※未来話のため、オリキャラ出てます。
12月に入ると街はクリスマスムード一色になる。 色とりどりのイルミネーションや明るい音楽。 綺麗に飾られたツリー。 ショーウィンドウに並ぶ可愛らしいプレゼントたち。 見ているだけで楽しくなってくる。 (NYの大きなツリー、何て言うんだっけ・・ギイはもう見たのかなぁ) などとぼんやり考えていると、 「葉山ー。聞いてるか?おーい?」 目の前でひらひらと手を振られ、ぼくは我に返った。 視線を向けると、そこには同じ大学でバイオリンを学んでいる工藤春彦が呆れ顔でぼくを見ていた。 「あ、ごめん」 いけない。ぼんやりしていたけど、打ち合わせの最中だった。 「葉山、お前、明日の場所と時間、ちゃんと覚えてるんだろうな?」 「大丈夫だよ。心配性だなぁ」 「最近、いつもに増してぼんやりしてるからだろ。ったく、しっかりしろよ」 春彦はやれやれというように軽く肩をすくめた。 クリスマスが近いというだけで、確かに最近ちょっと気持ちがふわりと浮かれがちだった ような気もする。ぼくはもう一度春彦に、ごめん、と謝った。 春彦は大学に入学してすぐに親しくなった友人だった。 初めてギイを見たときほどの衝撃はなかったけれど、春彦もけっこうな男前だった。 しゃべり方や服装など軽い感じで、何となく、音楽を・・・バイオリンをする人は真面目な感じの人が多いと勝手に思っていたぼくは、彼自身も軽い人なのかな、と思ってしまった。 けれどそれは間違いだとすぐに知ることとなった。 ぼくは彼のバイオリンの演奏を初めて聞いたとき、鳥肌が立つほどに感動したのだ。 情熱的で感情をむき出しにしたような演奏は好き嫌いがはっきりと分かれるものかもしれない。 ぼく自身は彼のような演奏はできないけれど、それでも迷わず好きだと思える類の音だった。 春彦もまた、どういうわけかぼくの演奏を気に入ってくれたようで、互いの音を知ったその日の内にぼくたちはびっくりするほど簡単に友達になった。 そのことをやや興奮気味に、遠く離れたNYにいるギイに報告すると、 『友達ができたのは良かったけどな、そんな嬉しそうに他の男の話されるのは複雑だ』 などと、わけの分からない感想をため息混じりに述べたのだった。 ギイの見当違いなヤキモチはいつものことなので、ぼくとしては苦笑せざるを得なかった。 なぜなら、春彦には高校時代から付き合っているという、とても綺麗な彼女がいるからだ。 それを聞いたギイは、 『なら安心』 と笑った。 不安だらけだった大学生活は、春彦のおかげで順調に滑り出した。 何しろ気安くて、誰とでもすぐに仲良くなれる、どことなく矢倉を思い出させるようなタイプの男なので、あっという間にクラスの中心的人物になり、彼を通じて友達も増えた。 いつも冗談ばかり言っているけれど、バイオリンに対してはいつも真剣で誰よりも熱心で、そのギャップが春彦の魅力の一つなのかもしれなかった。 佐智さんとはあまりにも才能が違いすぎて話せなかったことも、春彦とは素直に話しあうことができた。 初めて同世代の仲間ができて、本音で音楽の話をじっくりできることは、ぼくにはとても嬉しいことだった。 そして、それはギイのいない寂しさを、ほんの少し紛らわしてくれた。 そんなことを言えば心配するだろうから、ギイには言わなかったけれど。 1年の冬、ぼくは彼に誘われて、病院でクリスマスコンサートをするボランティアに参加した。 入院をしている小さな子供たちに音楽を届けるというもので、春彦は高校の頃から参加しているらしかった。 小児科病棟にいる子供たちは、ぼくたちのコンサートをとても楽しみにしてくれていて、1時間ほどのコンサートは大いに盛り上がり、とても楽しい時間を過ごすことができた。 それから毎年、クリスマスシーズンになると、ぼくたちは病院めぐりのボランティアで毎日忙しくするようになった。 そして3年になった今年の冬も、ぼくたちは何度か病院でコンサートを開いた。 コンサートは本当は昨日で終わりのはずだったけれど、どうしても演奏して欲しいという依頼が舞い込んで、急遽ぼくたちは明日のイブの日にもコンサートを開くことになったのだ。 そのためにさっきまでちょっとした打ち合わせをしていたというわけだった。 「明日はイブだけど、ほんとに良かったか?」 カフェを出ると、春彦が少し申し訳なさそうに言った。 「大丈夫だよ。別に予定はないから」 「そうか?」 