をして、そしてそっとキスをしてくれた。 「ありえない」 矢倉の一言に、オレもそうだよな、とうなだれた。 二日連続で駄目だった翌日、オレの様子がおかしいと野生の勘で察知した矢倉に問い詰められて、ついぽろりと打ち明け話しをしてしまった。 人間、弱くなると誰かに聞いてもらいたくなるものだと今さらのように思い知らされた。 矢倉に打ち明けてしまうとは!一生の不覚かもしれない。 オレの話を聞いた矢倉は、しばらく唖然としたあとに、さっきの台詞を吐いたのだ。 「ぜんぜん?まったく反応しなかったのか?」 「あぁ」 情けないことを何度も言わせるな、と理不尽な怒りさえ湧いて来る。 「ギイ、赤玉が出たんじゃないのか?」 「何だよ、赤玉って」 「男は打ち止めになると、最後に赤い玉が出るんだってさ。ころんって」 どこから?と聞くのは、寸でのところで理性が止めた。 「アホらしい。そんなものこの年で出るわけないだろうが」 「いやいや、年齢じゃないだろ。回数だと思うけどなぁ。男が一生の間にやれる回数が決まっててさ、それが終わると、ころん、だぜ。お前、さんざん遊んでもう打ち止めなんじゃないのか?」 ニヤニヤと笑う矢倉に舌打ちして、オレは寝転がっていたソファから起き上がった。 「勝手に人を遊び人だと決めつけるな。で、そっちは?昨夜は八津と仲良くできたのか?」 「当たり前だろ。おかげさまで、めちゃくちゃ濃密な夜を過ごすことができました」 わざとらしく頭を下げる矢倉に、そりゃよかったな、と肩をすくめる。 ようやく2人きりの時間を過ごせるとなったのだから、そりゃ濃密な夜にだってなろうというものだ。 オレと託生だってそうなるはずだったのに、いったい何なんだ! 「ギイ、EDって知ってるか」 「勝手に人を病気にするな!」 「あれもさー、精神的なものだって言うだろ。お前、何か葉山に言われたんじゃないのか?」 「何かって?」 「例えば『ギイ、早い』とか」 「・・・『早く』って言われたことはあるが、『早い』って言われたことはない」 「しれっと自慢するな!」 自慢じゃなくて単なる事実だ。 「あとはそうだなぁ、『下手だね』とか『そこじゃない』とか『気持ちよくない』とか」 「・・・矢倉、お前それ、八津に言われてるんじゃないだろうな」 「言われるわけないだろ」 「どうだか」 八つ当たり気味に言い捨てると、矢倉は苦笑した。 「で、どうすんだよ」 「どうって?」 聞き返すと、矢倉は身を乗り出してオレを見た。 「ギイ、まさかこのまま一生葉山とできなくてもいいわけじゃないだろ?」 「一生って、お前・・・」 非情な一言に打ちのめされて、思わず再びソファに突っ伏してしまう。 「だいたいそんなことになってみろ、さすがの葉山だってギイを見限って別れる、なんてことを言い出すかもしれないぞ」 「あるわけない」 「そうかぁ?セックスレスなんて、枯れ果てた熟年夫婦じゃあるまいし、これから先長いのに我慢できないだろうが」 当たり前だ。託生じゃなくてオレが我慢できない。 「矢倉、別に一生このままって決まったわけじゃないんだからな」 「どうかなぁ。だって何が原因か分からないんだろ?おかしなもの食ったんじゃないだろうな」 そんなことでできなくなるほどヤワな身体はしていない。 だが本当に原因不明っていうのがなぁ。 どうしたものか、と考えていると、ふいに矢倉がぽんと手を打った。 「ギイ、あれじゃないか?」 「うん?」 「お前、昨日神社で手を合わせなかったって言ってただろ?罰が当たったんだぜ、きっと」 「くだらないことを」 「馬鹿、そういうこと言ってると、本当に一生葉山とできなくなるぞ?神頼みじゃないけど、今からでも遅くない。ちゃんと手を合わせて、できるようにしてくださいって頼んでこい」 「・・・・・」 まっぴらごめんだ、と心の中で思う反面、もしかして本当に罰が当たったのだとしたらまずいな、とも思う。