バスルームを出ると、ギイが頼んでくれたルームサービスが届いていた。それを見たとたん、ぼくは歩き疲れてお腹がすいていたことを思い出した。さっそくテーブルについて、並んだ食事をいただくことにする。 「美味しそう」 「食べようぜ」 「ギイ、お風呂は?」 「食べてから入る」 「やっぱり食欲魔人だね、ギイ」 「託生だって腹減ってるだろ」 「そうだけど」 「あ、託生、それちょうだい」 「もうっ、ギイ、ぼくのおかず取らないでよ!」 他愛ない話をしながら食事をする。 ほんと何でもないことなのに、どうしてギイと一緒だと楽しいんだろう。 どうしてギイと一緒だと、もっともっと一緒にいたいって思うんだろう。 「さて、オレもシャワー浴びてくるかな」 食事を終えると、ギイはバスルームへと向かった。 「あ、ギイ、学校に連絡・・・・」 「さっきした。最初渋ってたけど、実際帰れる方法ないもんなー。明日も休みだしってことで許可してくれたよ」 「そう。良かった」 突然の外泊だなんて滅多にあることじゃないから、どうなんだろうと思ったけど、まぁ相手がギイだから先生たちも大丈夫だって思ったのかもしれない。 好き勝手やってるわりには、先生たちからも信頼あるしな、ギイ。 バスルームからシャワーの音が聞こえてくると、ぼくは窓のそばへ近寄り、すっかり暗くなった外を眺めた。雨はまだ激しく降っていた。テレビのニュースを見てみると、突然のゲリラ的な雷雨だったようで、やっぱりまだ交通は麻痺しているみたいだった。こんなので明日はちゃんと帰れるのかな、なんて思ってしまう。 でもそうなれば、またギイと一緒にいる時間が増えるわけで。 「雨、止まなければいいのに・・・・」 そんな馬鹿なことを考えてしまう。まだまだ激しく降る雨にため息をついて、ぼくは着慣れないバスローブを引きずりながら、ベッドに腰掛けた。 これがまだ馬鹿広いベッドで、すごく寝心地がよさそうで、いつもならすぐに横になって眠ってしまうところだけど、今夜はそういうわけにはいかないのだ。 ギイがシャワーを終えるまでの間、ぼくはどうやって話を切り出そうかあれこれと考えた。 喧嘩はしたくない。 ちゃんと想いを伝えたい。 ギイのことが大好きなのだとわかってもらいたい。 ただそれだけだ。 「託生?もう寝ちまったのか?」 バスルームから出てきたギイが寝室を覗き込んで、小さく尋ねる。 「ううん、起きてるよ。まだこんな時間だもん」 「疲れただろ?」 「うん、大丈夫。ねぇギイ・・・」 こっちきてよ、だなんてまるで誘っているみたいだなと思い直して口を閉ざした。けれど、ギイはがしがしとタオルで髪の毛を拭いながら、ぼくの隣に座った。 ぼくと同じバスローブを着ているはずなのに、どうしてちゃんと格好良く見えるんだろう。 ほんと、ギイって何着ても似合うんだな。 「どうした?」 「あ・・・あのさ・・・ギイ・・・」 「うん?」 いつもと変わらないギイ。だけど、それが本当のギイじゃないことくらい、もうぼくには分かるから。 ぼくは小さく深呼吸してギイを見つめた。 「ギイ・・・ぼくが・・日本に残るって決めたこと・・怒ってる?」 「・・・・・・・」 「ぼくが、ギイと一緒にアメリカへ行かないって決めたこと・・・・怒ってる?」 ギイは虚をつかれたように、しばらく無言でぼくを見ていた。 どうして何も言わないんだろう。 そうじゃないと言うことも、そうだと言うことも、どちらも嘘になるから何も言わないの? やがてギイは困ったように微かに笑った。 「急にどうしたんだよ」 「急じゃないよ。ずっと話をしたいって思ってた。なのに、ギイってばぜんぜん相手にしてくれないし」 「託生・・・・その話は・・・」 腰を浮かしかけたギイのバスローブの裾を掴む。 「逃げないでよ、ギイ」 「・・・・・託生・・」 「ギイ・・・どうして何も聞かないんだよ?