7通の手紙 2 

目の前に差し出された封筒。
岡本はぼくあてのラブレターだと言った。
「あの・・・何かの間違いじゃ・・・」
ラブレターをもらう心当たりなんてまったくない。
なにしろ、山奥祠堂の寮で暮らしているのだ。
女の子と出会う機会なんてほぼ皆無だ。
ギイは麓の街へ行くと、そりゃもうすれ違う女の子たちから嫌というほど熱い視線を向けられる。
何しろそこにいるだけで奇跡のように眩しい人だ。
ギイなら、どこで惚れられてもおかしくはないだろうけれど、ぼくはそんな風に人目につく方じゃない、むしろまったく目立たないはずなのだ。
首を傾げるぼくに、岡本はやれやれというように肩をすくめた。
「葉山、お前自分のこと分かってないなぁ」
「え?」
「言っただろ?2年になって、いい感じになったって。実はさ・・」
岡本は小声でことの経緯を話しだした。
「麓の女子高に、俺の彼女がいるんだ。で、去年の文化祭に来てくれたんだけどさ、そのとき一緒にきてた久美の・・あ、俺の彼女久美っていうんだけど、久美の親友の結ちゃんが、葉山のこと見つけたんだよ。結ちゃんが言うには、久美とはぐれた時に、葉山が校内を案内してくれたっていうんだけど、覚えてるか?」
文化祭で、はぐれた女の子の案内?
そんなことあったかな。
何しろ実行委員としてめちゃくちゃ忙しかった記憶しかない。
迷子の子供なら何人か保護したし、迷子になった大人も何人か案内した。
もしかしたら女の子もいたかもしれないけれど、まったく覚えていない。
首を傾げるぼくに、岡本はじれったそうに唸る。
「その様子じゃ覚えてないようだな、ま、いいや。で、そのときの葉山がすごく優しかったって、感動したらしいんだ。男子校の学生なんてガサツなヤツばかりだって思ってたらしいんだけど、葉山、雰囲気優しいしさ」
「そう、かな・・」
「そうなんだって。で、そのときは一目惚れってことじゃなかったみたいなんだけど、何度か下山した葉山を街で見かけたらしくてさ。実は結ちゃん、バイオリンやっててさ、楽器店でもすれ違ってるらしいんだぜ。ほら、葉山もバイオリンやってるだろ?こういうのってほんと運命の出会いだよな!」
「そ、そうか、な・・?」
岡本のあまりの勢いにぼくは少しばかり身を引いてしまう。
「で、日に日に葉山への想いが強くなって、やっと決心して、久美経由で、俺にこのラブレターが届いたってわけ」
「あ、ああ、そうなんだ・・」
「結ちゃん、めちゃくちゃ可愛い子だぜ?まぁ久美の次に、だけど。明るいし、優しいし、友達も多いし。あんないい子を逃したら、葉山、もう二度と彼女ができるチャンスはないぞ」
まぁ確かに、ぼくなんかを好きだといってくれる奇特な人は、ギイ以外にはいないだろうと思っていたのだから、確かに今回のことは青天の霹靂だ。
「だからな、葉山、これちゃんと読んで、返事書いてやってくれよな!」
「え、えええっ!!!」
ぎゅっと封筒を握らされて、ぼくは大いに慌てた。
「こ、困るよ、岡本くん」
「何が?だって葉山付き合ってるヤツいないんだろ?」
「そ、うだけど・・・」
ギイとの仲を確認したのはこれのためだったのか!?
「葉山、もしかしてラブレターもらうの初めてか?別にそんな難しく考えることないって。な、せっかく女の子が勇気を振り絞って書いたんだぞ?それを受け取りもしないなんてどうかと思うぞ」
そ、それはそうかもしれないけど。
岡本は渋い顔でぼくを睨む。
「男子校にいて彼女を作るのって難しいんだから、葉山はラッキーだよ。今度俺と久美を結ちゃんとダブルデートしようぜ、な」
「いや、そんなことっ!!!」
「とりあえず返事よろしくな!」
じゃあ、これで、と岡本は言いたいことだけ言い残すと、唖然と立ち尽くすぼくを残して学食を出て行った。
手に残った薄いピンク色の封筒。
困った。
困った。
「どうしよう・・・」
「まったく困ったヤツだな」
ぎくりとして振り返ると、そこにはいつの間にやってきたのか、矢倉がいた。
「矢倉くん・・・」
「岡本のやつ、すっかり恋のキューピッドになりきってるなぁ」
「いつからいたの?」
「まぁ、岡本が葉山に愛の告白するとは思ってなかったがな、何かトラブルに巻き込まれると、ギイに殺されるからさ。何で黙って見てたんだ、って」
だから、談話室をでたあとをこっそりとつけてきたのか。
ぼくたちに気づかれないように、矢倉は物陰でずっと聞き耳を立てていたのだ。
「矢倉くん、それならもっと早くに出てきてくれよ」
ぼくは力なく椅子に座り込んだ。
「いや、あまりの岡本の迫力に出るに出られなくてさ。モテるねぇ、葉山」
にやにやと笑いながら、矢倉は手にしたラブレターを指差す。
ギイ同様、やたらとモテる矢倉には言われたくない台詞だ。からかわれてるとしか聞こえない。
ぐったりとテーブルに突っ伏すぼくに、矢倉はしょうがないなぁと肩をすくめた。
「欲しくないラブレターなら返事なんかしなくていい。そんなに悩むほどのことかよ」
「そうだけど・・・」
でもそうすると、岡本の立場はどうなるんだろう?
自分の彼女から頼まれた手紙なのだ。たぶん、「俺に任せとけ」くらい言ったに違いない。
誰だって好きな女の子にはいいカッコしたいものだろう。
それなのにぼくが返事を出さなかったら、面目丸つぶれじゃないか。
「じゃあ、さっさとお断りの返事を書けばいい。簡単なことだ」
「うん・・そうだね」
生まれて初めてもらったラブレターへのお断りの手紙。
ああ、気が重い。っていうか何を書けばいいんだ?
「なぁ、葉山」
「なに?」
「お前、ギイには知られるなよ、このこと」
「・・・・・っ」
そうだよ!!!
あまりの出来事に、すっかりギイのことを忘れていた!
「分かってると思うが、あいつ、めちゃくちゃ嫉妬深い男だぞ」
「・・・知ってるよ」
言われなくても十分に。今までだって、何度謂れのないヤキモチで拗ねられたことか。
「こんなことがバレてみろ。祠堂に血の雨が降る」
「大げさな」
思わず笑ったぼくに、
「ばか、本気で言ってるんだぞ」
怖い怖いと矢倉は身を震わせてみせる。
血の雨が降るとは思わないけれど、ギイが知ったら、確かにいい気はしないだろう。
それでなくても離れ離れで、ろくに会話もできていない。
信じているけれど。
お互いの気持ちはこれっぽっちも疑ってはいないけれど、でも、こんなことでギイに余計な心配はかけたくない。
「ま、何かあれば相談に乗るから」
「ありがと」
どこまでもお気楽な矢倉の言葉に肩が落ちる。
ほんとは嬉しいはずのラブレター。
見知らぬ誰かがぼくのことを見ていてくれたのだ。
そして好意を寄せてくれた。
ありがたいなと思う。
だけど、その想いには応えられない。
だってギイがいるから。
ぼくが好きなのはギイなのだから。
「はぁ、困ったなぁ・・・」
大きくため息をついて、ぼくは押し付けられたラブレターを指でつまんだ。






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