「春彦こそ、明日のイブは美咲ちゃんとデートだったんじゃないのかい?」 ぼくがからかうと、春彦はぜんぜん平気と笑った。 「高校1年生からの付き合いだからなー、今更クリスマスだからって特別何かするわけでもないし」 「なんて思ってるのは春彦だけなんじゃないの?女の子ってクリスマスはやっぱり特別だろうし」 「さてね。そういう葉山は?」 「予定はないってさっき言っただろ?」 春彦はぼくに恋人がいるんじゃないかと疑っていて、何かあるたびにこうして探りを入れてくるのだ。 その都度、ぼくは適当なことを言ってはぐらかしている。 どこから見てもストレートの春彦に、ギイのことを打ち明けるにはやっぱり勇気が必要だ。そしてその勇気をぼくはまだ持てそうにない。 「葉山は秘密主義だなぁ、俺ってそんなに信用ないかね」 「信用してないとか、そういうんじゃないよ」 慌てて言うと、晴彦はしょうがないなというように肩をすくめた。 「ま、そのうち紹介してくれよな、葉山の恋人」 深く追求してこないのも春彦の優しいところだ。 いつかギイのことを紹介できるといいんだけれどな、と思う。 まぁ、ギイは何を心配しているのか「早く紹介しろ」とうるさいので、その日も近いとは思うのだけれど。 そのギイは、毎年クリスマスというイベントをぼくと過ごすために、必ず日本へやってくる。 けれど、今年はちょっと無理かもしれないと、数日前の電話で言われた。 『ごめんな、託生』 『いいよ、忙しいんだろ?無理しなくていいから』 『あー、やっぱり何とかならないか、もう一度島岡に・・・』 『ギイ、我侭言って、島岡さんを困らせちゃだめだって』 『お前、オレに会いたくないのか?』 子供みたいに拗ねるギイを宥めるのにけっこうな時間を要した。 クリスマスに会えないってことを、どうしてそんなに拘るんだか。 これが最後のクリスマスというわけでもないし、ぼくとしてはそれほど怒っているわけでもないんだけど、それがまたギイは気に入らないようで、電話でぶつぶつと文句を言われた。 祠堂を卒業してからも、ぼくとギイは遠距離恋愛を続けていた。 遠距離といっても、ぼくが寂しいなぁなんて思う頃になると、決まってギイが会いにきてくれるから、それほど離れていることを感じたことはなくて、もっともそれはギイのおかげなんだけど、ぼくはいつでも安心してギイのことを想うことができている。 「じゃあな、葉山。明日遅れるなよ」 「うん、お疲れさま」 春彦と別れると、ぼくはふと思い出して、携帯を開けてみた。 予感通り、ギイからメールが来ていた。 『ちょっと早いけどメリークリスマス。今度会う時にプレゼント渡すから楽しみにな』 ギイの言う今度がいつなのかは分からないけれど、早ければお正月くらいには会えるかもしれない。 ぼくは少し考えてから、「楽しみにしてる」と返信した。 翌日のクリスマスイブ、ぼくと春彦を含めた総勢5名で、都内の病院へと出向いた。 小児科病棟のリハビリ室が今日の舞台で、ぼくたちが到着すると、中では大勢の子供たちが待ち構えていた。 部屋にはツリーが飾られていて、いかにもクリスマスイブという雰囲気が漂っていた。 盛大な拍手のあと、子供が喜びそうな曲をいくつか演奏する。 テレビ番組の曲とか、カスタネットやタンバリンで一緒に参加できるような曲。 もちろんクリスマスソングも欠かせない。 入院している子供たちの家族や、病院の先生や看護師さんも参加してくれて、プチコンサートは大きなトラブルもなく、和やかな雰囲気の中終えることができた。 コンサートが終わると、好奇心旺盛な子供たちは楽器を持つぼくたちの周りに一斉に集まってくる。 何か弾いてと言われて、ぼくは短い曲をいくつか弾いた。 中にはバイオリンに触りたいという子もいたけれど、さすがにそれはごめんね、と断った。 ギイから永久貸与されているこのバイオリンは、本当ならぼくが一生手にすることなどできないくらいの逸品だ。ギイは神経質になる必要はない、というけれど、やっぱり自分以外の誰かに触らせることはできない。 春彦も子供たちにねだられては、アニメの主題歌など、普通なら絶対弾かないであろう曲を披露している。 バイオリンをケースに片付けていたぼくは、ふと窓際の席に座ってじっとこっちを見ている女の子に気づいた。 演奏してるときもあんまり楽しくなさそうで、気になっていた子だった。 ぼくはそれとなく彼女のそばへと近づいた。 「どうしたの?気分でも悪い?」 