7通の手紙 11 

その時ぼくは、それはギイの冗談だと思っていた。
けれど次の日、ギイは約束通り、ぼくにラブレターをくれた。
わざわざ薄いピンクの封筒を選ぶあたり、何だかなぁという気がしないでもなかったけれど、忙しいギイがぼくのために書いてくれたラブレターというものがどんなものか、とても興味があったので、ぼくはドキドキしながら封を開けた。
そこには日本人のぼくでは一生かけても書けないくらいの、熱烈な口説き文句が並べてられていて、一読しただけでぼくは真っ赤になってしまった。
いつもギイは聞いていて恥ずかしいような台詞を平気で口にするけど、文字にするとさらにそれがパワーアップしたようだった。
もし返事をくれと言われても、とても同じテンションでは返事は書けない。
「ギイてば・・・」
まぁたまにはこういう手紙も嬉しい、かな、と思っていたぼくだが、ギイからのラブレターはその日だけでは終わらなかった。
次の日から、毎日、ギイは情熱的なラブレターをぼくへと寄越した。
よくもまぁこんなに愛の言葉があるものだ、と感心するやら何やらで。
「ギイ、ラブレターはもういいよ。何だか毎日拷問にあってるみたいだ」
「何で拷問なんだよ?失礼なヤツだなぁ」
「だって、恥ずかしいよ。ギイの気持ちは十分わかったから、もういらない」
「そうか?じゃあ明日で終わりな。ちょうど1週間だしキリもいい」
よく分からない理由を言って、ギイは1週間目に最後のラブレターをくれた。
「なに、これ?」
中に入っていたラブレターは、流暢な筆記体の英語で書かれていた。
流暢すぎてとても解読できない。日本語でも綺麗な文字を書くギイだけれど、英語も綺麗に書くんだなぁとおかしな感心をしつつも、かといってわざわざ辞書を引っ張り出して、内容を解読するほどの時間もない。
だから手っ取り早く本人に聞くことにした。
「ギイ、あれ何て書いてあるのかぜんぜん分からないんだけど」
「そうか?じゃあそのうち分かるようになってから読んでくれよ」
ギイは飄々と言う。
「そのうちってね、ギイ、ぼくが英語が苦手なの知ってるだろ?あんな流暢な筆記体、たぶん一生読めるようにはならないよ」
「どうかな」
まぁ、それまでもらったラブレターと同じようなことが英語で書かれているんだろう。
そう思って最後のラブレターは読まれることのないまま、机の引き出しに仕舞われたのだ。

**********

祠堂を卒業してからも、ぼくとギイは小さな喧嘩を繰り返したが、あの時約束したように、その都度、自分が何を考えているのか、どんな風に感じているのかを、伝えあい、認め合い、仲直りをしてきた。
そうして数え切れないほどの困難な問題を一緒に乗り越えて、今も一緒にいる。
たぶんこれから先も。
ぼくがギイのいるNYに越してきてからもう何年になるだろう。
引っ越した時に放置していたダンボールを、さすがにそろそろ片付けなければならないと決心して、休日に一人でがんばっていたときに、この茶色い封筒に入れられた手紙が出てきたのだ。
それは祠堂にいた時に、ギイがくれたあのラブレターだった。
「こんなところあったんだ、懐かしいなぁ」
薄いピンクの封筒に入った手紙。
全部で7通。
 
(そうそう、一週間くれたんだった。ギイってば昔からマメだよなぁ)
 
思わず笑みが漏れる。片付けの手を止めて、懐かしいその手紙を開けてみた。
読めば、祠堂にいた頃が甦る。
幼くて、いろんなことが不安でいっぱいだったあの頃。
大人びて見えていたギイも、本当はぼくと同じように不安だらけだったんだろうな、と今なら分かる。
「あれ?」
最後の手紙は読めなかった英語のラブレター。
あの時は、一生読めないだろうと思っていたけれど、人生というのは不思議なもので、さすがにNYに住むようになってからはそれなりに英語も話せるようにもなったし、読めるようにもなった。
ぼくは、その当時読めなかったギイからのラブレターを、数年たった今、初めて読むことができた。
読み進めるうちに、知らず知らずに涙が溢れてきて、どうしようもなくなった。
「託生ー。一休みしてお茶にしないか?」
リビングにいたギイがのんびりと声をかけてくる。
部屋の真ん中でぺたりと床に座り込んでいたぼくは、涙顔のままギイを振り返った。
「おい、どうした?怪我でもしたか?」
慌ててそばにかけよるギイに、ぼくは首を振った。
そして手にしていた手紙をギイへと差し出す。
ギイはそれが一瞬何か分からなかったようだけれど、もちろんすぐに思い出したようで、
「何だ、そんなのまだ持ってたのか」
と、苦笑混じりに受け取って、中身に目を走らせた。
「ギイ」
「うん?」
「それ、あの時のぼくには絶対読めないと思ってたんだろ?」
「あれ、バレたか」
いたずらっ子のように笑い、ギイはその場に座って、指でぼくの涙を拭った。
ギイがくれた英語のラブレター。それは未来のぼくへのラブレターだった。
あの当時、ギイが二人の将来のことをどんな風に思っているのかが、そこには書かれていた。
ギイはほら、と手紙をぼくに返す。
「そうだよ、この手紙はあの時の託生に宛てたものじゃない。未来のお前にさ、読んで欲しくて書いたんだ。書いてて楽しかったなぁ」
どこか遠い目をして、ギイが言う。
「未来のぼくたちが一緒にいるかどうかさえ分からないっていうのに、こんな手紙書いたの?」
「分かってたよ。オレには、何年先でもお前と一緒にいるって未来が見えていた。絶対にそうするって決めていた。オレは決めたことは実行するよ。知ってるだろ、お前」
得意そうに言うギイに、ぼくはそうだね、とうなづいた。
「そんなに感動した?このラブレター」
「うん」
「そっか。がんばって書いた甲斐があったな。欲しくなったらいつでも言って?オレ、お前にならいくらでもラブレター書けるから」
そう言って、ちゅっと音をさせて唇に口付ける。
さ、コーヒー淹れたから、とギイはくしゃりとぼくの髪をなでて部屋を出て行った。
ぼくはもう一度、流暢な英語で書かれた手の中の手紙を読み返した。
未来のぼくに宛てたラブレター。
最後の一文には、
「未来のオレは、今のオレより託生のことを愛してるって自信を持って言える。」
と書かれていた。
それは、きっとその通りだけど、本当にギイの根拠のない自信には笑ってしまう。
ぼくには見えなかった遠い未来が、あの時のギイには見えていたのだろうか。
ギイのそばにいるぼくが、彼には見えていたのだろうか。
「ギイってば・・・」
ぼくはそっと手紙を封筒に戻した。
ギイがくれた7通の手紙を、ぼくは大切なものを仕舞う引き出しにそっと忍ばせた。
そうして、過去からやってきたラブレターは、ギイがぼくにくれたペットボトルのスノードーム同様に、ぼくの一番の宝物となった。
 






おまけ /Text Top

あとがき

ギイの長期計画って、どれも愛情溢れるものであって欲しいなぁ、という話。おまけは書くつもりなかった話だけど、書いて正解だったかな。