恋する1週間



ライバル出現水曜日

「崎くん、どうしてぼくを副級長になんて指名したんだよ」
放課後、のんびりと校舎から寮へと戻る途中で、託生は不満いっぱいという表情をしてオレに詰め寄った。
「どうしてって、お前去年何も委員やってなかっただろ?」
「そうだけど・・・だけどいきなり副級長だなんて無理だよ」
「大丈夫だって、オレがいるし」
「そりゃ、崎くんは去年も級長だったし・・・みんなからも信頼されてるから・・・」
託生は胸の前で教科書の束をぎゅっと抱きしめて溜息をつく。
松本に半ば無理矢理級長にさせられてしまったオレは、あとは好きにしていいという言葉通り、独断と偏見でクラスの委員を好きに決めた。
章三は去年に引き続き風紀委員で決定だし、その他の委員もこいつなら大丈夫だろうと思うヤツを迷うことなく指名した。
ただ副級長だけは別だ。
正直なところ、能力だけで言うなら託生よりももっと相応しいやつもいるにはいたが、そんなことはどうでもよくて、ただ単に託生を常に行動を共にできる理由を作るためだけに、託生を副級長に任命したのだ。
クラスの連中もさすがに困惑した様子だったけれど、オレが大丈夫だからと言うと、それ以上は反対することはなかった。
級長と副級長は常に一緒に行動をすること。
なんて誰が聞いても首を傾げるような主張だと自分でも分かっている。
だけど託生といられるなら何でもいいのだ。
「ああ、不安だなぁ」
相変わらず託生はどうしようどうしようとぶつぶつ言っている。
「大丈夫だって、副級長は級長の手助けをするだけだし、だいたいクラスの連中だって誰も反対しなかっただろ?」
「それは・・・崎くんが・・・」
「オレが?」
「・・・・」
何か言いたそうにオレをみて、託生は何でもないと首を振る。
言いたいことがあってもまだ言えないあたり、オレに遠慮してるのか、それとも信用してないのか。
いや、慣れてないんだよな。オレにどんな風に接すればいいのか。
遠慮なんてしないで言いたいこと言ってくれるようになるまで、やっぱりもうちょっとかかるのだろうか。
「託生、言っておくが級長と副級長は常に行動を共にしなくちゃならないんだぞ。特にお前は去年までオレとろくに話したこともなかったわけだし、これからはお互いのことを知るために、学校でも寮でも一緒だからな」
「えっ、そ、そんなの困るよ」
「何でだよ」
「だって、崎くんのファンの人たちに睨まれるよ・・」
「ギイ」
「え?」
「だから、オレのことはギイって呼ぶようにって言っただろ?お前、すぐに忘れちゃうんだな」
からかわれて、託生は薄く頬を染めた。
困った顔も可愛いな、とオレは足を止めた。
「じゃ練習」
「何を?」
「ギイって言ってみな」
「・・・・」
託生が恨めしそうにオレを見る。好きな子をいじめたくなるっていう心理はあながち嘘じゃないな、とオレは託生へと一歩近づいた。
「ほらほら、簡単だろうが」
「・・・ギイ」
「うん?もっとちゃんと呼べよ」
何度でも呼んでもらいたい。用があろうとなかろうと、託生に呼ばれるとそれだけで幸せな気持ちになれる。
そんなオレとは裏腹に、託生は何とも微妙な顔をしてオレを睨んだ。
「あのさ、ギイ」
「うん?」
「顔、近いんだけど」
「・・・」
言われて気づいた。思わず前かがみになっていたようで、オレは託生の真ん前で顔を近づけていた。
託生はしどろもどろと何か言って、さっさと歩き出した。
「待てよ、託生。別にいいだろ、オレたちは恋人同士なんだから」
「ちょっ、変なこと言うなよっ」
託生が慌ててあたりを見渡す。誰もいないっていうのに、うろたえて赤くなる。
可愛いなぁとついついもっといじめてみたくなる。
「変なことじゃない、オレたち恋人同士だろ?」
「そういうこと口にするなよっ、いいからもうついて来るなよっ」
「同じ部屋なんだからしょうがないだろ」
ああ、こんな馬鹿馬鹿しいやり取りさえも楽しくて仕方ない。
とりあえず当面の目標は、託生にギイって呼ばせること。そしてそれが普通のことになること。それから自分がオレの恋人だって認識させること、だな。

