いったい何をさせられるんだろう。 何だか矢倉って無茶なこと言いそうだな。 そんな時に助けてくれるギイもアルコールが入ってて、頼りにならないっぽい。 「いったい何をさせたいのさ、矢倉くん」 おそるおそる聞いてみると、 「ふふふ、葉山は何もしなくていいさ、ギイにしてもらう」 と、矢倉はあっさりと言った。 「はぁ?オレ、二位なんですけど?」 ぼくの隣でギイが肩をすくめる。 「いや、他のヤツにやらせると怒るだろうからさ」 「何だよ。オレが託生に何すりゃいいんだよ」 「矢倉、言っておくが、ギイには羞恥心のカケラもないヤツだからな、間違っても不埒な真似をさせるなよ」 章三がぴしりと言い放つ。 公衆の面前で、例えば抱きしめるとかキスするとか、ぼくが嫌がりそうなことをさせるつもりかと思ったのだろう。 その予想は半ば当たっているといっても良かった。 矢倉が言ったのは 「ギイ、葉山のどこが好きなのか、葉山の前で言ってくれよ」
というものだった。
ぼくは一瞬、矢倉が何を言っているのか分からず、ぽかんとしてしまった。 たぶん他のみんなも同じだったと思う。もちろんギイも。 「前から聞いてみたいと思ってたんだ。ギイは葉山のどういうところが好きなのかってね」 ようやくその意味が分かり、ぼくは腰を浮かせた。 「ちょっと、そういうの悪趣味だよ。だいたい、ぼくとギイは・・」 付き合っていないだなんて、今さらな台詞は最後まで言わせてもらえなかった。 いや、言えたとしても、誰も聞いちゃくれなかっただろう。 「あ、それ、聞いてみたいな」 政貴がにっこりと笑う。吉沢も特に止めようとはしていない。 ぼくは必死に抵抗をしてみた。 「矢倉くん、そんなの言わせるのが、どうして罰ゲームなんだよ。それじゃギイの方が罰ゲームをさせられているみたいじゃないか」 「そうか?ギイにとっちゃ全然恥ずかしいことじゃないだろ?何しろ羞恥心のカケラもないやつだからな。逆に葉山、お前はそんなこと人前で言われるのなんて我慢できないだろ?罰ゲームなんだからな、嫌がることをさせなきゃ意味ないだろうが」 矢倉はごもっともなことを言って、悠々とソファの背にもたれた。 ぼくはきっと悲壮な顔をしていたに違いない。だって、こんな大勢の人の前で、ギイの口からぼくのどこが好きかを言われるなんて。 「ギイ、断ってくれよ」 「でも罰ゲームだしなぁ」 しょうがないよなぁ、とギイはまんざらでもない笑みを浮かべてぼくへと向き合う。 ぼくは思わず身を引いた。 「ギイ、全部好き、だなんてつまんないこと言うなよ。これはどこまで葉山を恥ずかしがらせることができるかがポイントなんだからな」 矢倉がいらぬ一言を言う。 分かってるよ、とギイが笑う。 思わず逃げようとしたぼくの腕をギイが掴む。 「何逃げてんだよ、託生」 「ギイ、やめようよ、そんなの、こ、こんな人の前で・・・」 「だから罰ゲームなんだから、諦めろ。別に悪口言われるわけじゃないんだし」 「そ、そうだけど・・」 いつものギイなら上手い理由を見つけて、助けてくれるはずのに、矢倉の悪巧みに分かってて乗っかるなんて、絶対に酔ってる。 ギイは少し考えたあと言った。 「託生の好きなとこはさ、世間に疎くて人の噂をぜんぜん知らないとこ、とか」 「ギイ、それ褒めてんのか?」 章三が首を傾げる。 「世間に疎くて、人の噂をぜんぜん知らなくて、だからいつでも、どんなことでも託生の口から出る言葉は、自分のものなんだ。それが正しくても間違ってても。誰からも影響受けないっていうのは、すごく貴重なんだぞ。そうなりたくてもなかなかなれない」 真面目な顔をしてギイが言う。 その言葉をみんな黙って聞いていた。 ぼくはとても顔を上げていられなくて俯いてしまう。 「あとは、そうだなぁ、託生は何をする時も計算しないだろ?どうすれば自分の得になるか、なんて損得勘定で動いたりしない。オレには真似できないからさ。そういうところ」 そんなことないよ、と小さく訴える。 ぼくだって、自分のために考えて行動してるよ。 「託生は頼りなさそうに見えて、ほんとはめちゃくちゃ強いからなぁ。もしかしたらオレよりも。ふてぶてしいって、章三あたりは言うけどさ。でもそうじゃなくて、傷ついても、託生はちゃんと自分の力で立ち上がることができるって思うからさ」 「ギイ、もういいよ・・・」 あんまりギイが優しく言うから、ぼくは本当に居たたまれなくなってきた。 おまけにそばにいるみんながそれを冷やかすことなく、じっと聞いてるのだ。 からかってくれる方がずっとマシだ。 「友達思いで、自分のことより他人のことを大事にするとこ。大好きな音楽に真面目に取り組んでるとこ。オレがどんな我侭言っても笑ってきいてくれるとこ」 「・・・」 「そんな風にさ、オレが持ってないもの、託生はたくさん持ってるから」 だから好きだよ。
じっと見つめられて、ぼくは顔どころか身体が熱くなってしまった。