何しろここにいる子たちは、みんな入院中の子ばかりだ。 体調が悪い子だっているだろうし、コンサートどころじゃない子もいるかもしれない。 女の子はぼくを見ると少し首を傾げた。 「コンサートは楽しくなかった?」 彼女の隣に座って聞いてみると、彼女はううんと首を振った。 「そっか。えーっと、名前は何ていうの?」 「麻衣」 「麻衣ちゃんか。ぼくは託生。よろしくね」 差し出した手を、麻衣ちゃんはちょっと見つめたあとにおずおずと握ってくれた。 小さな手の柔らかさに思わず笑みが漏れる。 「麻衣ちゃんはサンタさんに何をお願いしたの?」 「えーっとね、ミッキーのぬいぐるみ」 「ミッキーが好きなの?」 うん、と麻衣ちゃんはうなづいた。 「あとね、今日は麻衣の誕生日だから、ミニーさんも」 「麻衣ちゃん、今日が誕生日なんだ、おめでとう」 「あんまり嬉しくない」 唇を尖らせて、麻衣ちゃんが足をぶらつかせる。 「どうして?」 クリスマスと誕生日なんて、小さな子供にしてみれば一番楽しいイベントじゃないのかな。 一つしかプレゼントがもらえないというならまだしも、麻衣ちゃんはちゃんと二つもらえるみたいだし。 ぼくが分からないという表情をしていることに、麻衣ちゃんが焦れたように唇を尖らせる。 「だって、大きくなったらもうサンタさんは来てくれなくなるもん」 「あー、うーん」 なるほど。 サンタは信じているんだよね。たぶん。 でもきっと、大人になったらもうサンタさんは来ない、なんてお母さんに言われたりしてるのかな。 「お兄さんにはサンタさんは来ないでしょ?」 「うーん」 「大きくなったらサンタさんはこなくなるから、誕生日は好きじゃないの」 「うーん」 ぼくはどう言えばいいかなぁと考えてしまった。 その通り、と言ってしまうのも夢を壊してしまうなぁと思ったり。 ぼくだって小さいころはサンタさんがいると信じていた。でも大人になったらどうなるかなんてあんまり思わなかったな。 いつの頃からかサンタさんなんていないって分かってしまったからかもしれない。 「大人になったらサンタさんはこないでしょ?」 麻衣ちゃんがつまらなさそうにぼくを見る。 「そんなことないよ。大人になってもサンタさんはやって来るよ」 ぼくが言うと、麻衣ちゃんがそれが本当かどうか見極めようとじーっとぼくの目を見つめる。 子供の目っていろんなこと見抜かれそうで怖いなぁ。 だけどぼくは嘘をついているわけじゃないので平気だ。 「ほんとに?」 「ほんとだよ」 「ほんとにー?」 まだどこか信じてないような表情で麻衣ちゃんがぼくを見る。 「うん。だけど、子供の頃に来てくれるサンタさんとはちょっと違うかな」 「どう違うの?」 「大人になってからのサンタさんは、寝ている間にこっそりプレゼントを置いたりしないんだ。ちゃんと起きてる時に来てくれる」 「えー」 嬉しそうに麻衣ちゃんが顔を輝かせる。そうだよね、みんなサンタさんには会いたいよな。 「プレゼントはくれるの?」 「うん。だけど、そのサンタさんがくれるプレゼントは目に見えないものが多いんだ」 「目に見えないもの?」 「うん、ミッキーやミニーみたいに触れることができるものをくれることもあるけど、目に見えなくて、でも麻衣ちゃんを幸せにしてくれるものをくれることの方が多いかな」 「何をくれるの?」 「それは大人になってからのお楽しみ」 「えーずるいー、教えてー」 麻衣ちゃんがぼくの手をつかんでぶんぶんと振る。 「どれくらい大人になったら、そのサンタさんは来てくれるの?」 「そうだなぁ、麻衣ちゃんは今いくつ?」 「五歳」 「じゃあ、早ければあと12回、お誕生日を迎えたら、かな」 「そんなに待てない」 ぷくっと膨らんだ頬を、ぼくはつんとつついた。 「あっという間だよ。そのサンタさんは麻衣ちゃんだけのサンタさんなんだ。麻衣ちゃんのことを一番好きだよって言ってくれる。麻衣ちゃんが大人になるのを待ってくれてる。だから早く病気を治して元気になって、大きくなろうね」 「うんっ」 「誕生日は嫌いじゃなくなった?」 「うん」 大きくうなづいた麻衣ちゃんは、ふと何かを思いついたのか、小首を傾げてぼくを見上げる。 「ねぇ、お兄ちゃんにもサンタさんは来るの?」 その問いかけに、ぼくはもちろんとうなづいた。 「ぼくにもちゃんとサンタさんは来てくれるよ。ぼくのサンタさんはね、サプライズ好きで、煙突からじゃなくて、窓から入ってくるようなサンタさんなんだ」 昔を思い出して、知らずと笑ってしまう。 