昼休みの教室にやってきた岡本は、ぼくを見つけると手招きした。
そろそろ来るんじゃないかと思っていたので、それほど驚きはしなかったものの、怒られるんだろうなぁという予感に、どうしても気が滅入る。 とりあえず人目につかないところで、ということになり、ぼくたちは音楽室の扉を開けた。 中に入ると、岡本は待ちきれないというように口を開いた。 「葉山、手紙の返事、書いてくれたか?」 「あー、実はまだ・・・」 そう、あれから何とか返事を書こうと頑張ってはいるものの、ぼくはまだそれができずにいた。同室の三洲には呆れられて、最近では話題にさえ上らない。 岡本はぼくの返事に、呆れたような視線を向けた。 「何やってんだよ?何をそんなに悩んでるんだよ?」 「いや悩んでるわけじゃないんだけど・・・」 相手を傷つけない返事なんてありえない、と三洲に指摘されてしまい、ますますぼくは返事の書き方に悩んでしまっていた。 放置してるのは本当に悪いとは思ってるんだ。 でも机に向かうと、逃避思考が働くのか「ほんと、ぼくはこういうことには向かないなぁ」とか「ギイみたいにモテる人って、大変だよなぁ」とか、どうでもいいことばかり思いついて、先に進まないのだ。 そんなはっきりしないぼくの様子に、とうとう岡本が爆弾宣言をした。 「よし、じゃあ、俺がOKって返事しておいてやるよ」 「ええ!ち、違うんだって、ちょっと待って」 ぼくは慌てて声を上げた。 「何だよ?」 「あの、すごく申し訳ないんだけど、ぼく断りの手紙を・・・」 「えええ!!」 ぼくの返事は予想外だったのか、岡本は心底驚いたようで、ありえないというように首を振った。 ぼくがなかなか返事をしないのは、照れているとでも思っていたのだろう。 しかし、これくらいのことで諦めるような岡本でもなかった。 「あのさ、葉山。会ってもないのに断るなんて、だめだって」 「え?」 「だって結ちゃんがどんな子か、知らないだろ?そりゃさ、見知らぬ人から一方的に手紙もらって、困るのも分かるけどさ。だけど、実際に会ってみてから考えても遅くはないだろ?」 「そ、それは、そうかもしれないけど・・」 そうか?そうなのか? だけど断ることに違いはないんだから、早い方がいいんじゃないのかな? 下手に会わない方がいいような気も・・・。 「な、頼むよ」 岡本はぱんっと目の前で両手を合わせた。 「葉山、一回だけ会ってみてくれよ。それでもし葉山が気に入らないっていうなら、俺だってそれ以上無理強いすることはしないよ。ちゃんと断ってくれていいからさ。だけど、会わないのに断るなんて、それは男としてどうかと思うぜ」 岡本も言うことはごもっともで、とても反論できる隙がない。 反論できるとすれば、唯一「付き合っている人がいる」ということなんだろうけど、でもそれは言えない。 かといってこのタイミングで「好きな人がいる」と言うのも嘘臭い。
何しろ女の子と知り合う機会なんてまったくないぼくたちなのだ。 いかにも逃げるための言い訳にしか聞こえないだろう。 第一、その好きな人がギイだとも言えないし。 (背水の陣ってこういう状況を言うのだろうか??)
この危機的状況に、そんなことをぼんやり考えぼくは黙り込んだ。
沈黙は承諾の印だ、と言うのはギイの口癖だけど、どうやら岡本もそう思っている口らしい。 がしっと僕の両肩に手を置くと、 「じゃそういうことで葉山、今度の日曜な。場所は、そうだなぁ、スタバの前にするか。あそこなら間違いようもないし。結ちゃんは葉山のこと知ってるから、あっちから声をかけてもらうようにするな。時間はそうだな、2時でいっか。いきなりランチとかじゃ葉山緊張しそうだしな。お茶くらいなら平気だろ?二人で楽器店でものぞいてさ、バイオリンの話に花でも咲かせろよ」 と一気に言った。 「ちょっと、岡本くん!」 あっという間にデートの予定が立てられていく。 ぼくが口を挟む間なんてまったくない。 「久美に連絡しとくからな!葉山、ドタキャンするなよ!!よろしくな」 最後に釘を刺すことを忘れず、言いたいことだけ言って、岡本は教室へと足早に帰っていく。 「待ってよ、岡本くん!こ、困るよ、ほんとに・・・」 ぼくの言葉なんて届くはずもなく。 一人取り残されてしまったぼくは、ようやくコトの重大さが飲み込めてきて、青くなった。 「どうしよう・・・」 何もかも自分の優柔不断さが招いたこととはいえ、まさかこんな展開が待っていようとは。 ちゃんと返事は書くつもりだったのだ。 ちょっとくらい時間くれたっていいじゃないか! どうしてぼくがこんな目に合わなくちゃならないんだ。 理不尽な仕打ちに、次第に腹が立ってきた。 そして脳裏に浮かぶのは、麗しい恋人のことだ。 ヤキモチ焼きのギイ。
もしこれがギイに知れたら、矢倉の台詞じゃないけど血の雨が降ってもおかしくない。
ラブレターをもらったくらいなら、それほど目くじらを立てることはないだろうけど、付き合うつもりもないのにデートするなんて知れたら、それこそ何を言われるかわかったもんじゃない。 「・・・・・」 しばらくそこで呆然としていたぼくだったが、 「・・しょうがない」 と開き直った。 こうなってしまっては、どうしようもない。ぼくも男だ。 ちゃんと会って、面と向かって断ろう。 やっぱりそれが一番いい。 とりあえず、日曜までの間、ギイにはなるべく会わないようにしなくては。 めちゃくちゃ勘のいいギイのことだから、挙動不審なぼくを見たら、絶対に何かあると思われる。 問い詰められたら、あのギイ相手に隠し通すことなど不可能だ。 何が悲しくて一番大好きな人に会わないようにしなくちゃならないんだろう。 「あーあ」 ぼくはがっくりと肩を落としてため息をついた。 |