恋の始まり月曜日 浅い眠りは部屋に差し込む朝の光で完全に妨げられた。 「ああ、もう朝か」 オレはベッドの中でごろりと寝返りを打った。 深夜を過ぎても眠気はやってこず、結局うとうととし始めたのはもう明け方近くになった頃だった。 昨日は入寮日で、野崎の馬鹿にカレーを投げつけられ、託生と一緒に音楽堂に閉じ込められ。 何だかんだと事件満載の一日だったので、くたくたに疲れているはずなのに、まったく眠くはならなかった。 理由は簡単だ。 託生と初めてキスをしたせいだ。 オレはもう一度寝返りを打って、向かい側のベッドでぐっすりと眠っている託生を見つめた。 安らかな寝顔にほっとする。 こんな風に同じ部屋で寝起きできるようになるなんて、1年前では考えられないことだった。 何しろ託生はオレのことをどういうわけか避けまくっていた。 嫌われるようなことはしていないはずなのにと思いながらも、結局その理由を確かめることもできず、必要以上に嫌われるのが怖くて近づけなかった。 それでも諦めることなんてできなかった。 昨夜の出来事を思い出すと、願いは思い続ければ叶うものなんだなと、らしくもないことを思ってしまう。 薄暗い音楽堂の中で、託生に気持ちを告げた。 触れるだけのキスをした。 部屋に戻ってきてからはちゃんと託生からも好きだという言葉を聞いた。 少しばかり強引だったとは思うが、けれど託生の言葉に嘘はなかった。 それまで勇気が出せず、うだうだと悩んでいたことが嘘みたいに、すべてが夢で描いていた通りに進んでいた。これはドッキリか何かじゃないかと思うくらいに。 長い間思い焦がれていた相手と相思相愛になれた夜は長かった。 託生が起きている間はギリギリのところでいつもと変わらない風を装っていたけれど、実際のところ、嬉しくてどうしようもなくて、顔がニヤけてしまうのを止めようがなかったし、もっと触れたい、もっとキスしたいという欲求が暴走しそうで、自分でも危ないと思うくらいだった。 けれど、かろうじてその欲望を押さえつけた。 何しろ託生は自他共に認める人間接触嫌悪症を持っていて、下手に触れたりしたら可哀想なくらいに怯えた表情を見せるのだ。 それでもオレのことを好きだ言ってくれた。 何度かキスを仕掛けてみても、そこまで過剰な反応は返ってこなかった。 一歩前進したと思っていいのだろうか。 けれど小さく身体が震えていることに気づいて、上がりまくっていたテンションがすっと落ち着いた。 まだ100%大丈夫だというわけじゃないのだ。 少なくとも、託生はオレに対して好意を持ってくれていて、オレが触れることに対して嫌悪感は持っていない。 今はそれだけでも十分だと思わなくてはいけない。 だけど・・・ (大丈夫か、オレ?) 絶対に毎日好きだと言ってしまうだろう自信がある。 隙あらばキスしてしまうだろう予感もある。 そして、どこかで我慢できなくなって押し倒してしまうかもしれないという恐れもある。 ・・・いや絶対にそんなことはしない。 (嫌われたくはないからな) できることならもっと好きになって欲しい。 オレと一緒にいる時に笑って欲しい。 オレのことを、誰よりも一番大切な存在だと思って欲しい。 ああ、どうしよう、今まで無理矢理押さえ込んでいた感情が一気に溢れ出して、加速度をつけて突っ走ってしまいそうだ。 自分だけの欲望で託生のことを傷つけたりしてはいけない。 大切にしたいと思っているのだ。 本当に心からそう思うのだけれど、やっと叶った恋心はもう止めようもなくて、これからしばらくは、この暴走しそうな思いを抱えながら託生のそばにいることになる。 (天国なのか地獄なのか、何とも微妙な感じだな) オレがベッドの中で悶々とそんなことを考えていると、託生が小さく身じろいで、ゆっくりと目を開けた。 ぼんやりとオレを見つめて、そしてはっとしたように息を飲んだ。 何なんだ、その驚きようは。 「おはよう、託生」 「あ・・・えっと・・・お、おはよう・・・」 どういうわけか真っ赤になった託生は上掛けをぎゅっと握り締めて、鼻先まで引き上げた。 (何でそういう可愛いことするかなぁ) ああ、今すぐキスしたい。 思いっきり抱きしめて一日中ベッドの中でいちゃいちゃしたい。 去年1年間、じっと我慢できていたのが嘘のように、昨日のあの小さなキスだけでこんなに気持ちが急いてしまう。 逸る気持ちを何とか押さえ、オレは勢いをつけて起き上がると、床に足を下ろして窓を開けた。 まだ冷たい空気が部屋に流れ込み、託生がさらに上掛けの中に潜り込んだ。 「寒いよ、崎くん」 「崎くんじゃなくて、ギイ。昨日はちゃんと呼べたのに、もうリセットされちゃった?」 「あ・・」 託生はそろそろと顔を出すと、困ったようにオレを見た。 言いよどむ託生を促すようにオレが先に口を開く。 「おはよう、託生」 「・・・おはよう、・・・ギイ」 誰もが口にする名前ですら、託生が口にすると何か特別のもののように聞こえる。 ああ、恋は盲目とはよく言ったものだ。 「さ、1週間の始まり月曜日だ。さっさと起きろよ、託生。一緒に食堂に行こう」 「・・・一緒に・・?」 不思議そうな顔をする託生に苦笑してしまう。 同室者なんだから一緒に飯食ったって何の問題もない。 一緒に登校するのも当たり前のことだし、同じクラスなんだから休み時間に話をするのも普通のことだ。 とは言うものの、オレが託生ばかり構ってるとさすがにおかしな邪推をする連中も出てくるだろう。 よし、周囲も託生もしょうがないなと思うような理由を何か作るか。 「楽しくなってきた」 「え?何か言った?」 「いや、やっと始まったなと思ってさ」 「うん、新学期だよね」 始まったのはそれだけじゃないけどな、とは言わず、オレは曖昧に笑った。 今まではただ思うばかりで勇気が出せなくて、それでも好きな気持ちは嘘じゃなくて。 それも恋には違いはないけれど、好きな人が自分に向き合ってくれて、初めて本当に恋が始まる。 NEXT DAY |