「いい時計だね、ギイ」
政貴がふと思い出したように言った。 「そうか?けっこう長く使ってるんだけどな」 ギイが小さく笑う。 ギイの左手首を飾る腕時計。 小ぶりで、シンプルで、でもどう見ても高そうだなぁと思わせる時計だ。 ギイが身につけているものは大抵そんな感じのものが多い。 服にしても小物にしても、趣味がいいなぁといつも感心している。 「ところでギイ、時計についてどう思う?」 政貴がにっこり笑って問いかけた。いきなりの質問にギイは胡散臭そうに政貴を見返す。 「何だよ、それ。新手の心理テストか?」 「まぁまぁ。腕時計についてどう思うか聞かせてくれよ」 ギイはしょうがないな、というように少し考える。 「そうだなぁ、いつも身につけているから、あるのが普通だな。ないと困るだろ?別に高価なものでなくてもいいから、気に入ったものを長く使いたいって感じかな」 「ふうん。じゃあ葉山くんは?」 「え?」 いきなり話を振られて、ぼくは言葉に詰まる。 「えーっと、ぼくもいつも身につけてるけど・・・でもなくても困らないかな。あると邪魔なときもあるからさ。まぁ、あってもなくてもいいもの、かな」 「ああ、バイオリン弾くときとか、いつも外してるもんな」 ギイがうなづく。 すると政貴は意味深な笑みを浮かべて、立ち上がった。 「今のはね、新手ではないけど心理テスト。腕時計について思うことは恋人について思うことなんだって。俺も半信半疑だったんだけど、今のを聞いて、案外と当たってるのかなぁって思ったよ。じゃあね、二人とも喧嘩しないようにね」 (何だってーー!!!!!) ぼくは思わず腰を浮かした。 たった今自分が口にした台詞がぐるぐると頭をめぐる。 「ちょ、ちょっと待ってよ、野沢くんっ!!」 こんな状況で、ぼくとギイを二人きりにするなんてあんまりだ。恐る、恐るギイを振り返ると、思ったとおり彼は不機嫌丸出しの表情を隠そうともせずにぼくを睨んでいた。 「たーくーみー」 「な、なに?」 「お前、なくても困らないだって?」 「だ、だから、時計の話だろ?」 「あると邪魔なときもあるんだ?」 「ギイってば・・」 「あってもなくてもいいもの、かよ。オレは」 「だから時計の話だろ〜」 ぼくはじりじりと後ずさる。 「お仕置きだな」 きっぱりと言ってギイがぼくの腕を引っつかんで歩き出す。 (だから、腕時計について思うことで、ギイについて思うことじゃないのにっ!!!) 政貴に心配されたように喧嘩にはならなかったが、ぼくはそのあときっちりギイにお仕置きされた。 理不尽だ。 |