気持ちのいい午後の光が窓から差し込み、あまりの暖かさに、ついうとうととしてしまいそうになる。
教室を見渡しても、同じように舟を漕いでいる連中がたくさんいる。 (寝ちまおうかなぁ・・・) 一応アメリカ国籍のオレにとって、現国の授業というのはけっこう楽しいものだった。 知っているようで知らないことも勉強できるので、いつもなら割と真面目に聞いている時間なのだが、こうも眠気を誘う陽気だと集中力も切れようというものだ。 (よし、寝る) そう決めて机に突っ伏した時、これまた眠気を誘う話し方をする教師の声が聞こえてきた。 「・・・夫婦は二世の契りといって、前世で夫婦になると今世でも夫婦になると言われている。ちなみに、親子の縁は一世・・今生限りの縁で、主従の縁は三世と言われているな・・これは・・」 (何だって!?) オレの眠気は一気に醒めた。 「何なんだ、あれは」 思わず口をついた言葉に、章三が顔を上げる。 夕食後の305号室。下手にオレに声をかけると面倒だと分かっていたらしい章三は、ずっと黙って雑誌をめくっていたが、さすがにオレのつぶやきには反応した。 「僕の方が何なんだ、って聞きたいな。いったい何をさっきから不満そうにしてるんだよ」 「だから、あれだよ、夫婦の縁は二世ってやつ」 「ああ?現国の授業の話か?そういやそんなこと言ってたな」 別にそれは授業のポイントの話だったわけではなく、どちらかというと雑談の中で出てきた話だったよな、と章三が首を傾げる。それがどうした、と言わんばかりに。 オレはとんとんと指先で机を叩く。 「誰がそんなこと決めたんだよ」 「は?誰がって?」 章三がさらに分からんというように瞬きをする。 「いったいどこのどいつが、夫婦の縁は二世だなんて決めたんだ?」 「だからギイ、何を怒ってるんだよ」 「二世ってことはあれだろ?今世で結ばれると来世は一緒になれても、次はないってことだよな?」 「・・・・」 「もし前世で一緒になれてたら、来世は一緒になれないってことだよな?」 オレの言葉に、章三はいかにも馬鹿にしたような視線を向けてきた。 何だってそんな嫌そうな顔をするんだ? これってめちゃくちゃ重要なことじゃないか? 「あのな、ギイ」 はーっとため息をついて章三が手にしていた雑誌をベッドへと放り投げる。 「お前、まさか自分と葉山のことを言ってるんじゃないだろうな?」 「そうだが?」 「・・・」 別に生まれ変わりなんて信じてるわけじゃないけどな、でももし来世というものがあったとして、そこで託生と一緒になれないっていうのはどうなんだ? だめだろ、それ。 「アホらし。そんなこと考えるの、お前くらいなものだ」 「そんなことないぞ。絶対託生だってどうしようかって思ったはずだ」 「あの葉山が?いーや、絶対そんなこと思ってないな、賭けてもいい」 妙に自信満々に章三が笑う。 まぁ確かに託生は情緒に欠けるところはあるものの、さすがにあの話には何か感じるところがあったはずだ。 オレと章三が互いに譲らない風でにらみ合っているところへ、噂の託生が戻ってきた。 手には保温ポット。 オレたちの不穏な空気に気づいたのか、はっとしたように託生が部屋の奥へと歩き出す。 「ごめん、遅くなって。給湯室やけに混んでて。おまけにちょうどぼくの前でお湯がなくなって・・・」 どうやら待ちくたびれたオレたちが怒っているのかと勘違いしたようで、託生は慌ててコーヒーを入れる準備を始める。 「託生、聞きたいことがある」 「へ?」 オレの硬い声に、託生はちょっと困ったように章三を見る。章三は軽く肩をすくめるだけで何も言わない。 「あの、ごめんね?まさかそんなに喉が渇いてるなんて・・」 「託生、お前、あれどう思った?」 「え?あれって・・・?」 託生はきょとんとオレを見つめ返す。 「ほら、今日の現国の授業でさ、夫婦は二世の契りって言ってただろ?」 「あー、えっと、そうだったかな。実はちょっとうとうとしてて・・・」 「夫婦は二世、親子の縁は一世、主従の縁は三世って」 「ああ!うん、言ってたね」 思い出した、と託生が笑顔を見せる。 よし、思い出したよな。そりゃそうだよな、インパクトのある話だったもんな。 ほらみろ、とオレは章三を振り返るが、章三は知らぬふりだ。 「なぁ、託生、それ聞いてどう思った?」 「え。どう・・って?」 託生はうーんと少し考えたあと、にこやかに言った。 「けっこうびっくりしたな。だって、親子より夫婦より、主従の縁の方が長く続くってことだろ?