※章三くんと奈美子ちゃん中心のお話でクリスマス!
クリスマスだというのに、父さんは出張で不在だった。 聞けば、奈美ん家も両親ともにクリスマスディナーとやらに出かけてしまったという。 となると、一緒に夕食でも食べようかとなるのは自然な流れなわけで・・・。 「受験生だからって、娘を一人残していくなんてひどいと思わない?」 かしゃかしゃとサラダドレッシングをかき混ぜながら、奈美が文句を言う。 まぁ確かに高校受験を控えた冬ともなれば、気軽に遊びにいける立場ではなくなる。誘われてほいほい出かける方がどうかと思うから、奈美が一人で留守番というのは、まぁ妥当なことかなとは思う。 それにしても、結婚して何年にもなるのに、2人でデートに行くなんて。 「奈美んちはおじさんとおばさんと仲がいいよな」 「可愛い一人娘を置いて行くくらいにね」 「はは、その代わりクリスマスプレゼント、欲しいもの買ってもらえるんだろ?」 何だかんだ言っても可愛い一人娘なわけだし、と僕が茶化すと、奈美がまぁねと笑う。 「章三くんは、プレゼントに何をもらうの?」 「今年は全自動の洗濯機にした」 「洗濯機??」 「そう、洗濯機」 来年、無事試験に合格すれば、僕は寮生活を始めることになる。それについて不安など何もない。 唯一の心配事は残される父さんのことだった。何しろ家事と名のつくものが一切できない人なのだ。 だから少しでも簡単かつ楽に家事ができるようにと、家にある家電を買い換えようと提案してみたのだが、それはあっさりと却下されてしまった。 理由を聞くと、 『もったいないだろ』 と笑われ、僕は唖然とした。 買い替えは僕のためではなく、父さんのためだと激しく抗議したところ、 『だけど、まだ合格したわけじゃないし』 と、デリカシーのない台詞を吐かれてしまった。 「そういうわけで、クリスマスプレゼントは洗濯機にしたんだ」 「なるほどねぇ」 奈美はくすくすと笑う。 「掃除機はちょうどいい具合に先日買い換えたし、電子レンジは最初から超簡単なのを買ってあるし、これで僕がいなくても困らないだろ」 「そっか・・・着々と準備が進んでるんだね」 奈美がしみじみと言う。 僕は野菜を切る手を止めて、奈美を見た。 ほとんど生まれた時からといっていいほど昔からの幼馴染の奈美は、来年の春には地元の高校へ進学することが決まっている。 小学校、中学校とずっと一緒だったけれど、高校は別々になってしまうことになる。 僕が山奥の男子校を受験すると知った奈美は本当にびっくりしたようだった。僕も最初は地元の高校へ行こうかと思っていたのだ。けれど、見学がてら訪れた山奥の学校に、これ以上ないくらいに心惹かれてしまったのだ。その話を奈美にすると、笑って頑張ってと言ってくれた。 「おじさん、寂しくなるね」 「そうだなぁ、でもまぁ3年間なんてあっという間だよ」 「うん」 「休みには帰ってくるし」 「そうだね」 「・・・・」 「・・・・」 何となく微妙な沈黙が流れたそのとき、壁にかけられた電話が音を立てた。 僕は濡れた手を拭くと受話器をとった。 「はい、赤池です」 『おー、章三、ちゃんと留守番してるか?』 電話から聞こえた声は父さんのものだった。 「子供じゃないんだから、留守番くらい一人でできますよ」 『そうかそうか。奈美子ちゃんと喧嘩しないで仲良くやってるか?』 僕は思わず受話器を隠すようにして小声になった。 「父さん!おかしな言い方するなよ」 『はっはっは、照れるな照れるな。どうだ、いいクリスマスプレゼントだろう?』 「は?」 僕は思わず聞き返した。洗濯機は明日届くはずだ。いったい何のことだ? すると父さんがとんでもないことを言い出した。 