愛の嵐


 
第27話



「島岡さん・・どうしてここが?」
託生が取っている部屋に戻り、座卓を挟んで向かい合わせに座った。
ギイを介して、島岡とは何度か一緒に食事をしたことがある。ギイの秘書をしている島岡は、いつも物静かで落ち着いた大人の人という印象が強い。ギイとは長い付き合いこともあり、時折無茶を言うギイのことを諌めることができる唯一の人だ。
ギイが島岡のことを信頼して頼りにしていることは、託生もよく知っていた。
その島岡がどうして託生の元を訪れたのだろうかと、託生は少し困惑していた。
島岡はそんな託生に優しく笑った。
「人を探すことは、それほど難しいことじゃないんですよ。Fグループはあらゆるところにツテがあって、一声かければすぐに力を貸してくれます」
「ああ・・そうですよね」
託生は微かに笑った。そして、しばらくどうしようかと迷っている様子を見せたあと、
「あの・・・ギイは・・・元気にしてますか?」
と小さく尋ねた。
島岡はつと視線を上げた。こんな時でも、ギイの心配をするんだな、と嬉しくもなり切なくもなる。
「ギイはあなたがいなくなってから体調を崩して寝込んでいます」
「えっ」
「とでも言えば、あなたはギイの元へ戻ってきますか?」
「・・・島岡さん・・・そんな冗談やめてください」
託生はそれが嘘だと分かってほっとしたのと同時に、悪い冗談を言った島岡を睨んだ。
「ギイはちゃんと仕事をしていますよ。いや、仕事しかしていないと言った方が正しいですね。まるでロボットか何かのように、与えられた仕事を黙々と。とても人間らしい生活を送っているとは、私には思えません」
「・・・・」
「どうしてギイの前から姿を消したりしたんですか?」
ずっと聞きたかったことを、島岡は託生に投げかけた。
あれほどギイのことを愛していた託生が、一緒にいられるのなら愛人でもいいとまで言った託生が自分から姿を消すなんてあり得ないと思っていたのだ。
いったい何があったのか、ギイも分からないと言っていた。だから探さないわけにはいかなかった。
託生を見つけたとギイに報告するのは簡単だった。
けれど、託生の本心が分からないままに、二人を引き合わせるのが本当に彼らのためになるのかどうか、島岡は自分で確かめたいと思った。
託生に本当にギイと別れなければならないだけの理由があるのなら、逆にギイを説得しなくてはならなくなる。そうでないのなら、二人が幸せになれるなら、力になりたいと思っていた。
島岡からすれば二人はまだ若く、あまりに一途で危なっかしく、思いつめておかしなことを考えないかと心配だったのだ。だから託生の元を訪れた。
島岡にとってギイは単に仕事上のパートナーではなく、弟のような存在でもあり、親友でもあり、誰よりも幸せになって欲しいと願う存在だった。
「託生さん、ギイのことをもう嫌いになりましたか?」
「・・・・」
「結婚をしたギイと、隠れて付き合うのはやはり辛くなりましたか?」
「・・・・」
島岡は目の前で黙り込む託生を見ているうちに、やはりギイにも告げることのなかった胸の内を赤の他人の自分に打ち明けることなどないかと、今さらながらに思った。
そもそも恋愛ごとは他人が口をはさむことではない。
傍から見て首を傾げるようなことでも、当事者には譲れない事情もあるのだろう。
ギイに黙って、こんな風に会いにくるべきではなかったと島岡は吐息をついた。
「部外者が余計な口出しをして申し訳ありません。ですが、ギイは理由の分からないまま姿を消したあなたのことをとても心配しています。こんな形で別れることを納得できないのは、あなたも同じでしょう?あなたがギイのことを嫌いになっただなんて、私にはどうしても思えないんです。あなたが、ギイのことをとても大切に思っていたことを、私はちゃんと知っています。あなたたちが辛い思いをしてきたことだって知ってます。だからこそ、幸せになって欲しいと思ってます。ギイだけじゃなくて、私はあなたにも幸せになって欲しいと思っているんですよ」
「・・・・っ」
「あなたは一人じゃないんですよ、託生さん。それだけは忘れないでください」
島岡はそれだけを言うと片膝をついて立ち上がろうとした。
咄嗟に託生が顔を上げて身を乗り出す。
「ギイにはぼくがここにいることは言わないでください」
「・・・・」
「探したけれど、見つからなかったと言ってください。ぼくがギイのそばにいたら、彼が辛い思いをすることになるから。それだけは絶対に嫌なんです。お願いです、彼には知らせないでください」
必死に言い募る託生に、島岡は再び腰を下ろした。
「・・・誰かに何か言われましたか?」
「違います」
「ギイと別れるようにと、誰かに言われたんですね?」
「ち、がいます・・・」
震える声に、島岡はずっと考えていたことが正しかったのだと確信した。
突然託生が姿を消すにはそれなりの理由があるはずだと、ギイと二人してそのことは何度か話し合っていた。
もし託生が別れようと思うことがあるとすれば、自分自身のためではなく、ギイのためだろうとも。
託生におかしなことを吹き込むような人間と言えば、崎の両親か妻か。どちらにしても、託生の存在でギイの立場が悪くなると責められたとすれば、託生が平気でいられるはずはない。
「託生さん・・・」
「お願いです、ギイには知らせないでください・・・」
頭を下げる託生に、島岡は大きく吐息を落とした。
「もし私が見つけることができなかったと言えば、ギイは自分で探すだけですよ?」
「・・・っ」
弾かれたように託生が島岡を見る。その目に溜まった涙に、島岡は胸が痛くなった。
「今だって、本当は仕事なんて放り出して、ギイはあなたを探したいと思ってるんですよ?どうしてギイに何も言わなかったんですか?悩みがあるなら、どうして彼に相談しなかったんですか?もう一度ギイに会ってきちんと・・・」
「・・・・会ったら・・・ぼくは、どうしたらいいんですか?」
ぱたぱたと涙が託生の頬を流れ落ちた。
「どれだけギイのことが好きでも、ぼくといたらギイの立場が悪くなるって分かってて、どうして一緒にいることができるんですか?ギイはもう結婚もしている。好きだからって、別れずにいるなんてことしちゃいけなかった。ギイのこと、困らせるだけだったのに、ぼくはただ好きだからって・・・」
「・・・・」
「好きなんです。ギイのことがすごく大切だから、もう会わないって決めたんです」
託生ははっきりと言うと、一つ深呼吸して真っ直ぐに島岡を見つめた。
「ギイには、ぼくは見つからなかったと言ってください。もう探さないように、島岡さんから言ってください。島岡さんの言葉ならギイも耳を傾けてくれると思うから。ぼくは、もし、もう一度ギイに会ったら、たぶん離れられないと思うから。どんなに覚悟を決めていても、会えば絶対に離れられなくなるから・・・もう会えないんです」
そして深々と頭を下げる。
「お願いします」
しっかりした声で、託生は島岡に頼んだ。
そんな託生に何を返せばいいか分からず、島岡はただ黙り込むしかできなかった。

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あとがき

いたいけな主人公!これこそソープオペラ。