どうして日本に残るんだ、って聞かないんだよ?それって、どうでもいいって思ってるから?ぼくが日本に残ろうがどうしようが、どうでもいいってことなの?」 「違うっ」 ギイはらしくなく視線を彷徨わせて、そうじゃないと首を振る。 そしてぼくを抱きしめた。 ギイの濡れた髪が頬に触れる。シャワーを浴びたばかりの少し高い体温がぼくを包み込む。 ぎゅっとぼくを抱きしめていたギイは、やがて小さな声で言った。 「託生と・・・離れたくないんだ」 「・・・・ギイ・・・?」 「オレの勝手な言い分だって分かってる。だけど、それが本心だから。だから、託生にどんな理由を言われても、きっと嫌だって思ってしまう。それが託生にとってベストなことであっても、オレはきっと、冷静に話なんてできないと思った」 ギイは苦しそうにそう言うと、さらに強くぼくを抱きしめた。 離れたくないのはぼくだって同じだよ。 ぼくだってずっとギイと一緒にいたい。 だけど・・・。 「ギイ・・・ぼくは、この先もずっと、祠堂を卒業しても、それから先もずっとギイと一緒にいたいんだよ。だから日本に残ることにしたんだ」 ぼくはギイの腕から逃れると、ギイの手を握った。 ギイは分からないという表情でぼくの言葉を待っている。 ぼくはゆっくりと言葉を選びながら、自分の想いをギイに告げた。 「ギイと一緒にアメリカへ行くことも考えたんだ。そうしようかな、って、かなり無謀なことかもしれないけど、そうしようかなって思ったこともあったんだよ。だけど、今のぼくが、ギイと一緒にいたいっていうだけの理由でアメリカへ行っても、きっと何もできないだろうなって思ったんだ。英語だって話せない、友達もいない、いざという時にはギイしかいなくて、ギイに頼ってばかりじゃ、ギイだって嫌になるだろ」 「なるわけないだろ」 「それは、今はそう思ってるかもしれないし、ギイの本心だとは思うけど、だけど、ギイにはギイの時間があって、やるべきこともたくさんあるだろ?きっとアメリカへ戻れば、今以上に仕事をすることになるんだよね?ギイの邪魔はしたくないんだよ」 何か言いたそうに口を開くギイを制して続ける。 「ぼくは、ギイの足かせにも重荷にもなりたくない。ぼくのせいで、ギイの選択肢が減るのも嫌だ」 「託生・・・・」 「ぼくはギイみたいに頭も良くないし、要領だって悪い。何かを得るためにはすごく時間がかかるとは思うけど、でもギイと一緒にいたいから、ギイの隣に立てる人間になりたい。助けてもらうばかりじゃなくて、ギイを助けてあげられる存在になりたいんだ」 ギイはきゅっと唇を結び、ぼくの手を強く握り締めてくれる。 「ぼくはもっと強くなりたいんだよ。いつもそばにいなくちゃ不安になるような関係じゃなくて、離れていても大丈夫だって胸を張っていえるくらいに強くなりたいんだ。ぼくは、今、自分ができることしかできない。背伸びするんじゃなくて、ギイと一緒にいられる自分になるために、今は日本でバイオリンの勉強をする。まだまだ勉強したいことがたくさんあるんだよ。いろんなこと一人でもちゃんとできるようになって、英語だって頑張って勉強する。それで少しは自信がついたら、アメリカへ留学することも考える。ギイみたいに一足飛びとはいかないけど、階段を一つづつ上がっていこうと思うんだ。だから、ギイ、待っててくれる?ぼくがちゃんとギイの隣に立てるようになるまで、待っててくれる?」 「託生・・・オレは・・・・」 つないだ指先を持ち上げて、ギイはそっとキスをする。 そのまま何かを堪えるようにぎゅっと目を閉じる。長い睫がかすかに震えている気がした。 「ごめん、託生」 「ギイ・・・待ってられない?やっぱり、そんなのダメかな・・・?」 すっと身体が冷えた気がして、ぼくは怖くなる。 「馬鹿、そんなわけないだろ」 ギイは泣き出しそうな顔で笑う。 「オレ、託生が日本に残るって言ったとき、どうしていいか分からなかった。