ああ、こんなことを思うこと自体、相当ダメージ受けてるな。 「ギイ、今から行こうぜ。タクシー呼んでやるからさ」 「え、ちょっと待て、矢倉」 「善は急げって言うだろうが」 「何が善なんだ!」 「付き合ってやるからさ」 あれよあれよという内に矢倉がタクシー会社に電話をして、さぁ行くぞとオレの腕を引く。 まったくこいつのこの妙な行動力は何なんだ? 自分のことでもないくせに。 いや、自分のことじゃないからこそ、積極的になれるんだろうな。 友達のためなら少しくらいの面倒なんて何とも思わないところが矢倉らしいところだ。 まぁ今のところこれといった手を打つこともできないし、神頼みでも何でもやってみるかという気にもなってくる。 「さぁ行くぞ、ギイ」 「わかったよ」 正直なところ、神社で手を合わさなかったくらいでアレが役立たずになるとは思えなったが、溺れる者は藁をも掴む、という心境で例の神社へと行くハメになってしまった。 八津と散歩をして別荘に帰ってくると、どういうわけかギイと矢倉はいなかった。 「どこ行ったんだろ?」 「さぁ」 コーヒーでも飲もうか、ということになり、ぼくはキッチンに立った。 管理人さんが何でも用意してくれていたようで、ちゃんとコーヒーも揃っている。 リビングに戻って、2人分のカップをテーブルに置くと、八津がありがとうと微笑んだ。 「ほんと、あの2人どこへ行ったんだろ」 「またおかしな企みしてるんじゃないのかなぁ」 くすくすと笑う八津はどこか楽しそうだ。 別荘に来てからずっと、八津は穏やかで幸せそうなオーラを漂わせている。 そりゃそうだよね。大好きな恋人と朝から晩まで一緒なんだし、これで幸せじゃないはずがない。 幸せな人を見てると、こっちまで幸せになれる。 ぼくだってギイと一緒にいられて十分幸せだけど、さらに幸せになれるような気がする。 いいなぁと思っていると、ふいに八津が真面目な顔をして首を傾げた。 「葉山くん、朝からずっと思いつめた顔してる」 「え?」 「ギイと喧嘩でもした?」 喧嘩なんてしていない。 だけど喧嘩の方がまだましかもしれない。 結局、昨夜も中途半端に煽られて、でも何もできないまま眠ったのだ。 そのこと自体は別にいいんだけど、ギイがぼくに対してすごく申し訳ないと思っているのか、朝から微妙にぼくと距離を置いているのだ。 だけど、実際のところ、ギイに対して何かを思うというよりは、ぼくはぼく自身に問題があってギイがあんなことになったんじゃないかと思い始めていた。 だって、そういうことしたいっていくら口で言ったって、実際そういう状態にならないってことは、したくないってことだよね。ギイがぼくのことを好きだと思ってくれているのは疑うこともないのだけれど、でも男の身体って正直だから、ギイはもうぼくとそういうことはしたくないと、心のどこかで思ってるんじゃないかと思ってしまったのだ。 それはやっぱりぼくを落ち込ませた。 知らず知らずのうちにそれが顔に出てしまっていたのかもしれない。 「よければ相談に乗るけど?葉山くんにはいろいろお世話になってるし」 「そんなお世話だなんて・・・」 「喧嘩じゃないにしても、葉山くんが何か悩んでることには違いないだろ?」 「うん・・・まぁ、それは」 ぼくは少し考えたあと、思い切って言ってみた。 「あの・・八津くん、えっと・・・好きな人をそういう気持ちにさせるのって、どうすればいいと思う?」 「え?」 八津はぼくの言うところの意味が分からなかったようで、じっとぼくを見返した。 「つまり、えっと・・ごめん、何でもない。忘れて」 「葉山くん、それってギイのことだよね?ギイが、葉山くんに、そういうことしなくなってしまった、ってこと?」 