大きな杉の木に見事なイルミネーションを施して、窓から入ってきたぼくのサンタ。 だけど、今年はイブには来てくれそうにないんだけど。 「ミッキーとミニー、楽しみだね」 「うん」 麻衣ちゃんはにっこりと笑うと、看護師さんに呼ばれてぱたぱたと走り去ってしまった。 「おーい、葉山〜、そろそろ帰るぞ」 春彦がぼくを呼ぶ。 部屋を見渡すと、もう子供たちはまばらにしかいなかった。 「何の話してたんだ?えらく熱心だったじゃんか」 「サンタの話だよ」 「サンタ?」 きょとんと聞き返す春彦は、少し考えたあと、サンタねぇと二度三度とうなづいた。 「確かに子供たちにサンタは必要だよな」 「大人になっても必要だと思うよ」 「夢が必要ってことか?」 「そうだね、夢をくれるサンタは必要かな」 ぼくたちが病院を出ると、いつの間にか雪が降り始めていた。 ふわりふわりと舞い散る小雪に思わずため息が漏れる。 「寒いはずだな」 「ほんとだね」 「じゃ俺、今からデートだから」 にやりと笑って、春彦が手を上げる。クリスマスなんてどうでもいいなんていいながら、やっぱり恋人とのデートは嬉しいらしい。 「美咲ちゃんによろしく」 「おう、今度また三人で飯でも食おうぜ」 「ありがとう」 小走りに去っていく春彦の背を見送って、ぼくはポケットから手袋を取り出した。 何しろ寒さには滅法弱いのだ。 「うー、早く帰ろう」 吐く息の白さに思わず肩をすくめた時、病院の正門に背の高いシルエットを見つけた。 真冬だというのに薄着で、だからぼくにはそれが誰だかすぐに分かる。 「ギイ・・・・」 会えないって言ってたのに。どうして? また島岡さんに我侭言ったのだろうか。 会えて嬉しいのに、ぼくはそんなことをぐるぐると考えていた。 ギイは真っ直ぐにぼくへと歩み寄ると、ちょっと照れくさそうな笑みを浮かべてぼくの頬に口づけた。 「何だよ、もうちょっと嬉しそうな顔しろって」 「驚いてるんだよ」 「驚いてるようにも見えないぞ」 ギイが笑ってぼくの肩に腕を回して歩き出す。 「仕事は?ギイ?」 「クリスマスくらい休ませろ、って当たり前の主張をしてみたら、これが案外と簡単に通ってさ。その足で飛行機に飛び乗った」 会いたかった、と言われて、ぼくも小さくうなづく。 ギイのいう「当たり前の主張」が、そうそう簡単に通るわけがないことくらいぼくにも分かる。 きっとまたあれこれと無理をして時間を作ってくれたに違いない。 大変だったなんて言わない人だから、ぼくもあえて追求はしない。 「ありがとう、ギイ」 忙しいのに、ちゃんと会いにきてくれて。 ぼくが一番欲しいと思っているものを、いつもちゃんとプレゼントしてくれて。 ギイは嬉しそうに微笑むと、 「オレに会いたかった?託生」 と、昔と変わらないいたずらっぽい瞳で訊ねる。 「もちろん」 「よし、じゃ今からデートしよう。まさかこのあと予定があるなんて言わないだろうな」 「言わないよ」 ぼくが笑うと、ギイがぎゅっと肩を抱き寄せた。ふわりと香る甘い香りに頬が緩む。 「やっぱりイブにはサンタが来るんだね」 「サンタ?」 意味が分からんというように首を傾げるギイが子供みたいで、何故か可愛くも見える。 「そうだ、託生、ちゃんとオレへのプレゼント用意してるんだろうな?」 「え、えーっと、だってギイ、今年はイブには会えないって言ってたから、今度会う時までに用意しようかなぁって・・・」 「何て嘆かわしいヤツだ!お前、オレのことちゃんと愛してるんだろうな」 「愛してるに決まってるだろ」 忘れてた。 大人になってからのサンタはもらうばっかじゃなくて、ちゃんとお返しをしなくちゃならないんだった。 (ちゃんと麻衣ちゃんに言っておくんだったなぁ) でもきっと、大きくなれば自然と分かるのだろう。 大人のサンタとの付き合い方っていうものが。 「託生、今年のプレゼントはちょっとすごいぞ」 どこか得意げなギイの言葉にぼくはぎょっとする。 「ギイのくれるプレゼントは毎年心臓に悪いよ・・・」 「何でだよ。何だと思う?当ててみろよ」 「え?うーんと・・・」 久しぶりに会えたというのに、まるっきり普通の会話で笑ってしまう。 だけどそれが嬉しい。 一緒にいることが当たり前だと思えることが、とても嬉しい。 こうして今年もまた、ぼくはギイとクリスマスを一緒に過ごす。 ぼくを幸せにしてくれるサンタが、ちゃんと毎年やってくる。 |