無理やり託生をアメリカにさらうわけにもいかないし、でもな、今の話を聞かなかったら、オレ、ほんとにそうしてたかもしれない」 「誘拐犯?」 くすくす笑うぼくを、笑うなと言ってギイが睨む。 「不安なんだ、託生」 「・・・え?」 「オレは、託生と離れることがすごく不安なんだ。託生の気持ちを疑っているわけじゃない。オレの気持ちが変わることもない。だから心配することなんてないって、どれだけ言い聞かせても、距離ができるのは不安で仕方がない。理屈じゃないんだ。こうして一緒にいても、オレはいつも不安でいる」 「ギイ・・・・」 ぼくは信じられない思いでギイの言葉を聞いていた。 そしてぼくは、自分が大きな間違いをしていることに気がついた。 ああ、ぼくは何て馬鹿なんだろう。 「ギイ」 ぼくは両手でギイの白い頬を包み込み、こつんと額をくっつけた。 「ギイが好きだよ」 「・・・・っ」 「ギイのことが大好きだよ」 ぼくは心を込めて想いを告げる。 「愛してるんだよ、ギイ。いつもそう思っているのに、ちゃんと言葉にしてギイに伝えられなくてごめんね」 ギイはいつも恥ずかしいくらいに真摯に気持ちを言葉にして伝えてくれるから、だからぼくはいつも安心していられた。 だけどギイは? ぼくは、ギイなら何も言わなくても分かってくれているだろうと勝手に思い込んで、気持ちを言葉にしてこなかった。もし逆の立場なら、どれだけ不安になっていただろう。 『オレのこと好き?』 冗談めかして何度もぼくに聞いていたギイ。 気恥ずかしくて答えをはぐらかしていたぼく。 ギイだって不安に思うことがあるのだと、どうして気づかなかったんだろう。 「不安にさせてごめんね、ギイ」 「託生・・・・」 ぼくはそっとギイの瞼に口付ける。 「ギイが好きだよ。不安になんて思わないでくれよ。たぶん、ギイが思っている以上に、ぼくはギイのことが好きで、さっきはあんな偉そうなこと言ったけど、ほんとはぼくだって離れるのはすごく怖いよ。でもぼくが日本に残ろうって思えたのは、ギイがぼくのことをちゃんと愛してくれているって信じられたからだよ。だから、ギイもぼくがギイを愛しているって信じてくれよ」 大丈夫だよ、とぼくはギイに口づける。 「ねぇ、ギイ。ぼくはギイに出会って、ギイに愛してもらって、生まれ変わったと思ってるんだ。もしギイに出会ってなければ、ぼくは嫌悪症を抱えたまま、誰にも心を開けず、誰のことも好きになれず、きっともっと嫌なヤツになっていたと思うんだ。だけど、ギイはぼくに人を好きになることを教えてくれた。辛い過去を肯定していいんだと教えてくれた。ギイと一緒にいることで、友達の大切さを知ることができた。何気なく過ぎていく日常の中に、どれほど素敵なことがあるのかを気づかせてくれた。どれもこれも、ぼく一人じゃ絶対にできなかったことなんだ。例えばほら、今日だって写真展でカメラマンの人に挨拶したろ?ぼくだけだったら絶対にあんなことできなかった。ギイはそんなことって思うかもしれないけど、小さなことかもしれないけど、ぼくには新しい経験で、ギイといるとそういうことの積み重なっていくんだ。そんな風にして、ぼくはどんどん新しい自分になっていける。ぼくはギイのおかげで生まれ変わることができた。きっとこれからも、ぼくはギイと一緒にいる限り、いろんなことを知って、強くなって、変わっていけると思う。それがとても嬉しい。誰かを・・・自分以外の誰かを、こんなにも大切に思えることがすごく嬉しいんだよ。その相手がギイで、すごく嬉しい」 「託生・・・・」 「だからね、不安になんてならなくていいんだ。ぼくがギイのことを嫌いになることなんて、絶対にないんだから」 もちろん将来のことなんて誰にも分からないけど、だけどギイへの想いだけは変わらないって、ぼくには分かる。 「やられた」 「え?」 「お前、すっげぇ口説き文句言うんだな。