「あー、そういうわけじゃないんだけど・・・」 そういうこと、したいんだとは思うけど、できないんです、とはさすがに言うことはできない。 すごくプライベートなことだし。 「えっと、ギイがどうってことじゃなくって、一般論として、かな」 「ふうん、一般論か」 八津はそれ以上突っ込んでくることなく、うなづいてくれた。 まぁ、バレバレのような気はするんだけど、そこは八津の優しさだろう。 しばらくうーんと考えていた八津は、やがてぽつりと口を開いた。 「付き合いが長くなるとさ、そういうことってそれほど重要じゃなくなるんじゃないかな。っていうのが一般論だとは思うけど・・・でもそうだよねって納得できないよね、まだ若いんだし」 「うーん、そう、だよね」 「ああいうのって、どうしてもマンネリ化してくるものだし、たまにはちょっと、こう刺激のあることしてみるとか、普段やらないことしてみるとか、そういうのがいいんじゃないかな」 「普段やらないこと?」 まさか八津がそんなことを言うなんて思ってもみなかったので、ぼくは驚いてしまった。 だいたい、普段やらないことって何だろう。 マンネリ化・・・うう、確かにそれを言われると耳が痛い。 セックスは2人ですることだからって、ギイはあれこれと新しいことをしたがるけれど、ぼくはどうしても恥ずかしいのが先に立って、ギイの求めることに応じることができないことも多い。 それがよくなかったのだろうか。とするとやっぱり原因はぼくってことになるのかな。 ああ、ますますギイに申し訳なくなってしまう。 「相手がしたいっていうことをしてあげるのもいいかもよ?男って単純だから、好きな人が自分のために普段やらないことをしてくれるってだけで興奮するものだし」 「うーん、そうなのかな・・・」 あのギイでも、そうなのかな。ていうか、ギイがしたいことって何だろう。 ベッドの中で、時折求められる行為って何だったかな。正直なところ、そういう時ってふわふわと意識が朦朧としてることが多いから、覚えてないんだよね。 思い出すのも気恥ずかしいけど、だけどそれでギイのアレが治るなら、やっぱり協力するべきだよね。 何といっても恋人なわけだし、原因がぼくだとしたらなおさらに。 ぼくが大きく溜息をつくと、八津は困ったように少し笑った。 その夜、部屋に引き上げるとギイはやっぱりまだちょっと複雑そうな表情をしていた。 「昼間、矢倉くんとどこに行ってたの?」 「え?あー、あれなぁ」 先にシャワーを浴びてベッドに横になっていたギイは、それ以上は話そうとしない。 話したくないのかなと思い、ぼくはそれ以上は聞かなかった。 「ギイ」 「うん?」 「あの、さ」 ぼくはギイの隣に座ると、目を閉じたままのギイの手をそっと握った。 普段やらないことをやってみれば?という八津のアドバイスを、ぼくはのあとずっと考えていた。 ギイが元に戻るには、どうしたらいいのかって。 ぼくにできることがあれば協力できればなって。 「ギイ・・」 ぼくはそっと身を屈めると、ギイに口付けた。唇が触れるとギイがゆっくりと目を開けた。 視線が合うと、ぼくは意を決した。 いつまでも悩んでいても解決はできないのだ。ギイのためなんだから、と思うと覚悟もできる。 「どうした?」 「あの・・・昨日のことなんだけど、えっと、ぼくのせいなのかな?」 「何が?」 「つまり、ギイができなくなっちゃったの」 「・・・・」 まったく考えたこともなかったとでも言うように、ギイが目を見開く。 「ぼくが、ギイがしたいっていうこと、やだって言うから・・・それで、もうぼくとはしたくないって思って・・」 「まさか。そんなことあるわけないだろ」 「うん、ギイはそんなこと思ってないって思ってても、ほら心と身体は別物っていうか、ギイは心の奥ではぼくがいろいろ嫌がることをよく思ってなくて、それで、もうしたくないって思ったから、だから・・・」 「託生」 体を起こすと、ギイはぼくの頬に手を置いた。 