恋する1週間



もっと知りたい火曜日


朝から晩まで好きな人と一緒というのは、想像以上に幸せなものだ。

昨日の始業式はホームルームと、新しい学年での必要な手続きを済ませるだけで、半ば春休みの延長のようなものだった。
今日は新入生の入学式で、これも在校生たちは式の手伝いをし、新入生たちのオリエンテーションに借り出され、雑用に追われることになった。
託生とまったりと親交を深めようと思っていたというのに、お互いに与えられた仕事がぜんぜん違うものだったので、ほとんど顔を合わせることもできなかった。
さらに、不満たらたらのオレの事情など知らない担任の松本に呼び出されてしまい、面倒な書類整理を手伝わされた。
ついてない。
よほどオレが不機嫌な顔をしていたのが、めずらしく松本がジュースを奢ってくれた。
子供扱いするなよな、と思ったものの、ありがたくいただくことにした。
黙々と単純作業を片付けていると、ふいに
「ああ、そうだ、崎、今年も級長よろしくな」
と言って松本が笑った。
オレはちぇっと舌打ちした。
「あのな、よろしくも何も、オレが承諾するより前に勝手に決めてたくせに。事後承諾ってどういうことだよ。だいたいオレ、去年もやったんですけどね?」
「去年は去年、今年は今年。別にいいだろうが、お前にしてみりゃ、級長なんてたいした負担にもならないだろう?」
松本があっさりと言ってのける。
「勝手に決めるなよ。そういうの民主主義に反するんじゃないのか?」
一応の反論を試みるが、松本はクラスの連中も別に異論はなかったぞ、と笑う。
「お前が級長やってくれるなら、あとの委員の決定方法は任せるからさ。自薦他薦、多数決でも何でも好きにやってくれ」
「ったく、しょうがねぇなー」
確かに去年は級長という立場で、いろいろ役に立ったこともあった。
窮地に追いやられた託生をあからさまに庇うことはできなくても、あくまで級長としてクラスの雰囲気が悪くならないようにという名目で口を出すこともできた。
託生にしてみれば、それさえも余計なお世話といった感じで何度も睨まれたのだけれど。
「なぁ崎」
「何ですか?」
「あー、どうだ、上手くやっていけそうか?」
「何が?」
松本は作業の手を止めると、それまでとは違う真面目な教師の顔を見せた。
「今年の部屋割りはいろいろもめてなぁ、結果的に崎ならって思ってのことだったんだが」
「ああ、寮の部屋割り?託生と同室だからどうだってこと?」
「まぁな」
見るからに体育会系で、とても細やかな神経をしているようには見えない松本だが、その実生徒のことをよく見ていて、必要な時にはさりげなく助言をしてくれる。
だから生徒からも頼りにされているし、人気もある。
そんな松本でも去年の託生には手を焼いていた。
「葉山もちょっと難しいところはあるが悪いヤツじゃないからな」
「なに、何かあったのか?」
オレが聞くと、松本は立ち上がってコーヒーを淹れ、カップを目の前に置いた。
「サンキュー。で、託生のことで何かあったのか?」
「一つ一つはたいしたことじゃないんだがな、いつだったかなぁ、放課後、クラスの佐々木が急に具合が悪くなった時があって、たまたま葉山が気づいたようで、保健室に連れてきてくれてな。中山先生が不在だったもんだから、そのあと学校中探してくれたらしいんだ」
「へぇ」
「誰かが困ってるの、放っておけない性格なんだろうなぁ。あれだけ人との関わりあいを避けてるくせに、いざとなると見捨てられない。そういう葉山のことをちゃんと見てるヤツはけっこういて、表立って庇うことはしなくても、からかったりすることはなかったしな。敵も多かったが案外と味方になってくれるヤツもいたんだよな。葉山がどこまで気づいているかは分からんがな」
それはオレだって気づいていた。
それはたぶん、片倉のおかげもあったのだろう。気さくで誰とでも仲良くできる片倉が、コトあるごとに託生の味方になり、周囲の誤解を解いていた。あの片倉が親しくしているということで、託生への風当たりが緩くなっていた部分は間違いなくあるのだ。
オレではそうはいかなかった。
オレが庇えば、逆にやっかまれて託生への風当たりがきつくなることの方が多かった。
それはまったく不本意なことだったが、オレとしては手を引くしかなかったし、もっと違う方法でしか託生のことを守ることができなかった。
「崎、案外と葉山はお前のことを好きなのかもしれないな」
「は?何だよそれ」
思いもしない言葉に舞い上がってしまいそうになる表情を引き締める。
松本はうーんと腕を組んで首を傾げる。
「何ていうかな、葉山は崎が手助けしようとすると、いつも必要以上に過剰反応するだろ?自分で崎のことを拒絶しておきながら、そのくせひどく傷ついた顔することがあってなぁ。もしかしたら葉山は本当は崎と仲良くなりたいのに、その方法が分からないだけなんじゃないかと思ってな。不器用だしなぁ、葉山は」
「ふうん」
松本が思っていた以上に託生のことを見ていたことに驚くと同時に、その観察が間違っていないことにも驚いていた。
松本の言う通り、託生はオレのことを好きだと言ってくれた。
もしかしたら、と思ったこともあったけれど、オレはあまりに託生のことが好きすぎて、いろんなことが見えなくなっていたのかもしれない。
だけど好きだと言ってもらえたから、だからもう迷うことなく託生に近づくことができる。
ようやくそうすることができる。
「葉山はいいやつだぞ、崎」
「ああ、知ってるよ」
「この1年、あいつの力になってやれくれよな。ほんとに悪いヤツじゃないからな」
「分かってるよ。オレも・・・もっと託生のこと知りたいって思ってるから」
離れた場所から見ていた託生のことしか知らなかった。
だけど、これからは一番近くで託生のことを知っていく。
それまで知らなかった彼のことを、いいところも悪いところも、すべてひっくるめてもっと好きになりたいと思う。
「松本、大丈夫だよ、託生はきっと変わるから」
「うん?」
「去年までの託生はさ、本当の託生を上手く出せてなかっただけだと思うからさ」
固い固い殻の中で、あの優しさは静かに眠りについていた。
ようやくそれがオレの前で目を覚まそうとしているのだ。
「託生は大丈夫だよ」
「そうか?なら安心かな。みんな葉山と仲良くなりたいって思うだろうしな」
「・・・・」
何気ない松本の一言に、オレは固まった。
それは、喜んでいいのか悩むところだな。
できれば自分だけのものにしておきたいと思ったり、けれど、クラスの連中と楽しく笑っている託生というのも見てみたい。
きっとすごくいい笑顔を見せるだろうから。
ああ、だけど、そんな笑顔をオレ以外に見せるのはやっぱりちょっと悔しい気もする。
「まずいな、オレってけっこうヤキモチ妬きなのかも?」
「ああ?」
わけが分からんといった松本に、オレは何でもない、と肩をすくめた。


