夕食が済むと、そのまま食堂で友達と話を続ける者、早々に寮に戻って宿題や予習などに勤しむ者、寮には一つしかないテレビを見る者など、皆好き好きに短い自由時間を過ごす。
ぼくはたいてい部屋に戻ってしまうのだけれど、その日はギイに誘われて一緒にテレビ番組を見ることになっていた。 「珍しいね、ギイがテレビ見たいだなんて」 「今日は野球もサッカーもやってないだろ?だからきっと空いてると思うんだよな。 だからちょうど見たいと思ってた番組が見られるかなって」 「何が見たいの?」 「最新の科学番組、ちょっと怪しげな」 「怪しげ?ふうん」 正直、ぼくにはあまり興味のない分野だ。 ギイは何に対しても好奇心の塊のような人なので、情報番組とかちょっと難し目の専門番組なんかがお気に入りだ。 テレビ番組の何を見るかは多数決で決めるのだけれど、ぼくたちの年代だとスポーツやバラエティが人気なので、ギイが好きなそういう番組はあまり選ばれることがない。 ギイもスポーツは大好きなので、大きな試合とかだと嬉々として参加もするけれど、ドラマやバラエティはあまり興味を示さない。 まぁ見たいテレビがある人にとっては寮生活というのは不自由だろうなと思うけれど、ぼくはそれほど見たい番組があるわけでもないので、そこまで不自由だとは感じたことはない。 なので今回は、本当にギイに誘われてのお付き合いだった。 一緒に談話室へと向かうと、ギイの予想通り、珍しく人が少ない。 そうか中間テストが近いってこともあるんだなと思いながら、テレビの前の席に座る。 「ギイ、珍しいな、テレビ見にくるなんて」 隣のクラスのヤツが気軽に声をかけてくる。みんなギイのことが大好きなので、こういう場所で会えるだけでも嬉しいのだろう。 「オレ、ちょっと見たい番組あるんだけどな」 そう言ってギイが番組名と言うと、みんな特別見たい番組はなかったのか、快く承知してくれた。 こういうところもギイが言うなら、という空気が漂っている。 「よ、葉山も来てるのか」 「赤池くん」 缶コーヒーを手にした章三がぼくの隣に座った。 「赤池くんも見たかった番組なの?」 「ギイに誘われて。あいつ、こういうの好きだよな」 こういうの、がどういうものなのかが分からない。そう思うと、ぼくはギイのことをまだ何も知らないんだなぁと思い知らされる。 ギイに告白されて、付き合うようになって、そろそろ三か月。 その間にいろんな話をして少しづつお互いのことを知るようになってきたけれど、まだまだ知らないことの方が多い。 今はギイのことを知っていくのが楽しくて、だけど一気に知ってしまうのは怖いような気もする。 それはギイの別の一面を知って嫌いになったら、ということではなくて、むしろ知れば知るほどギイのことを好きになってしまいそうで、これ以上好きになったらどうなってしまうんだろうという怖さだ。 もっともそんな風に思うこと自体どうかしてるのかもしれない。 ギイは嘘をつく人じゃないし、今のところぼくのことをとても大切にしてくれている。 むしろ、ギイがぼくのことを知って、呆れられたり嫌われたりしないかの心配をした方がいいような気もする。だいたい、今でもどうしてギイがぼくのことを好きでいてくれるのか不思議になることがあるのだ。 向かい側に座るギイは、始まったテレビ番組を見入っている。 綺麗に整った横顔を見ていると、それだけでドキドキしてしまうのだから困ったものだ。 賑やかな音楽と共に始まった番組はドラえもんの道具は本当に作れるのか、というもので、どうすれば実現可能かを科学的に検証していくというものだった。 もっと難しい番組かと思っていたけれど、わかりやすい説明で、なかなか興味深い番組になっていた。 固くなりすぎないように時々笑いも挟んでいるので、ついつい引き込まれる。 「ドラえもんかー、ギイはドラえもんなんて見てないだろ?」 「でも知ってるぞ。この発想力はすごいよな、今見てもわくわくするだろ?」 確かに。子供の頃は何も考えずに面白いなぁって見てたけど、今改めて見てみると、よくこんな便利な道具を思いつくものだ、と感心してしまう。 番組内では、この道具は将来実現可能とか、不可能とか振り分けていく。大学の偉い先生たちが漫画の道具の実現方法を真剣に考えている姿も面白い。 