しかし、それよりももっと重要な問題が発生することになってしまった。
「みんな葉山と仲良くなりたいって思うだろうしな」
と、松本が言ったことは大当たりで、オレと一緒に行動するようになると、託生はそれまでの固い殻を少しづつ脱ぎ捨てて、本来の柔らかで優しい笑顔を見せるようになった。
最初はオレにだけ向けられていたそれは、次第にクラスの連中にも惜しみなく晒すようになった。
朝、教室に入ると、当然のようにみんなが挨拶を交わす。
それまで「おはよう」なんて言ったことのなかった託生も、オレが言ったあとに小さな声で挨拶をするようになった。
最初は言われた連中もきょとんとしていたが、横に立つオレが目で促すせいか、躊躇しながらも託生におはようと返す。言われた託生が、まだ困ったように視線を巡らせ、照れたように頬を染め、そして助けを求めるようにオレを見たりするもんだから、去年までとは180度違うその様子に誰もが目を見張り、そして興味を持つようになった。
それまでの託生ならきつい目で睨み返してきたというのに、小さな声ではあるものの言葉を返すようになったのだから、みんな面白がって声をかけるようになった。
興味半分、怖いもの見たさ。
最初はそんな感じだったとは思うのだが、託生は律儀に返事をするので、それまでの悪い印象は次第に薄れ、何だ案外いいヤツなんじゃないのか?なんて雰囲気が広がり始めた。
それは間違いなく好ましい事態で、喜ぶべきことなのだとは思うのだが。
「葉山人気、急上昇だな」
何の気なしに章三が言った。
視線を巡らせると、席についた託生の前にクラスメイトが座っていて、何だかやけに楽しそうに託生に話しかけている。
託生も相槌を打ちながら、時折笑顔を見せて話をしている。
「いい感じじゃないか。去年までの無愛想ぶりはどこへやら、だ」
「まぁな」
「今のところ、誰とも衝突してないし。いったいどういう心境の変化なんだろうな、あれは」
「あれが本当の託生なんだろ」
「へぇ、ギイ、お前が何か言ったとか?」
「まさか」
「音楽堂で何かあったのか?」
オレは肩をすくめた。章三のことだから、きっと何かあると想像はしているだろうが、必要以上に突っ込んでこないところがいいところだ。もっとも男同士で何かあるなんて夢にも思わないヤツだから、オレが託生に何か説教でもしたくらいにしか思っていないんだろう。
「ま、今年は葉山に振り回されずに済みそうだな。みんなけっこう驚いてるけど、葉山に興味津々みたいだし」
「それは、何とも微妙だな」
「何だって?」
「いや、何でもない」
もしかして、クラス中がライバルだったりするのだろうか。
いやいや、託生はオレの恋人だし。
って言っても、まだろくに名前さえ呼んでもらえないし、キスはあれ以来してないし。
その先に進むのなんていったいいつになるかも分からないし。

(ゆっくりゆっくり少しづつ)

もう何度目になるか分からない呪文を口の中で唱えてみる。
託生の横にまた別のクラスメイトが足を止めて何やら話しかける。
去年では考えられなかった思いもしないライバルたちの登場に、オレは何とも複雑な心境で深く溜息をついた。

授業が終わり、寮の部屋へ2人して戻ると託生は手にしていた荷物を机に置いて、ネクタイを緩めた。
「託生、今日は一人で晩ご飯食べてくれるか?オレ、ちょっと野暮用でさ」
「うん、わかった」
「あ、一人っていうか、章三が一緒だから安心しろ」
「別に一人でご飯くらい食べれるよ」
託生は呆れたように肩をすくめた。
去年までは確かに一人で食事している姿をよく目にした。たいていは片倉が一緒だったが、部活で遅くなったりすることもあるようで、そういう時は託生は一人で黙々と食事をいていた。
託生は少しも気にしている様子でもなかったけれど、もうあんな風に一人で食べてる姿は見たくない。
けれど、それは一番の理由ではない。
「まぁあれだ、章三は虫除けみたいなもんだ」
「虫除け?食堂に虫が出るの?まさかゴキブリじゃ・・・」
嫌そうに託生が表情を変える。
何で章三がゴキブリ避けになるんだ。そんなこと聞かれたらえらいことになるぞ。
「あのな、毎日隅から隅まで掃除してるおばちゃんたちが聞いたら怒るだろうが。そういう意味じゃなくてさ、託生におかしな虫がつかないようにってな」
オレの言葉の意味が分からないようで、託生はしばらく何やら考えていたが、やがて嫌そうに眉をひそめた。
「・・・ギイって」
「うん?」
「何だか思っていたよりもずっと変な人なのかな」
うーんと託生が首を傾げる。
別に変な人なんかじゃない。
恋人に悪い虫がつかないようにするのは全然おかしなことじゃないだろうが。
にわかに現れ始めたライバルたちに託生を奪われてなるものか。
なんて乙女な男心はまだ託生には分かってもらえないんだろうな。
「前途多難だ」
「?」
きょとんとする託生に、オレはやれやれと方を落とした。

 
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お題は「COUNT TEN」様よりお借りしました。

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あとがき

恋人は密やかに人気があるっていうのがよいのではかと。