一度家来になっちゃうと三世代も家来なんだーって思ったら、昔の人は大変だったんだなーって」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 305号室に沈黙が降りた。 その沈黙を破ったのは章三が大笑いの声だった。 「ギイってば」 「・・・」 「ねぇ、そんなに怒らないでよ」 章三が帰った305号室で、オレはベッドに横になって託生に背を向けていた。 わざとらしく拗ねてみせなければやってられないほどに、やさぐれていた。 「もう、いったい何を怒ってるのさ?」 託生はしょうがないなぁというようにそっとオレのベッドに腰掛ける。 (やさぐれるな、という方が無理だろ) あのあと、章三はほら見たことか、と腹を抱えて笑い、俺はまさかそんな答えが返ってくるとは夢にも思わなかったので唖然とし、託生はそんなオレたちの様子に戸惑うばかりだった。 『ギイ、賭けの賞品はイチゴ牛乳でよろしくな』 勝ち誇った満面の笑みで章三はほくほくと帰っていったのだ。 「じゃあさ、ギイはあの話聞いて、どう思ったんだよ?」 そんなにおかしな感想じゃないはずだろ、と言う託生へとオレは寝返りを打つ。 「あのさ、託生」 「うん」 「夫婦は二世だろ?」 「うん」 「お前、オレと来世で会えなくてもいいわけ?」 「・・・・・はい?」 よっこらしょと起き上がって、まだ何のことだか理解できないでいる託生の肩に手を置く。 「託生、もし前世でオレと一緒だったら、来世では一緒になれないんだぞ?」 「・・・えーっと、ギイ、それって、夫婦の話だよね?」 「夫婦みたいなもんだろ、オレたちも」 ええっ!と託生が心底驚いたように声を上げる。 そんなことこれっぽっちも考えていなかった様子に、オレはますますやさぐれてしまう。 「託生は、来世でオレと会えなくてもいいわけだ」 「ちょっと待ってよ、ギイ」 「オレはあの話を聞いて、託生と一緒になれないのは絶対に嫌だって思ったのになぁ」 「・・・そりゃぼくだってそうだけど・・」 困ったなぁというように託生が視線を巡らせる。 もちろんここまでしつこく言い募るのは託生の困った顔が見たいためで、別に本気で責める気などない。 だいたいあの話を聞いて「昔の家来は大変だなぁ」なんてとぼけた感想を持つあたり、さすが託生という気もするし。 「オレは来世でもちゃんと託生と一緒になりたい」 駄々を捏ねて見せるオレに、 「・・・超現実主義者のくせに、どうしてこんな時ばかりそういうこと言うのかなぁ」 と、ため息混じりに託生がつぶやく。 それでも何か言わなくてはオレの機嫌が直らないだろうということは分かっているようで。 「ぼくもそう思ってるよ、ギイ」 「・・・何なんだ、その棒読みは」 「だって、死んだらどうなるかなんて考えたことないんだよ」 「そりゃまぁオレだってそうだけど」 「それに、生まれ変わりなんてあるのかどうかも分からないし」 「まぁな」 「それなのに、そんなこと言うんだ、ギイ」 「何しろ最愛の恋人のことなんで」 そう言って、託生の頬にキスをする。 くすぐったそうに笑った託生は少し考えたあと、分かったよと言った。 「じゃあギイ、もし生まれ変わったとして」 「うん」 「この現世で、ギイがぼくを探し出してくれたみたいに、今度はぼくがギイを探し出すよ」 「・・・・っ」 「探し出して、ギイがぼくのことを好きになってくれたみたいに、今度はぼくが先にギイのことを好きになる」 「・・・託生・・」 オレは言葉もなくて、そっと託生の身体を引き寄せた。 いつも甘い言葉なんてこれっぽっちも言ってくれやしない託生が、こんなことを言ってくれるとは。 肩先に顎を乗せて、託生がなおもつぶやく。 「来世だけじゃなくて、何度でも・・・何度生まれ変わったとしても、ぼくはきっとギイのことを好きになる。もしも、の話だとしても、それだけは絶対大丈夫って約束できるよ」 「ああ・・・」 決して見届けることなどできない約束だけれど、それでもこんなに胸が熱くなる。 腕の中の温もりが、愛しくてたまらない。 「約束だぞ、託生」 「うん」 「何度生まれ変わってもだぞ」 「いいけど・・・さすがにずっとだと飽きちゃったりしないかなぁ」 オレが密かに感動しているというのに、この情緒不足の恋人は真面目な顔をしてそんなことを言ってまたオレを落ち込ませたりするのだ。 それも無意識に。本当にやっかいな恋人だ。 「機嫌直った?ギイ?」 いたずらっぽい瞳で託生が尋ねる。 「・・・もう一声」 口づけてそのままベッドに倒れこむ。 何度生まれ変わっても、オレも託生のことを好きになるよと言うと、託生はオレの一番好きな笑顔を返してくれる。 そして優しい口づけをひとつくれた。 まるで来世への約束のように。 |