ギイが久しぶりにアメリカからやってくると、じゃあご飯でも食べようかということなるのはいつものことだ。
もちろん葉山も一緒なので男三人、適当な店で適当に飲んで食べて、話が弾めば二次会へ行き、いい具合で話に区切りがつけばそこでお開きになる。 今回もそんな気楽な飲み会のはずだったのに、突然ギイが 「たまには奈美子ちゃんも連れてこいよ」 と言い出した。 祠堂を卒業してすぐに、それまでずっと幼馴染みという関係のままだった奈美とは恋人として付き合うようになった。 初めて4人で食事をしたのは、消息不明だったギイと再会してまた以前と同じような付き合いが始まってすぐのことだった。 それまで、ギイは奈美に会ったことはあるけれど、葉山は会ったことがなかった。 別に何か意図するところがあったわけではなくて、単にタイミングが合わなかっただけだ。 そして僕は奈美に2人が恋人同士だということは伝えていなかった。 プライベートなことを僕の口から言うのはどうなんだとも思ったし、何より男同志なので、奈美がどういう反応を示すか想像ができなかったのだ。 普通は拒否反応を示すだろう。 理解されなくてもしょうがないなと思う反面、ギイたちのことは受け入れて欲しいと思ったりもした。 不純異性交遊なんて不毛だと思っているくせに、僕にとってギイも葉山も大切な友人だから、できれば奈美とも仲良くなって欲しいという何とも複雑な感情を抱いていた。 とりあえず僕の口からは何も言うまいと決めていたが、4人で食事をした帰り、奈美は神妙な顔つきで 「ねぇ、崎さんと葉山さんて付き合ってたりする?」 と聞いてきた。 嘘つく必要もなかったので、そうだと答えると、奈美はやっぱりねーとどこか満足したようにうなづいた。 2人の雰囲気を見てもしかしたらと思ったものの、かといって確証はなかったので直接聞くことはできなかったらしい。 どうして分かった?と聞くと、友達じゃない空気が漂っていたと笑った。 思っていたよりあっさりと、奈美はギイと葉山の関係を受け入れてしまった。 僕としては拍子抜けしたと同時にほっと安心もした。 ギイも葉山もすごくいい人間で、僕はこれから先もずっと2人とは付き合っていきたいと思っているから、奈美とも仲良くやっていけるならそれに越したことはない。 なので、今回も4人で食事をしようというギイの誘いを断る理由はなかった。 その日、僕は別の用事があったので、食事の直前に合流することになっていたのだけれど、思いの外早くに用事が済んだので、先に合流してるであろう3人に連絡をした。 すると思いもしない場所にいることが判明した。 「何だってゲームセンターになんているんだ?」 あの3人のうちでそんなところへ行きたいだなんて思うのはいったい誰だろうか。 少なくとも葉山はないな。 奈美もそれほどゲームに興味があるとは思えないし、となると残るはギイか。 確かに時間つぶしにはいい場所だが、何でわざわざそんなところへ? 僕は不思議に思いながらも教えられたゲームセンターへと急いだ。 すると携帯にギイから、まだ仕事が終わらないので気にせず先に始めててくれとメールが入った。 「は?ということは、ゲームセンターにいるのは葉山と奈美の二人なのか?」 ますます不可解だ。 いったいどういう流れでそんなことになった? 2人がいるというゲームセンターは食事をする予定の商業施設内にあって、小さな子供向けというよりは、デートで使えそうな大人向けのゲームが中心の店だった。 カップルでゲームを楽しむ姿が多く見られて、なるほどこういう場所なら時間をつぶすこともできるのかと納得できた。たぶん一足先に集合した葉山と奈美がまだ時間があるからとぶらぶらしていたらこのゲームセンターが目に入って、それじゃあちょっと遊ぼうか、ということにでもなったのだろう。 カフェでまったりするよりは時間がつぶせる。 