『奈美子ちゃんと2人っきりで食事だなんて、いいプレゼントになっただろう』 「ちょ、っと・・何を言ってるんですか!!」 後ろの奈美に聞こえないように、さらに小さな声になる。 『章三』 「な、何ですか」 『告白するなら、あくまでも紳士的にな』 「・・・・っ!?」 言いたいことだけ言うと、父さんはがちゃりと電話を切った。 (いったい何なんだ!!!) 僕は力なく受話器を戻した。 「章三くん?おじさんからだったの?」 「・・・・・あの馬鹿親父・・・」 「?」 僕はちらりと奈美を見て、そしてそのまま視線を逸らした。 告白って何だよ。 誰がそんなことするって言った?まったく馬鹿言ってるな。 だいたい別に奈美のことなんて・・・・ 僕は気づかれないように奈美を見た。 ずっと家が隣同士で仲のいい幼馴染で、兄妹みたいに育ったから、それ以上のことなんて意識したことはなかった。けれど、最近・・・高校に入るとしばらくは会えないんだなぁと思って奈美を見ているうちに、何ていうか、それまで感じたことのない気持ちが生まれてきた。 まさか、父さんに気づかれているとは思わないが。 絶対にそんなことはないと思うが、あの人は時々妙に鋭いときがあるから・・・ 「まさかなぁ・・・」 「何が?」 不思議そうな顔をする奈美に何でもない、と手を振る。 「さぁて、サラダもできたし、スープも完璧。あとはチキンを焼くだけね」 挙動不審な僕など気にせず、奈美がシステムキッチン備え付けのオーブンを開ける。味付けされたチキンを中へ入れようと皿を差し入れようとしたその瞬間・・・ 「熱・・・・っ!!」 奈美が小さく叫んで、手を引っ込めた。 「おい、大丈夫か?」 僕は慌てて奈美のそばに駆け寄る。 「火傷したのか?」 「大丈夫よ、ちょっと触っちゃっただけだから」 「すぐに冷やさないと・・・」 シンクの水を流すと、僕は奈美の手首をつかんでそのまま指先を濡らした。 「痛むか?」 「大丈夫だって。心配性ね、章三くん」 「ったく、こんなおっちょこちょいなヤツを残していくのは心配だな」 僕がからかうと、奈美がくすりと笑った。 「寮生活になる章三くんのことの方が心配よ」 「僕は平気だ」 「毎年冬になると風邪ひくくせに」 「風邪くらいどうってことない」 「男の子ばっかりで、いじめとかないのかしら」 「僕がいじめられるように見えるか?」 笑うと、奈美もそれはないか、と楽しそうに笑う。 「もういいかな」 「うん、ありがとう」 そこで、僕は奈美の手を握ったままだったことに気づいた。 僕の手よりもずっと小さくて白い手を、ぎこちなく離す。 (告白するなら紳士的にな) などという馬鹿親父の言葉がふいに思い浮かんで、僕は不覚にも顔が熱くなるのを感じた。 今さら奈美相手に何を言えっていうんだ。 好きだなんて、そんなこと今さら・・・ そう、好きだなんて口にしたことがないのは、奈美が僕のことを好きなのだということを知っているからだ。 それは自意識過剰とか、そういうことではなくて、それは単に僕たちの間にある事実だった。 だけど来年の春、お互いに違う高校へ進学して、僕が寮生活を送るようになれば、今までみたいにしょっちゅう一緒にいるなんてことはできなくなる。 ああ見えて奈美はけっこう男子連中から人気もある。 今、恐らく奈美に一番近い異性は僕だろうけれど、そんなことは何の気休めにもならないことはよく分かっている。 3年はあっという間かもしれないけれど、お互いの環境が変わり、それと同じように気持ちが変わるには十分な時間だ。 それなら今、ちゃんと自分の気持ちを伝えておいた方がいいのかもしれない。 僕はふとそんなことを思った。 