あれこれと雑用を終わらせ、寮の部屋に戻ると、部屋を出て行こうとしてる託生と出くわした。
「お、どこ行くんだ?」
「あ、えっと、ちょっと早いけど夕食に行こうかなって」
オレはやれやれと肩を落とした。
「託生くん、ご飯は一緒に食べようって、オレ、言ったよな?」
「でも・・・」
「でも、何だよ」
オレは託生の前でわざとらしく腕組なんぞをしてみせる。
託生はうろうろと視線を彷徨わせ、それから小さく、ごめんと言った。
いや、怒ってるわけでも責めてるわけでもなく、ただ単に一緒にいたいというだけで、そんなオレの純情を分かってくれないことがもどかしいというか何というか・・・。
オレはぽんと託生の頭に手を置いた。
「ちょっと待ってろ、すぐに用意するから」
「あ、うん・・・」
素直に頷いて、託生はほっとしたように微笑んだ。
託生と一緒に食事するなんて、そんな何でもないことが1年前はできなくて。当たり前のように一緒に食事をする片倉がどれほど羨ましかったことか。
野菜が苦手で、魚の骨を取るのにいつももたもたと時間をかけているのを知っている。
冬でも冷たいお茶を飲んだりするくせに、無類の寒がりで。
遠い場所からでも見えるようなことしか知らないオレは、最近になってようやくもっと託生のことを知るようになった。
野菜全般が駄目なのではなくて、苦いものが苦手で。麺類は何でも好きで、プリンやゼリーやつるんとしたものには目がない。それほど食にこだわりがあるわけでもなく、どちらかと言うと小食。
不器用なくせして、箸の使い方がとても綺麗で、時々見惚れてしまうことがある。
食事をするだけでも、初めて知ることばかりで、オレは託生から目が離せない。
あまりに見つめるものだから、そばにいる章三がオレのことを胡散臭い目で見るようになった。託生はまったく気づいてないというのに、だ。
これはオレの恋心がバレる日も近いな、などと少しばかり悩むところではあるけれど、別にバレたところで何が変わるわけでもない。むしろさっさとバレてしまった方が堂々といちゃいちゃできるかもしれないな、とも思ってしまう。
「行こうか」
「うん」
2人して並んで食堂へと向かう。
「今日のメニューなんだろうな」
「ハンバーグだって」
「何で知ってるんだ?」
「利久が言ってた。祠堂のハンバーグはソースが絶品だよね、けっこう好きなんだ」
にこにこと笑う託生に、オレはふうんとうなづく。
ほらまた一つ。
今まで知らなかった託生のことを一つ一つ知っていく。
嬉しくて楽しくて、思わず人目も憚らずに思わず託生の手を繋いだら、これ以上ないくらいに驚かれて、そして脱兎のごとく逃げられた。
「あ、こら託生」
「ぼく、先に行ってるから」
まったく、いつもスローペースなくせして、こういう時だけは足が早いヤツだ。
手を繋ぐくらいで、とついつい笑いが零れてしまう。
だけど、こんなやり取りでさえも楽しくて仕方ない。
自然とニヤてしまう頬を軽く叩いて、オレは託生のあとを追いかけた。


 
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お題は「COUNT TEN」様よりお借りしました。

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あとがき

祠堂の行事スケジュール、原作読んでもイマイチわからん。学生時代なんてはるか遠い昔のことなり。