「何馬鹿なこと言ってるんだ、アレは託生のせいじゃないよ。そうじゃない」 「でも・・・。あの、だからギイ。ぼく、するから」 「する、って何を?」 ぼくは手を伸ばしてサイドテーブルの上に置いてあったリモコンで部屋の電気を消した。 小さなルームライトの灯りがぼんやりとギイの横顔を照らした。 不思議そうにぼくを見るギイと向かいあわせになるように座って、ぼくはシャツのボタンを外した。 ベルトを外して、前を寛げると、もう一度ギイを見た。 「ギイ、前に・・・見たいって言ったよね」 「え?」 「ぼくが・・その・・・自分でしてるとこ、見てみたいって」 「・・・・」 ベッドの中で冗談交じりに言われたのはもうずいぶん前のことで、もちろんその時、ぼくは絶対嫌だと言った。一人でしたことがない、なんて言うつもりはないけれど、そういうのをギイの目の前でするなんて考えられなかったからだ。 ギイがしたいと言ってぼくが嫌だと言ったことって何だろうっていろいろ考えて、その中でも一番無理だと思ったことを、ぼくはしてみようと思ったのだ。 そしたらギイももう一度ぼくに対してそういう気持ちを持ってくれるんじゃないかと思ったから。 「してくれるのか?」 ギイの目の色が変わったような気がして、ぼくは自分がとんでもないことを口にしたことを改めて自覚させられて、一気に恥ずかしくなってしまった。 ほんとは今すぐにでも逃げ出したい気持ちだったけれど、だけど、ギイのためだと思って気持ちを奮い立たせた。 ぼくはギイの肩に額を当てると、ゆっくりと下衣の中に指を滑らせた。 ゆるゆると、いつもギイがしてくれるように指を動かしてみると、ふわっとギイの体温が上がったように甘い花の匂いがきつくなった。 「託生、顔上げて」 「・・・やっ・・・」 「だって見えない」 耳元で囁かれて、顔が熱くなった。 そうだった。ギイに見せなくちゃ意味がないのだから、こんな風に顔を伏せててちゃだめなんだ。 ギイの肩に押し付けていた顔を上げると、それに反比例するようにギイは視線を落とした。 ギイに見られていると思うと、それだけで妙な高揚感に包まれた。 「足、もっと広げて?」 「・・・っ」 促されて、ほんの少し膝を左右に開く。次第に形を変え始めた屹立から蜜が溢れ出して、やがてくちゅりと音を立て始める。 「ん・・っ・・」 それがギイの手じゃなくても、刺激を与えればそれなりに感じてしまう。 じわじわとした快楽が腰から下を支配していき、その先を急ぐようにぬるつく指先で先端を丸く撫でていると、知らずと声が上がった。 「託生・・・触っていい?」 どこか上擦った声で、ギイが手を伸ばそうとする。ぼくはそれを空いた片手で遮った。 「駄目・・・っ・・。ギイ・・見てるだけの方が・・・したくなるよね?」 「・・・」 「一人でするから、ギイ、見てるだけでいいから。そうしたら、ぼくとまた・・したいって思ってくれる?」 言うと、思いもかけずポロリと涙が零れた。 最初にギイとできなかったときは、特に問題だとは思わなかった。 ちょっと疲れてるだけだろうと思ったし、すぐに元に戻ると思ったからだ。 だけど次の日もできなくて、それはギイが悪いんじゃなくて、ぼくが悪いんじゃないかと思うようになった。 ギイがもうぼくのことを欲しいとは思ってないのだと思うと、それはすごく辛い事実としてぼくを打ちのめした。 頬を流れた涙がぽとりと顎先から落ちると同時に、ギイがぼくのことをベッドへと押し倒した。 「託生、オレが託生としたくないだなんて、本気で思ってるのか?そのせいで勃たなくなったとでも?」 「だって・・そうとしか考えられないじゃないか・・・」 顔を背けると、ギイが頬に手を添えまた元に戻す。 