7通の手紙 10 

「ギイ・・・?」
いきなり目の前にギイが現れて、ぼくは呆けた顔をしていたことだろう。
ほんとに予期せぬことだったから。
ギイは決まり悪げな様子を見せ、
「デート終了?」
と聞いた。
「うん・・・」
「じゃあ、これからオレとデートしないか?」
「・・・喧嘩の続きならしたくないよ?」
ぼくが言うと、ギイは神妙な面持ちで、小さくごめんと言った。
子供みたいなギイに、ぼくは思わず笑った。
 
街を流れる川沿いは格好のデートスポットだ。
等間隔にベンチが設置され、日が落ちると仄かな灯りが灯される。
夜にもなれば、恋人同士で埋め尽くされるこの場所も、この時間帯ではまだ子供たちがたくさん遊んでいて、賑やかな声が辺りに満ちていた。
ギイは空いたベンチに座ると、ぼくを隣に促した。
しばらく互いに無言のまま川の流れを見ていると、やがてギイが口を開いた。
「ごめんな、託生」
「何が?」
「昨日、オレ、一方的にひどいこと言って」
ぼくは驚いてギイを見た。
「どうして謝るの?ギイは・・・間違ったことは言ってないよ」
「そうじゃなくて、お前の言いたいこと、ちゃんと聞こうとしなかったからさ」
「・・・・ぼくも、もっとちゃんと説明できれば良かったんだけど・・・」
ちゃんと伝えなくてはと思った。結ちゃんからの手紙をもらってからのことを。
ぼくが何を考えて、どうして会うことにしたのかを。
ギイに、ちゃんと伝わるだろうかと、少しためらいながらも話し出した。
「あのさ、ほんとに最初は会うつもりはなかったんだよ?別に会いたいわけじゃなかったし・・。ラブレターなんてもらったの初めてだったから、どうすればいいか分からなくて、もたもたしてるうちに、岡本くんに話を進められちゃって最初はすごく困ったな、って思ってたんだ」
「うん」
「でも、それからいろいろ考えたんだ。もし、もしぼくが逆の立場だったらって」
「お前、誰にラブレター書くつもりだよ」
とたんにむっとした表情を見せるギイの肩を、ぼくは拳で押し返した。
「だから、もしぼくが彼女と同じように、偶然出会ったギイのことを好きになって想いを伝えたくて手紙を渡したとしたとするだろ?でも、ぼくのことなんて全然知らないギイは、この前みたいに返事を書くどころか受け取りもしないんだろうな、って思ったらすごく悲しくなったんだ」
「・・託生・・・」
「もし気持ちを受け入れてもらえなくても、そんな風に拒絶されるのは、すごく悲しいだろうな、って。せめて、ちゃんと面と向かって断ってもらえたら、断られることは悲しくても、何ていうか・・・悲しいの種類が違うっていうか・・ぼくだったら会って断られた悲しさは、いつか乗り越えられるんじゃないかって思ったんだよ。
ぼくの、勝手な考えなんだけど・・・」
ギイは真剣な表情でぼくの言葉を聞いていた。
「ギイの考え方とはきっと違うんだろうな、って思う。どっちが正しいとかそういうことじゃなくて、ぼくはそう思ったんだ。そういう風に思ってしまうのがぼくだし、それはこれからも同じだと思うんだ。これから先、いろんなことがぼく達の間に起こってもやっぱりギイとは違う考え方をしてしまうこともあると思う。でも・・・」
「でも?」
ギイはそっと僕の指先に触れた。その暖かさに励まされるように、ぼくは思いを告げる。
「でもね、そんな時に、昨日みたいな喧嘩するのは嫌だ。お互いのこと最初から否定するような喧嘩はしたくない。そんなの・・意味ないだろ?」
「託生っ」
ギイは片手でぼくの身体を抱き寄せると、肩先に額をつけて、ごめんとつぶやいた。
「オレが悪かった。ごめん」
「ギイ・・」
「いつもなら、お前の話ちゃんと聞くことができるのに、昨日はオレ、余裕がなくてさ」
「余裕って?」
「だから・・・・・嫌だったんだよ」
「え?」
「託生が、そんなつもりはないってことは十分わかってたけど、だけど嫌だったんだ。お前がオレ以外の誰かとデートするっていうのが、すごく嫌だったんだ」
薄く頬を赤くして、ギイが一息に言った。
だから、それがギイの本心だと分かった。
いつものヤキモチ、というよりももっと切羽詰った感じがして、ぼくは首を傾げてしまう。
「変なの、ギイ」
「変じゃない」
「だって、ぼくが好きなのはギイなのに?」
そっと身体を離して、ぼくは薄いブラウンのギイの瞳を覗き込む。
どこか不安そうなその瞳に、ぼくはそっと告げる。
「ぼくが好きなのはギイだよ。誰かからラブレターをもらっても、ぜんぜん心配しなくていいんだよ?だってぼくは、ギイのものなんだろ?」
いつもそう言ってるくせに、変なの、ギイ。
「託生・・・」
「昨日は怒って帰っちゃってごめんね、ギイ」
ぼくが言うと、ギイは首を振った。ぼくはギイの手をぎゅっと握って言った。
「ギイ、約束して。これからも、たぶん、ギイとぼくとじゃ考え方も、ものの感じ方もぜんぜん違うことがいっぱいあると思うんだ。そのことで喧嘩することもあると思う。だけど、その時はちゃんと話をしよう。ぼく、鈍いから、ギイが何を考えているかはやっぱりちゃんと言ってくれなきゃ分からないよ。でも、知りたいんだ。ギイが何を考えているのか、何を感じてるのか、ちゃんと知りたいんだよ」
ギイは一瞬泣き出しそうな表情を見せて、そして綺麗に笑った。
「そうだな、託生、約束するよ」
ごめんな、ともう一度言って、ギイはぼくの小指に自分の小指を絡めた。
「約束するよ」
「指きりげんまん?」
子供みたいに指切りをするギイが可愛くて、ぼくはくすくすと笑った。
「あ、そうだ。ギイ、どうしてぼくがあそこにいること分かったんだい?ぼく、デートの場所までは話してなかったよね?」
ぎくりとしたようにギイがそっぽを向く。
「ギイ」
「あー、とりあえず託生が乗った次のバスに乗ってだな」
「あとを尾行てたのかい!?」
「いや、さすがにそれはまずいかな、と思ってさ。だからずっとバス停で待ってた。祠堂に帰るにはこのバスに乗るしかないから、絶対に会えるだろうって」
「いつ帰るかも分からないのに?」
「そうだなぁ、もし彼女とディナーする、なんてことになったら、乗り込んで行ってたかもな」
オレ、そこまで心広くないし、とギイがおかしな自慢をする。
「ギイってば」
呆れてしまう。と同時に笑ってしまう。
まったくギイはどこまでも心配性でヤキモチ焼きで、ぼくのことを一番好きでいてくれる存在だ。
「なぁ、託生」
「うん?」
「ラブレター、嬉しかったか?」
「え、あー、生まれて初めてもらったから、そりゃ、まぁちょっとは嬉しかったかな。あ、深い意味はないよ、単純に男として、っていうか」
貰い慣れてるギイには分からないだろうけど、と続けると、オレは受け取らないけどな、と茶化して笑う。
「じゃあ、オレがラブレターを書いてやるよ」
「ええ?」
「託生が貰って嬉しいっていうなら、オレが書くよ。オレからのラブレターなら、断りの返事に悩まなくてもいいだろ?」
そう言ってギイは綺麗にウィンクをしてみせた






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