そんなこと言われたら、オレ・・・・」 ギイはぼくの唇にちゅっと音をさせてキスをすると、次の瞬間には抱えこむようにして、ベッドの上にぼくの身体を押し倒した。 何度も小さく交わす口づけは次第に深いものへと変わっていく。 もう何度もこうして抱き合っているのに、いつもどこか気恥ずかしい気がして仕方ない。 ギイはぼくのバスローブをはだけると、もどかしく素肌を探った。くすぐったくて身を捩るけれど許してはくれない。耳元から首筋に舌を這わされて、胸元をきつく吸い上げられるとぴりっとした痛みが走って思わず喉が鳴った。二度、三度と同じように吸い上げたあと、ギイは深く息を吐いてゆっくりと身体を起こした。 ぼくが逃げないように身体の上にまたがったまま、見せ付けるようにしてバスローブを脱ぐ。 綺麗に筋肉のついた身体。触れたくて手を伸ばそうとするとギイがその手を掴んだ。 指先に口づけられ、ぼくはそれだけでくらりと眩暈がしそうになる。 「託生、そんな顔するなよ、オレ・・・ひどいことしそうだ・・・」 困ったように言うギイに、ぼくの方こそどうしようと思った。 だって、ぼくの方こそ、いつも以上にギイのことを欲しいと思っていたのだから。 ギイに触れて、口づけて、感じて、この人はぼくのものだと確認したかった。 同じように、ぼくはギイのものだと知って欲しかった。 言葉じゃ伝えられないことも、肌を合わせれば伝わることがあると、ぼくはもう知っている。 ギイが教えてくれた。 ぼくは手を伸ばしてギイの肩を引き寄せた。 ふと、真っ暗な窓の外に意識が向いた。 叩きつけるようにして降りしきる雨。 まるで嵐のようだった。 けれどホテルの部屋は静かで何も聞こえない。雨の音さえここでは聞こえない。 この世界にぼくとギイの二人しかいないような、そんな気がした。 怖いのか、それとも嬉しいのか。 ギイが触れるところから自分が違うものになっていくような気になる。 知り尽くされた身体はほんの少しの刺激でも反応してしまう。ギイの指が下肢を辿り、敏感な部分に触れる。緩く握られてぼくは小さく声を上げた。 「気持ちいい?」 「うん・・・」 素直にうなづくと、ギイは笑ってゆっくりと指をスライドさせた。 ぼくはギイの肩先に顔を埋めて、与えられる快楽に声が漏れそうになるのを必死で堪えた。 「声、聞かせて、託生・・・・」 「あ……っ・・・」 きつく、緩く、翻弄される。時間をかけて、ぼくを高みへと押し上げるしなやかな指先。 一度零れた嬌声は抑えることができなくて、ぼくはギイの好きなように喘がされた。もう許して、と涙声で訴えても許されず、やがてあっけなくぼくは放たれた。 乱れた息がようやく整うと、ぼくはギイを睨んだ。 「ばかっ・・・」 「何でだよ、気持ちよかっただろ?」 濡れた指先を見せられて、ぼくはかっと顔を赤くなるのを感じた。 分かってる。今さらだってことくらい十分承知している。 ギイだって同じようにぼくの指を濡らしたことがある。お互いに何をされれば気持ちよくなれるかなんて、とっくの昔に知り尽くした。 ギイはぼくの顎を捕まえて唇をあわせてきた。舌が絡まり、何度も何度も溢れそうになる唾液を飲み込んだ。じわりと背筋を走る言いようのない快楽に、ぼくは怖くなる。 ぼくだけは嫌だ。 欲しいのはぼくも同じだ。 ギイのことが欲しい。 手を伸ばして触れようとすると、ギイはその手首を掴んだ。 「なに・・・?」 「気持ちよくして、託生」 ギイの潤んだ薄茶の瞳。ギイの指先がぼくの唇をなぞった。 ここで気持ちよくして。 耳元で囁かれ、いつもなら最後まで手放せないでいる理性を、ぼくは進んで手放した。 「んっ・・・・」 咥内に含んだ屹立に舌を這わせると、先を促すようにギイがぼくの髪を撫でた。 いつまでたっても慣れない行為の苦しさに涙が滲む。ギイは決して無理強いなんてしなから、ぼくはそれに甘えてばかりいる。 