7通の手紙 1 

「あれ?」
これはいったい何だろう、と茶色い封筒を手にした。
中を見てみると、そこには薄いピンク色の手紙が入っていた。
それを目にしたとたん、ぼくは一気に遠い昔の記憶が甦った。
 

*******
 
 
夕食後の談話室は人で溢れていた。
今日はサッカーの試合があるからだろう。大型テレビの前には、運動部の連中を筆頭に、普段はあまり見かけない生徒たちまで集まっていた。
寮の部屋には当然テレビはないので、実家にいるときはテレビをつけっ放しにしている連中も、寮ではテレビを見ないことの方が多くなる。
だからこんなにテレビ前が賑わっているのは珍しいことなのだ。
ぼくは特にサッカーの試合が見たかったわけではなかったのだけれど、夕食を一緒に取った矢倉に誘われて、たまにはサッカーもいいかなと思ってついてきたのだ。
「お、葉山ここ空いてる」
矢倉はテレビから少し離れた席にどさりと座り込み、ぼくはその隣に腰を下ろした。
「葉山はどこのチームを応援してるんだ?」
「ぼくはサッカーは詳しくないから、どこってこともないなぁ」
「静岡のチームじゃないのか?」
「あ、まぁそうだね、知らない二つのチームの対戦なら地元チームを応援するかな」
「ま、あんまり興味ないなら、適当に切り上げていいからな。ちょっとくらい時間つぶしにはなるだろ?」
そう言って矢倉は大人びた笑みを浮かべる。
それほどサッカーに興味のないぼくをわざわざこうして誘ってくれたのは、きっとぼくが一人でいると、ろくなことを考えないとでも思ったからだろう。
3年になってから、ギイとは「ただの友達」のふりをしなくてはならなくて。
そうなると当然一緒になんていられなくて。
去年まで一人の時間なんてほとんどなかったというのに、ここ最近は一人の時間の方が多いくらいなのだ。
一人でいると、時間を持て余して、どうしても彼のことを考えてしまう。
そしてやけにしんみりと寂しい気持ちになってしまうのだ。
おまけにここ1週間ほどは、ちらりとしかギイの姿を見ていない。
会いたい気持ちは募るけれど、簡単に0番へ行くこともできなくて、少しばかり気持ちが沈みがちだったのだ
それを知った矢倉が、ぼくが一人でいなくてもいいようにと、こうして誘ってくれたのだろう。
ぼくなんかといるよりも、恋人の八津宏海と一緒にいたいだろうに、ギイに負けず劣らず、矢倉も友達思いだ。
「お、始まるぞ」
歓声と共に画面が切り替わったとき、戸口に現れた人物がいた。
きょろきょろと誰かを探すように視線をめぐらせ、ぼくを認識すると一直線に近づいてきた。
 
(誰だっけ?)
 
知らない顔だけれど、1年生じゃない。
ぐるぐると乏しい記憶をたどっている間にも彼は近づいてきて、そしてにっこりと笑った。
「葉山、ちょっと顔かしてくれ」
「え、っと・・・」
どちら様でしたっけ?と聞くのはやはり失礼になるような気がして、どうしようと困惑してると、隣から矢倉が
「どうした岡本、葉山に声かけるなんて珍しい」
と助け舟を出してくれた。
 
(岡本くん?えーっと、やっぱり知らないけど、矢倉くんの口ぶりからすると、同級生だよね。
同じクラスになったこと・・ないんだろうな、たぶん)
 