「で、どうなったの?そこでやっぱり告白したの?」 目の前に座る葉山が珍しく身を乗り出す勢いで僕を見る。 結婚式の二次会で、お決まりのように2人の馴れ初めや、初デートや、あれやこれやと下世話な質問が出席者から投げつけられて、僕と奈美は半ば苦笑しながら、そして適度に誤魔化しながらそれに答えてきた。 そんな中、葉山が少し考えてから口にしたのが、「初めて2人で過ごしたクリスマスは?」というものだった。 少し考えて、「中学3年のときかな」と答えると、何故か周囲がどよめいた。 そこで僕はようやく「初めて」というのがそういう意味の初めてか、と気づいたのだ。 葉山は葉山で、 「いや、ぼくは別にそんな意味で言ったんじゃなくてっ・・・!」 と、あたふたと赤くなった。 自分が聞かれたわけでもあるまいし、何をうろたえてるんだ、と僕は相変わらずの葉山に苦笑した。 けれど、みんなが知りたがっている初めてのクリスマス話をここでするつもりはないので、僕は中学3年の冬の話を披露したというわけだ。 「告白?するわけないだろ」 僕が言うと、 「どうして?だって、告白したほうがいいかなって思ったんだろ?」 葉山が首を傾げる。 すると隣の奈美が楽しそうに笑った。 「あのね、あのあと何故か電気屋さんが洗濯機を運んできたの。本当は翌日に届くはずだったんだけど。で、章三くんと私で洗面所の片づけをしたり、新しい洗濯機の説明書を読んだり。クリスマスイブだっていうのに、ぜんぜんロマンティックでも何でもなかったわ」 「奈美ちゃんとしては初めて2人きりでのイブだったから、期待してたんだ?」 葉山の隣のギイが余計な一言を口にする。 奈美はその言葉に明るく笑った。 「そんなの期待してなかったな」 「どうして?」 「だって、章三くんてそういうこと言う人じゃないし、それに・・・・」 「それに?」 「お互いに、お互いのことをどう思ってるか、ちゃんと口にしたことはなかったけど、章三くんが私の気持ちを知ってたように、私も章三くんの気持ちは知ってたから」 「すごいねぇ、やっぱり奈美子ちゃんにとって、赤池くんは運命の人なんだね。いいなぁ」 単純な葉山がいたく感動したようにうなづく。 「何だよ、託生、オレとお前だって運命の相手だろうが」 それを聞いたギイがとたんに気色ばむ。 「えー、まぁ・・・そう、なのかな」 「お前なー、何でそこで首を傾げるんだ」 僕の目の前で始まった痴話喧嘩に、奈美がくすくすと笑う。 白いドレスに身を包んだ奈美はギイと葉山の仲を知っているので、二人のくだらないやり取りも、いつものように楽しそうに聞いている。 (運命の人ねぇ) 僕は運命論者でも何でもないから、そういうことは考えたりしない。 けれど、そういうものがあるということはすぐ目の前にいる、相変わらず馬鹿っプルな2人を見ていると信じられる。 僕と奈美の間にも、そういうものがあったのだろうか? 中学3年のあの冬の日、あんな気持ちになったのはそのせいなのだろうか。 「ま、何はともあれ、おめでとう。末永く幸せに」 ギイがグラスを持ち上げる。それにつられて葉山も奈美もグラスを手にする。本日何度目になるか分からないくらいの乾杯に、それでも笑みがこぼれる。 相棒からの心からの祝福に、心が温かくなる。 「ありがとう」 「章三、本当の「初めてのイブの話」はこのあとの3次会で聞かせてもらうからな」 ギイがニヤリと笑い、葉山が渋い顔でそんなギイの肩をぺちんとたたく。 まったく、祠堂を卒業してもう何年にもなるというのに、まるで変わらないヤツらだ。 そんな旧友の言葉は、店内の賑やかな音楽で聞こえなかったふりをして、僕は奈美とグラスを合わせたのだった。 |