だけど今夜は、いつもギイがしてくれることを、同じようにしてあげたかった。 いつもなら恥ずかしくて口にできないことも、請われれば素直に口にした。 触れて、と言われれば何度も触れた。 ギイが求めることなら何でもしてあげたかった。 それでギイの不安が少しでもなくなるのなら、何でもできた。 「託生・・・っ」 切羽詰ったようなギイの声。きつく吸い上げるとギイは慌ててぼくの頭をぐいっと引き上げた。 「なに?」 あとちょっとだったのに?気持ちよくなかった? 目で訴えかけたぼくに、ギイは深く息を吐いた。 「気持ちよすぎて、我慢できなくなるだろ」 「いいのに」 「だめ」 ギイは薄く笑うと、ぼくの濡れた唇を親指の腹で拭い、そのまま身体を入れ替えた。 深く口づけを交わし、ギイのために足を開く。 ぴたりと触れ合った身体から、互いの心臓の音さえ聞こえそうな気がする。 幾度も繰り返した行為。そのたびに身体の芯が溶けそうな気がする。 ギイも同じかな。 同じように感じてくれてるのかな。 「託生の中に入りたい」 低く囁かれ、ぞくりと背筋が震えた。 閉じていた目をゆるゆると開けると、綺麗なギイの瞳が真っ直ぐにぼくを見ていた。 「ここで・・・」 「・・・・っん」 触れられて思わず息を呑む。 「ここで、託生のこと感じたい。うんと奥でオレのこと感じて欲しい」 ゆっくりと中に入ってくる指先。探るように動かされ、痛みと圧迫感に声が漏れる。 「託生・・・」 「して・・ギイ・・」 何でもして。 ギイが安心できること、何でもして。 ぼくの言葉を最後まで聞かず、ギイは強引に押し入ってきた。衝撃に反り返る背中に腕が差し入れられ、あやすように肩先に口づけられる。 ずるりと音がしそうなくらいに浅い場所まで引き抜かれて、また再び奥へと埋め込まれる。 生々しい感触にぼくは逃げ出したくなった。 「あ・・・っ・・・」 肩につくくらいに足を押し上げられて、ギイがさらに奥へと進んでくる。もう無理とギイの肩を掴む。 ギイはそれには答えず、ぼくの喉元に唇を這わせた。 汗ばむ肌にしがみつき、ぼくは緩やかに始まった注挿にがくがくと揺さぶられ、涙が頬を伝うのを感じた。 噛み付くような口づけも。 逃げることを許さない腕も。 どれもこれもただ愛しくて、ぼくは与えられる快楽に身を任せた。 何度か波をやり過ごし、一緒に達きたいと訴えるぼくに、ギイは息を吐いて動きを止めた。 「ギイ・・・?」 「上に乗って、託生」 繋がったまま器用に体位を入れ替えられて、ぼくはギイの胸元に手をついた。 それまでよりももっと奥深くにギイを感じて、苦しさに唇を噛む。 「腰おろして」 促されて、ぼくはできないと首を振る。これ以上深くは無理と言うと、ギイは小さく笑ってぼくの腰を掴んだ。 「託生、力抜いて」 「できない・・っ」 「できるよ」 ほら、と足の付け根をゆるく撫でられる。力の入っていた膝がぐらりと傾いだ。自然と腰が落ちて、ギイを深く飲み込んでいく。 「やっ・・・」 ゆるく突き上げられて、思わず声が出た。 「待ってギイ」 「待てない」 「お、ねがい、だから・・・っ」 必死に請うと、ギイが動きを止めた。 どこか心配そうに見上げる瞳。 違うよ、ギイ。 嫌なわけじゃない。だからそんな不安そうにぼくを見ないで。 『オレのこと好き?』 大好きだよ。当然だろ。 ぼくは自らゆっくりと律動を始めた。 以前、誰かがギイの寝込みを襲ってキスをしている場面に遭遇したことがある。 その時、ぼくはそのこと自体にもショックを受けたけど、それ以上に「ギイはぼくのものだ」と思った自分にショックを受けた。 いくら恋人同士でも相手のすべてが自分のものだと思うのは、おこがましいと思ったからだ。 だけど、咄嗟に思ったことこそが、やっぱりぼくの本心だった。 ギイはぼくのものだ。 ぼく以外の人がギイに触れるのは嫌だ。 