いくらぼくはあまり周囲に関心がなくても、さすがに同じクラスになった級友の顔と名前くらいは覚えている。
とりあえず名前が分かったので、ちょっとほっとして、何か用?と尋ねてみた。
「あー。ちょっとここじゃな。煩すぎるし、他のヤツには聞かれたくないし」
岡本は周囲を見渡し苦笑した。みんなテレビに夢中だから、ぼくたちの話なんて聞いちゃいないだろうけれど、もし真面目な話をしたいのなら、確かにちょっと騒がしい。
「矢倉くん、ごめんね、ちょっと行って来る」
立ち上がったぼくに、矢倉は大丈夫か?と視線で問いかける。
知らない人からの突然の呼び出しに少し不安にはなるけれど、岡本の様子からして決して悪意のある呼び出しではなさそうだ。
ぼくは矢倉に手を振ると、岡本と連れ立って談話室をあとにした。
「あの、岡本くん、ぼくたち同じクラスになったことないよね?」
「ああ、そうだなぁ。葉山、俺のこと知らなかったんだろ?」
ぎくりとした。たぶんそれはそのまま表情に出てしまったのだろう。
岡本はそんなぼくを楽しそうに笑った。
「正直だなぁ、葉山は。気にすることないって。隣のクラスになったこともないし、しょうがないって。まぁ俺は葉山のことは知ってたけどな」
「そうなの?」
「お前、1年の時は、目立ってたからさ」
何でもないことのように、岡本は言った。
そうだった。
人間接触嫌悪症だったあの頃、ぼくは周囲の人間すべてを寄せ付けまいとして必死だった。
つまらないことでトラブルを起こしては、さらに孤立して。
そんなぼくを、ギイは陰でずっと助けてくれていた。
恐らくギイとは真逆の意味で、同学年でぼくのことを知らない人はいないんだろうな。
うわぁ、今さらながらに、ちょっと恥ずかしいかも。
ひっそりと自己嫌悪に陥っていたぼくに、岡本が振り返り尋ねる。
「あー、人がいないとこがいいんだよなぁ。葉山、食堂まで足伸ばしてもいいか?」
「いいけど・・」
しかし、いったい何の話があるというんだろう??
これがもし高林やギイなら、愛の告白、なんて展開が待っているのだろうけれど、相手がぼくじゃそれは絶対にないだろうし。
岡本の話というのがまったく想像できなくて、けれど今更帰るとも言えず、ぼくは岡本のあとをついて歩いた。
学食はすっかり静まり返っていて、岡本は一番端の席にぼくを誘うと、ようやくほっとしたように表情を和らげた。
「で、いったい何の用?」
「うん、葉山さ、ギイとはもう別れたのか?」
「えっ?!」
いきなりの質問に、ぼくは思わず声を上げてしまった。
これはいったい何を意味するのだろうか?
思いもしなかった質問にどうしたらいいか分からず、ぼくはまじまじと岡本を見つめた。
真実がどうであれ、この状況でぼくに残されている答えは一つしかない。
嘘がばれないようにと祈りながら、小さく答える。
「ギイ、とは別に付き合ってるわけでもないし・・・、だから、別れたっていうのは・・」
「いやさ、2年の時あんなにべったりだったろ?てっきり二人はデキるんだと思ってたからさ」
「えーっと・・・」
まずいぞ。どうしたらいいんだろう。
今すぐ回れ右をして逃げ出したい。しかし逃げられない。
そんなぼくの気持ちを知る由もない岡本はさらに詰め寄ってくる。
「ところが3年になったら、ギイはあの通り氷の女王になっちまって、葉山ともつるんでないしさ。だから別れたのかなぁって」
「あの、さ、岡本くん、何が聞きたいのかな?ぼくとギイのこと聞いてどうするの?もしかしてギイのこと、好き、だとか?」
「ええ?違う違う!何いってんだよ、葉山」
冗談だろ?と岡本は大仰に両手を振った。
あれ、違うのか。
てっきりぼくとギイが無関係だと確認して、それからギイに告白でもするつもりかと思ったのに。
でもじゃあ何だ?
まさかほんとにぼくに告白するなんてことはないだろうな。
訝しげに岡本を眺めるぼくの心情が読めたのか、岡本はさらに慌てて手を振った。
「葉山に告白するつもりもないからな!」
「よかった」
ほっと胸を撫で下ろす。
「ギイはそりゃかっこいいけどさ、俺、女の子の方が好きだから」
まぁ普通はそうだよね。
ギイは不思議な魅力でそれこそ男女問わずもてるけど、でもだからといって、全員が告白とかするわけじゃないし。
「じゃあ、葉山は誰とも付き合ってないんだな?」
「え・・・あ、うん・・」
うなづくより他にない。
誰にも秘密の恋をギイとしている。
でも絶対に誰にも知られないようにしなくちゃいけない。
ちくんと胸が痛み、うつむいたぼくに、岡本は良かったとため息をついた。
「じゃあさ、葉山、これ」
目の前に差し出された一通の封筒。
これは、いったい何なんだ??
今、ぼくに告白するつもりはないって言ったじゃないか!
「言っておくけど、俺からじゃないからな。葉山あてのラブレター。預かったんだよ」
「は?」
聞き返した僕は、傍から見れば相当まぬけた顔をしていたに違いない。
ラブレター??






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