誓い



「下手に好きだなんて言っておいて、3年も離れてしまうのは辛いだろ?」

章三の言葉は正直こたえた。
祠堂を卒業したらその先どうなるか、オレも託生もまだはっきりとした答えを持っているわけではなく、もしかしたらアメリカと日本と離れ離れになってしまうことだって十分ありえた。
そうなると3年どころの話じゃなくなる可能性だってある。
妙に気持ちがざわめいて、政貴のために音楽室で録音作業をしている託生を訪ねた。
昨日の朝まで一緒にいたというのに、その姿を見るだけでどうにもたまらなくなって、おまけに章三の言葉のせいで、妙にせっぱつまった気持ちになっていたオレは、半ば強引に託生も一泊するようにねだってしまった。
最初は迷っていた託生だが、最終的にはオレのお願いを聞いてくれた。


「階段長って大変だよね」
ベッドに2人で横になって、何てことのない話をしていると、託生がしみじみと言った。
「まさか登校日に学校に泊まるなんて、知らなかったし」
「だよな。まぁ逆に慌しくなくていいかもしれないけどな」
「はは、どこまでも前向きだね、ギイ」
くすくすと笑う託生の髪が頬に触れる。
「なぁ託生」
「うん?」
「例えばさ、好きな人がいたとして、その人にはまだ自分の気持ちを伝えてないんだけど・・」
「うん」
「相思相愛なんだ、間違いなく。だけどもうすぐ離れ離れになってしまうってことがわかってたら、お前、相手に気持ちを伝える?」
章三は相手が可哀想だからと言って伝えなかった。
その気持ちも分からなくはない。
けれど、3年は長い。
いくら互いに大切に思っていると分かっていても、その気持ちを確信できるものが何もない状態で待つことは・・相手の気持ちが変わらないと信じ続けるには、相当な精神力が必要となる。
あえてそういう道を選ぶ章三って、いったい何なんだ、とオレは不思議で仕方がない。
「それ、心理テストか何か?」
託生が探るようにオレに尋ねる。
「いや」
「・・・じゃあ、もしかして、ぼくたちのことを言ってる?」
「オレたちはちゃんと気持ちは伝え合ってるだろ?」
「そうじゃなくて・・・離れ離れになるって・・・」
小さな声に、オレは上体を起こした。
「そうじゃないよ。まだ離れ離れになるなんて決まったわけじゃないんだし・・そんな風に言うなよ、託生」
「うん・・・」
オレは託生の頬にキスをすると、おかしなこと言ってごめんな、と謝った。
「で、託生ならどうするか教えてくれよ」
「え、うーんと、どうかな。気持ちを伝えて相思相愛になっても、すぐに離れ離れになっちゃうってことだよね」
「そう」
「それって、ちょっと辛いよね」
まるで自分のことのように、託生がつぶやく。
「ギイは?ギイならどうするの?」
「オレは後先考えずに、好きだって言っちまうだろうなぁ」
「離れ離れになるって分かってても?」
「離れ離れになっても、オレの気持ちは変わらないから、さ」
「ふうん、そっか」
「で、託生は?」
「わかんないよ」
「何だよ、それ」
「だって、その時になってみないと分からないよ」
そりゃまぁそうだけどさ。堅実なんだか優柔不断なんだか分からない答えだよなぁ。
託生らしいと言えばそうかもしれないけど。
オレは託生の指に自分のそれを絡めて持ち上げた。
「託生はちゃんと言うこと」
「はい?」
「離れ離れになるって分かってても、お前はちゃんとオレに好きだって言うこと。そんなこと言っても仕方ないとか、余計に辛くなるとか、そういうことは絶対に考えるんじゃないぞ」
「ギイ?」
オレは繋いだ手を引き寄せて、託生の指にキスをした。
「託生は、ただ自分の気持ちを・・・自分がどうしたいかっていうことだけを、オレに言えばいいからさ。そのあとのことは、オレが何とかする。託生に辛い思いなんてさせない。オレのこと信じてくれ」
うん、と託生がうなづいた。

嫌でも2人の未来のことを考えないといけない時が間もなくやってくる。
けれどその時は、嘘はつかずにお互いの気持ちをちゃんと伝え合おう、と約束する。
相手のためなんかじゃなくて、自分がどうしたいのかをちゃんと言葉にして伝え合おう。
まずはそこからすべてが始まる。



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あとがき

あとはギイが託生くんが幸せになるようにしてくれる。