「ギイならどれも作ってしまいそうだよな」 一緒に見ていた誰かが言うと、みんなもそうだよなーとうなづく。 Fグループの御曹司であるギイならば、不可能なことでも可能にしてしまいそうな気がするのだろう。 期待に満ちた視線を受けて、ギイは苦笑した。 「うーん、確かにちょっとやってみたい気もするよな。自分でも使ってみたいし」 「完成したら連絡してくれ、僕も試してみたい」 章三までもがちょっと目を輝かせて名乗りを上げる。 2時間ほどの特別番組が終わるまでの間、みんなでドラえもんトークに花が咲き、思っていた以上に盛り上がった。 番組が終わると、それぞれ部屋へと引き上げる。テストも近いのでそうそう遊んでもいられないのだ。 「なぁ託生」 「うん?」 部屋に戻ると、ギイはベッドに腰かけるぼくの隣に座った。 「託生はさ、どの道具が欲しいと思った?」 「え?ああ、ドラえもんの?ギイが実現してくれるの?」 冗談めかして言うと、ギイはまぁ託生が欲しいなら考えるけど、と本気か冗談か分からないようなことを言って笑う。 「そうだなぁ、どこでもドアとかあると便利だよね。ギリギリまで寝てても遅刻しないですむ」 「はは、それはいいかもな・・って、どうせならアメリカまですぐ行けるし、とか言えよ」 「そっか、そしたらギイともすぐに会えるね」 「そういうこと」 うん、それはすごく便利だ。 休みの間、会いたくなったらすぐに会える。 「そういうギイはどの道具が欲しいの?」 「そうだなぁ、どこでもドアも便利だとは思うけど、どうせならタイムマシンが欲しいな」 「でもあれは実現が難しそう」 どこでもドアだって難しいとは思うけど。 「だけどさ、託生、昔は飛行機だってなかったし、携帯電話や自動運転の車とか、そんなことできるわけないって思われてたものが、どんどん実現してるだろ?どこでもドアだってタイムマシンだって、遠い将来じゃ当たり前になってるかもしれない」 「まるでSF映画みたいだね」 「そうそう、章三が好きそうだろ。あいつもさっきの番組、食い入るように見てたもんな」 「うん。面白かったよね。もしかしたら本当に作れるかもって思ったし、だけどそれまで生きてるかどうか微妙だよ」 「言えてる」 顔を見合わせて笑いあう。 「タイムマシンかぁ、ギイは未来と過去とだったらどっちに行きたいの?」 たぶんギイなら未来だろうなぁと思った。 ギイは過去にとらわれるタイプじゃないし、これから先の世界がどうなるかが気になるだろうなと思ったのだ。 けれど、ギイはぼくの問いかけに、迷うことなく過去かなと言った。 「え、そうなの?意外だなぁ、ギイなら絶対に未来だと思ったのに」 「どっちも行ってみたいけどさ、過去に戻って、託生に片思いしてる自分に『ちゃんと恋人同士になれるから諦めるな』って言いたいし」 「ええ?」 「もっと過去に遡って、辛い思いしてる託生のこと抱きしめたいし」 「ギイ・・・」 ギイからそんな言葉がかえってくるとは思っていなかった。 「それに、オレたちの未来はずっと一緒にいて幸せになってるって決まってるから、まぁ見に行かなくてもいいかなぁって」 さらりとそんなことを言ってしまうけど、それって本当はめちゃくちゃ大変なことなんじゃないだろうか。 だけどギイが言うなら本当にそうなってるような気がしてしまう。 「託生?」 思わず差し伸べられたギイの手から逃げるようにして身を捻った。 泣いてる顔なんて見られたくない。 だって、あまりにも突然だったから、何の準備もできてなかった。 ギイがどれほどぼくのことを大切にしてくれているか。 ちゃんと知ってるはずだったのに、ふいにそんなこと言葉にされたら誰だって泣いてしまう。 「おーい、託生、泣いてんのか?」 ギイがぼくの背中から覆いかぶさってくる。 「泣いてないよ」 「嘘つけ」 「だってギイが・・・」 「うん?」 言葉に詰まると、ギイは背後からぼくの頬に柔らかくキスをした。 ずるい。 ギイはいつだってこんな風に簡単にぼくを泣かせてしまうのだ。 「で、託生は未来と過去とどっちに行きたいんだ?」 「・・・ぼくは・・そうだな・・・」 ぼくはたぶんタイムマシンには乗らないだろう。 今こうしてギイと一緒にいられる瞬間が一番幸せで、大切で、愛おしいから。 一番大切な人と、今を生きることができれば、ぼくはそれだけで十分だ。 |