恥ずかしくて、ほんとに穴があったら入りたいことはこのことだ。 だいたい、こんなこと二人きりの時でも言われたことないのに、何だってみんなの前で言われなくちゃならないんだ。 「あとは・・」 ま、まだあるのか!?もういいよ!!! ギイがおもむろにぼくの耳元に口を近づけ、周りの者には聞こえない小さな声で言ったその言葉に、ぼくは大きく目を見開いてしまった。 そしてあまりの恥ずかしさに拳でギイの肩を叩いた。 「いってー、何すんだよ、託生」 「もうっ!!!!ギイの馬鹿っ!信じられないよっ!!」 「よーし、分かった。罰ゲームはこれくらいにしてやるよ。見ろよ、葉山のやつもう真っ赤で見てて可愛そうなくらいだ。さぁ、宴会はお開きだ」 自分が言われたわけでもないのに、少し顔を赤くした矢倉が両手を上げた。 八津も吉沢も政貴も何ともいえない・・強いて言えば気恥ずかしそうな表情で立ち上がる。 章三も何か言いたそうにギイを見ていたが、特に何も言わずに立ち上がった。 「おい、お前ら、後片付けしていけよ」 ギイがそそくさと部屋を出て行こうとするみんなに声をかける。ビールの缶やお菓子の袋、やりっぱなしの人生ゲーム。とにかくゼロ番は荒れ放題となっている。 これを一人で片付けるのはちょっと大変だ。 そんな惨状を眺めて、矢倉がいたずらっぽく笑う。 「葉山、お前、ギイが片付けるの手伝ってやれ。罰ゲームその2、な」 「え」 「じゃあな、おやすみ」 そう言って矢倉が八津と連れ立って部屋を出て行く。 そういうことなら、あとはよろしく、と政貴も手を上げる。吉沢も章三もそれに 続き、潮が引くようにゼロ番はギイとぼくの二人きりとなってしまった。 それまでの賑やかさが嘘のように急に静まり返る。 「ったく、しょうがないヤツらだな。託生、ゴミ箱とってくれ」 「ギイ!」 「うん?」 「うん?じゃないよっ!何であんな恥ずかしいこと言うんだよっ!もう途中でほんとに逃げようかと思ったよ」 「そんな恥ずかしいこと言ったか?託生のいいとこ言ったつもりだけど?」 「そ、そりゃ、そうだけど・・・でも・・」 ギイはまだ赤い顔をしているであろうぼくの手を取った。 「嘘は言ってないぜ。さっき言ったのは、オレがいいなぁって思ってる託生のいいとこ。ほんとはみんなに聞かせたくなかったけど、まぁたまにはいいよな。罰ゲームだし。人前で堂々とのろけるなんて滅多にできないだろ?タクミくん、照れ屋だから」 「ギイが羞恥心なさすぎなんだよ」 「すぐ恥ずかしがるとこも好きだよ」 ギイはぼくの指先にちゅっとキスをする。 慌てて手を引っ込めて、ぼくはギイを睨みつける。 「そ、それにギイ、最後にあんなこと言って、みんなに聞こえたらどうするんだよっ」 「どうって?別にいいよ。どうせ今さら付き合ってませんと言ったところであいつらスルーするだろ?」 「そうかもしれないけど・・・」 最後にギイが言った台詞。 (最近ベッドの中で甘えてくれるようになったとこ)
あんな台詞、もしみんなに聞かれたら、もう絶対に誤魔化しようがない。
二人はデキてますって。今も続いていますって。 ぷち、どころじゃない本格的な方向転換だ。 いったいどうしちゃったんだろう。 「託生、さっさと片付けて、消灯までいちゃいちゃしよう」 「・・・ギイ、何かあったの?」 ぼくの言葉に、ギイが一瞬真顔になる。 あんな風に、まるでみんなに宣言するかのように、ぼくのことを口にするなんて、そうしなくちゃならない何かがあったのだろうか。 ぼくがじっとギイを見つめていると、ギイはふっと表情を和らげた。 「・・・まだあった。そんな風にオレのことよく見てるとこも・・」 好きだよ、と言ってギイはぼくにキスをする。 これ以上聞いて欲しくなさそうだから、聞かないけど。 だけど・・・ 「ギイ、何かあるならちゃんと話してね。ぼくは、ギイより強いんだろ?一人で頑張らないで、ちゃんと荷物、分けて欲しいんだ」 「・・・分かってるよ。そんなんじゃないんだ。ただ単に、託生はオレのものだってみんなに言いたかっただけ。託生が心配することは何もないよ」 「うん」 「ほんとはあんなちょっとじゃないんだぜ、託生の好きなとこ」 「・・・」 「全部好きだよ、託生」 ギイがそっとぼくを抱きしめる。甘い花の香りにぼくは目を閉じた。 前に三洲に「崎のどこが好きなんだ」と聞かれて「全部」と言ったぼくと同じだね。 好きなとこがありすぎて、結局「全部」って言うしかなくなるんだ。 「それにしても奥が深いよな、人生ゲーム。まさか託生に、借金があるから結婚しないって言われるとは思わなかったし」 ギイが少し拗ねたように唇を尖らせる。 「え、あんなの冗談に決まってるじゃないか」 本気にするなよ。 「じゃあもしオレが借金地獄に陥っても、託生はオレについてきてくれる?」 「当たり前だろ」 別にギイが大富豪の御曹司だからって一緒にいるわけじゃないんだし。 その前に、ギイが借金地獄に陥るとは思わないけどさ。 「くー、可愛いな、託生。やっぱオレ、お前を選んで良かった」 「もう、早く部屋片付けちゃおうよ。手伝うからさ」 「泊まってくだろ、託生」 当然のように言われて、ぼくは「うん」とうなづいた。 「人生ゲーム楽しかったな。またみんなでやろうな」 「うん」 またみんなで。 卒業まであと数ヶ月。
あと何回そんな楽しい時間を過ごせるだろう。 |