店内に入って、僕が2人の姿を探していると、UFOキャッチャーのコーナーでずいぶんと真剣な表情で操作をしている葉山を見つけた。 「もうちょっと右!右!!頑張って、葉山さん」 隣の奈美が楽しそうに声をかけ、葉山が任せてと答える。 奈美の手には何やら可愛らしいぬいぐるみがあった。 葉山の戦利品なのか、それとも奈美が自力でゲットしたのか。 真剣な表情で操作していた葉山がまた一つ商品を引っ張り上げた。 「わー、すごいっ!」 「やった」 コロンと商品取り出し口から出てきたのは、奈美が手にしていたぬいぐるみのペアらしく色違いの服を着ている。 「すごーい、葉山さん上手!!」 「昔、ギイに教えてもらったコツがあるんだよ。取りやすそうな配置とか、タイミングとか。奈美子ちゃんが欲しいのが取れてよかったよ」 「自分じゃなかなか取れないし、嬉しい。章三くん、こういうのやらないから」 「知ってる。祠堂にいた頃、UFOキャッチャーが流行ってて、麓のゲームセンターでギイと3人で挑戦したことがあったんだ」 「へぇ」 葉山は奈美に取れたばかりのぬいぐるみを手渡した。 「ギイは数回やったらコツを掴んで続けざまに商品を取ってたなあ。でも赤池くんはあんまり興味がないみたいで、ぼくたちがやるのを見てただけだった。あれって苦手だったからなのかな」 (バカ言え。絶対に葉山よりは上手なはずだ) 思わず突っ込みを入れてしまう。 奈美は葉山の言葉にうーんと首を傾げた。 「章三くん、ゲーム自体は嫌いじゃないと思うけどな、ほら、プレステとかでやるロープレとかは好きみたい。まぁ男の人って基本的にはゲーム好きよね」 「え、どうだろうぁ。ぼくはそうでもないけどな。ギイとやるとたいてい負けるから面白くないんだよね」 拗ねたように葉山が言うと奈美がくすくすと笑った。 「でもUFOキャッチャーは上手だった。こうして二つも取ってくれたし。ありがとう」 「どういたしまして。喜んでもらえて良かったよ」 のんびりと歩く二人の脇を通り過ぎようとした学生たちの一人が、奈美と肩をぶつけた。 よろけた奈美を庇うようにして葉山が手を差し出し、奈美がその手に掴まった。 「大丈夫?」 「うん、ありがと、びっくりした」 奈美が葉山ににっこりと微笑む。 (あれ、何だ、これ) 葉山が転びそうになった奈美を助けてくれただけなのは明らかだというのに、どういうわけかもやもやとした気持ち悪さが胸に広がった。 「葉山」 背後から声をかけると、振り返った2人が、あれ?というように目を見張った。 「赤池くん、早かったね。あ、ギイが遅れるって・・」 「ああ、メール見た」 「そっか。じゃあ先にお店に行こうか」 「ねぇ章三くん、見て見て、葉山さんがUFOキャッチャーで2つも取ってくれたの。すごいでしょ」 知ってる。見てたから。 まさか葉山と奈美がここまで気が合うとは思ってもいなかった。 どちらかというと人付き合いは苦手そうな葉山と、大人しそうに見えてその実気が強くて積極的な奈美。 性格的には正反対だと思うけれど、逆にその方がしっくりとくるのかもしれない。 傍から見てたらごくごく普通のカップルに見える程度には仲良く遊んでいた。 いや、そんなのぜんぜん構わないし、普通だし。 葉山と奈美は性格は違うけれど、人好きするところは似ているというか。 2人とも基本的に人に対しての好き嫌いはなさそうなので、仲良くなるのは当然といえば当然だ。 「章三くん、どうしたの?」 「いや別に」 別に何でもないはずなのに、何だかちょっともやもやするな。 葉山と奈美が仲良くしてるのを見て、何でもやもやしなくちゃならないんだ。 葉山にはギイがいるわけだし。 奈美が案外とモテることは知ってるし、これまでだって言い寄って男は何人もいた。 だけどそういう相手には別にもやもやはしなかった。 (何でだ?