「ギイ・・・好き・・・」 小さなつぶやきに、ギイが嬉しそうに目を細めた。 次第に早くなる注挿にギイもあわせてくれる。 耳を塞ぎたくなるような水音も、どちらのものか分からない息遣いも、甘い囁きも、絡めあう指先も、身の内を熱く焦がす悦楽も、すべてぼくとギイだけが知っている甘い秘め事だ。 誰にも渡したくない。 ギイはぼくのものだ。 「あぁ・・・っ」 堪えきれず、ぼくはギイの肌の上を白く汚した。 知らなかった。 自分の中に、こんなにも激しい嵐があったなんて。 脱力したぼくの身体をギイが受け止めてくれる。このまま意識を飛ばしてしまいたいと思った直後、ギイがぼくを攫うようように再び身体の下に組み敷き、荒々しくぼくを突き上げ始めた。 絶え間なく零れる甘い嬌声が自分のものだとは思えなかった。 ただギイに与えられる快楽を素直に追った。 ギイがくっと息をつめた瞬間、ぼくは身体の奥に熱い飛沫が散るのを感じた。 目覚めると真っ白な光が部屋中を満たしていて、目が痛いほどだった。 昨夜の嵐が嘘のような晴天。ぼくはだるい身体を起こすと、ギイの姿を探した。 ギイは大きな窓辺に立ち、窓の外を眺めていた。 「ギイ・・・?」 呼びかけると振り返り、いつもの優しい笑みを浮かべた。 「おはよう、託生」 「お、はよう・・・」 掠れた声に、昨夜自分がしたことが甦り、今さらながら羞恥で逃げ出したくなった。いったい何度抱きあったんだろう。いつ終わったのかも覚えていない。きっと途中で意識がなくなったんだ。 ぼくはどうしようと、火照る頬を片手で押さえた。 いつもならそんなぼくをからかうギイが、真面目な表情のままベッドに戻ってきた。 「託生」 「なに?」 ギイはぼくの両頬をそっと包み込むと、こつんと額をくっつけた。 昨日ぼくがしたのと同じ仕草に笑いが零れる。 「ありがとう、託生」 「何が?」 「オレのこと、ちゃんと好きでいてくれて」 思いもしなかった言葉に、ぼくはどう言っていいか分からず黙る。 「託生が、オレのために強くなるって言うなら、オレも託生のために強くなる。距離や時間や、どうにもならないことはたくさんあって、やっぱり時々は不安にもなると思う。だけど、託生がくれた言葉があるから、きっと大丈夫。託生の言う通りだな、自分以外の誰かを、こんなにも大切に思えることがすごく嬉しい。その相手が託生で、すごく嬉しい」 ギイが少し照れたようにぼくにキスする。 「なぁ、託生は、オレと出会って生まれ変わったって言ったけど、オレも託生と出会って生まれ変われたと思うんだ」 「ギイが?」 「ああ。もし託生と出会ってなければ、オレはきっと尖った心のまま周りのこと傷つけてた。前にも言ったよな、オレは冷たい人間なのかもしれないって。託生が知らないだけで、今でもそういう部分は持ってるし、オレにとってはそれが必要になることもあるんだ。だからすべて手放してしまうことはできないけれど、でもな、託生といると、そういう棘が丸くなっていくのが分かるんだ。オレの中にある、まだ綺麗でいる部分が、託生といると増えていくような気がする。託生と出会えてよかった。託生のこと、好きになってよかった」 ギイはそっとぼくの身体を抱き寄せた。 優しく髪を撫でられて、ぼくはギイの胸で目を閉じる。 「愛してる」 「うん」 「世界で一番だぞ」 「うん・・」 「託生は?」 ギイが答えろよ、と強請る。 昨夜さんざん言ったからもういいだろ? 「聞かなくても知ってるくせに」 卒業までのわずかの時間、ぼくたちはきっと、もっとお互いのことを好きになる。 何があっても大丈夫だと思える絆を結んでいく。 離れても、怖がることなんて何もない。 どれほど遠く離れても、どれほど会えない時間ができたとしても、ぼくたちは何も変わらない。 変わらず互いを大切に想い、心を預けていく。 大好きだよ、ギイ。 世界で一番愛してる。 |