「あのな、そんなことあるわけないだろう。託生のこと欲しいって思ってるのに、それなのにできなかったら困ってたんだろ?もししたくないって思ってたら、ちょっかい出したりしない」 「・・・」 「それに託生・・・」 ギイは濡れた頬にちゅっと音をさせて口づけると、ぼくの手首を掴んで、彼の下肢へと導いた。 触れたそれは以前と同じように、ちゃんと形を変えていた。 「あ・・・」 「託生のやらしい姿見てたら、興奮した。・・・大丈夫みたい」 「よ、よかった・・・」 ほっとしたら何だか力が抜けてしまった。 絶対無理だと思っていたことを頑張ってやった甲斐があったというものだ。 ギイはぼくの肩先にひとつキスをすると、嬉しそうに微笑んだ。 「託生もオレとしたいって思ってくれてたんだ」 「え、ち、違う・・・てことはないけど、よかったって言うのは、ギイがすごく落ち込んでたから・・・」 あたふたと言い募ると、ギイはくすくすと笑った。 言ってるそばからギイは中途半端になっていたシャツを剥ぎ取って、今まで自分で触れていたぼくのものに手を這わせた。 「ギイ・・・っ」 「ありがとな、託生」 「・・・」 「一昨日、昨日と我慢させた分、今夜は寝かせないから」 「えっ」 ギイは嫣然と微笑んだ。 「おはよう。ギイ」 朝早く、キッチンへ飲み物を取りに行くと、同じように冷蔵庫を開けていた矢倉と出くわした。 「早いな、矢倉」 「ああ、ギイも早いじゃないか」 ほら、と渡されたペットボトルを手にして、そのままキッチンで喉を潤した。 「で、どうだった?ギイ」 「どうって?」 「とぼけるなよ、アレだよアレ。昨日、神社でちゃーんと手を合わせて、俺がギイのために500円もお賽銭してやったんだぞ。効果があったかどうか報告しろよ」 矢倉がぐりぐりとオレを肘で突く。 オレはやれやれと溜息をついた。 昨日、矢倉に引きずられるようにして、例の神社へと向かった。 矢倉に言われるがままに、あの卑猥な形の石をこれでもかというくらい撫でて、賽銭を放り込み、矢倉がいいと言うまで手を合わさせられた。 これで効果がなかったらどうしてやろうかと思っていたのだが・・・ 「効果はばっちりだった・・・」 「ええっ!」 「何でそこで驚くんだっ!」 オレはびっくり行天している矢倉を睨みつけた。 こいつ、効果があるとは思ってなかったのか?どういうことだ。 「すげぇな、あの神社」 感心したような矢倉だったが、オレとしては別にあの神社のおかげだとは思っていなかった。 効果があったのは、あくまで託生のソロプレイのおかげだ。 絶対にそうだ。 神社の罰が当たったわけじゃない・・・と思う。 とにかく昨夜は一昨日、昨日の2回分のリベンジと、見当違いな心配をしていた託生の誤解を解くためにも、相当頑張った。 おかげで一睡もできてない。 託生ももうへとへとみたいだったから、今日は昼まで起きてこないだろう。 だが、完全復活したことには間違いない。 何はともあれめでたいことではあるのだが・・・ 「矢倉、あの神社のおかげかどうか、試してみるの少し早かったかも」 「ああ?」 神社のおかげか、それとも託生のおかげなのか。 どうせなら日をずらして試してみればよかった・・・なんて口にしたらまた罰が当たりそうな気がしたので、口を閉ざした。 不思議そうな顔をする矢倉に、オレは深々と溜息をついた。 その後、できなくなるなんてことはなかったので、あれはやっぱり神社の罰が当たったに違いない、と託生は結論づけ、それからというもの、神社に立ち寄ると絶対に手を合わせるようにとオレに説教をした。 確かに、もう二度とあんな思いをするのはまっぴらだったが、 「託生のやらしい姿が見れるならもう一回くらい・・・」 などと思ってしまうのはしょうがないと思う。 もちろん託生には口が裂けても言えないことではあるのだが。 |