絶対に何もないって分かってる葉山相手なら、もやもやする必要はないだろ) すっきりとしないまま、僕たちはゲームセンターをあとにした。 そのあとギイとも合流して、4人で美味しいと評判の鍋料理をつついて、機嫌よくアルコールも飲んだ。 デザートの前にちょっと一服と言ったギイに付き合って、僕も酔い覚ましがてら一緒に店の外に出た。 アルコールが入ると吸いたくなるんだよなぁとギイは美味そうに煙草を吸った。 その気持ちはよく分かるので、僕も一本貰うことにした。 お互い最近じゃほとんど吸わないのに、時々吸いたくなる。 「なぁ、葉山と奈美がけっこう仲がいいって知ってたか?」 ふと、食事をしている時には忘れていたゲームセンターでのことを思い出して、そんなことを聞いてみた。 ギイは何だそりゃというように僕を見た。 「あの2人、けっこう気が合うみたいなんだよなぁ」 「へぇ、いいことじゃないか。まぁ託生も奈美ちゃんも人から嫌われるタイプじゃないからな。特に託生は女の子には優しいし、話しやすいんじゃないのか?」 「だよな」 「で?」 「で、って?」 「章三がそういうこと言うなんて、何かあるからだろ?何かあったのか?」 あったのだろうか。いや、何もないよな。 あの2人が仲良くしてるのは喜ばしいことなわけだし。 「何だよ、まさか託生と奈美子ちゃんの仲を怪しんでるとかじゃないだろうな」 「まさか」 「2人が仲良くなりすぎてヤキモチでも焼いたのか?」 「そういうんでもないんだよなぁ」 上手く言えない感情がもどかしい。例えどんな言葉にしてもしっくりこないな、と首筋に手を当てる。 ギイはふーっと煙を吐き出すと、だけどさ、と続けた。 「自分の恋人が他の誰かと仲良くしてて平気でいる方が無理だろ。別にヤキモチだって言ってもおかしくないと思うぞ」 「葉山相手に?」 「託生だからだろ?」 「?」 ギイは携帯灰皿に吸殻をねじ込むと、うーんと大きく伸びをした。 「どこの誰かも知らないような男相手なら負けるはずないって思えるし、気にもならないけど、章三は託生のこともよく知っていて、託生がいいヤツだって知ってるから、だから奈美子ちゃんが託生と仲良くしているとちょっと気になったりするんだろ」 「あーなるほどな」 確かにギイの言う通り、よく知りもしない男が奈美に言い寄っても、何がどうなるとも思えないが、ギイや葉山だとやっぱりちょっと別なのか。 いや、ギイや葉山が奈美とどうこうだなんて、それもあり得ない話なのだが。 「章三が託生のことをそれだけ評価してくれてるなんてなぁ」 ニヤニヤと笑うギイのことは軽く蹴り飛ばした。 「ほんと葉山はいいヤツだ。ギイにはもったいない」 「は?おいおい、お前まさか託生のこと・・・」 「つまらないこと言うと本気で蹴るぞ」 「怖い怖い。まぁ安心しろって、託生はオレのだから奈美子ちゃんには渡さないし」 だから、誰もそんな心配してないって言うんだ。 しかし、今までヤキモチなんて妬いたことなどないというのに、まさか葉山相手にこんな気持ちになるとは不覚だ。 もう今さら誤魔化したってしょうがない。 確かに僕は葉山相手に少しばかりヤキモチを妬いたんだろう。 だがまぁ、もし自分が女だったら、葉山を好きになる気持ちも分からなくはない。 一緒にいて穏やかな気持ちでいられる人間というのは案外と数少ない。 僕がそんな風に感じるように、奈美も同じように感じているのなら、別にヤキモチなんて妬く必要はないのだ。葉山を好きだという気持ちは恋愛感情とかそういうものではなく、どちらかというと人として、というもっと単純なものだからだ。 「ま、そりゃそうだよな」 僕は葉山のことを高く評価している。 だって、そりゃそうだろう。 何しろ葉山は僕の大切な親友なのだから。 「戻るか」 ギイが僕を促す。 たぶん店の中では、葉山と奈美が仲良く話をしていることだろう。 |