7通の手紙 5 

最近、託生の様子がおかしい。
 
朝の食堂はずいぶんと混んでいた。
夕食と違って、みんな同じ時間に食べにくるのだから当然といえば当然だ。
カウンターで朝食セットの乗ったトレイを受け取り、オレはぐるりとあたりを見渡した。
「崎先輩、ここ空いてますよ」
1年生の誰かが手を上げる。
オレが席を探していると思ったのだろう。
確かにこの混み具合では空いてる席を見つけるのも一苦労といったところだが、朝っぱらから1年のくだらない話に付き合うほど暇じゃない。
オレは軽く手を上げてそれを制すると、ようやく見つけた相棒のそばへ歩き出した。
窓際の特等席。
日の当たるこの席で去年はよく3人で朝飯を食べたものだが、3年になってからはなかなかそれもできなくなっていた。
というか、オレが一人抜けてしまったというのが正しい。
託生と章三が二人で食べている光景を、遠くから見ることしか、今のオレにはできない。
 
(自分から選んだこととはいえ、きついよなぁ)
 
章三は姿勢よく一人で食事をしていた。
きちんと制服を着て、まだ寝起きでぼんやりしている連中が多い中、すでに一仕事終えたかのような雰囲気さえ感じられる。
まぁ実際、章三は朝から部屋の掃除をきちんとするヤツだったがな。
1年の頃、毎朝の掃除に付き合わされてうんざりしたものだ。
思わず笑みがこぼれそうになって、咳払いをしてごまかした。
章三はオレに気づくと、珍しいとでもいった風に眉を上げて、前の席を目で示した。
風紀委員の中でも特にこうるさい男の前で食事ができる下級生はそうそういない。
1年曰く、無駄に緊張をしてしまうらしい。
章三と一緒なら、面倒な連中は近づいてこないだろう。ほんとありがたい相棒だ。
トレイを置いて席につくと、とりあえず食事を始めた。
「どうした、今朝は葉山は一緒じゃないぞ」
「分かってるさ。なぁ、託生は元気にしてるのか?」
「いきなりそれか。お前相当きてるな」
呆れたような章三の視線などまったく気にもならない。
そりゃそうだろう。何しろ1週間以上託生に触れていない。
触れていないどころか、ろくに話だってしていない。
限界にもなろうってもんだ。
自分から引いた線だとは分かっているが、さすがに精神的にも肉体的にもきついものがある。
「ここのとこ、まともに会ってないからなぁ、オレ、やっぱり託生なしじゃ3日と持たないってことが良く分かったよ」
「真面目な顔してふざけたこと言うな」
「ふざけてないぞ」
「じゃ気味の悪いこと言うな」
章三が口調がさらにきつくなる。
「何で恋人に会えないことを嘆くのが気味の悪いことなんだ?」
「ギイ、ここをどこだと思ってる。誰かに聞かれたらまずいんじゃないのか?」
「・・・そうでした」
ゼロ番で2人で話しているわけじゃなかった。
朝の食堂で、こんな話をしているのを聞かれたら、また面倒なことになる。
「で、託生は元気なのか?」
章三はしょうがないな、という表情を見せ、少し考えたあと、
「元気といえば元気だな。今はギイのことなんて頭にないんじゃないか?」
と言った。
「何だ、そりゃ」
思わず声が低くなる。
オレのことは頭にない、なんて聞き捨てならない。
章三は食べ終わったトレイを脇へ寄せると、湯飲みを掌で包んだ。
「僕にも何も話さないんで、よくは分からないんだが、葉山のヤツ、何か隠してるっぽいんだよなぁ。いつもぼーっとしてるヤツだが、最近は何かに気を取られてて上の空って感じだな。それとなく探りは入れてみたが、白状しない」
「・・・・それ、チェック組と関係あるのか?」
背後にFグループがあるオレと、何とかコネを作りたいと躍起になっている1年生たち。
そんな連中から託生を守りたくて、わざと距離を置いている。
それでもまだオレと託生が特別な関係じゃないかと疑っているヤツがいて、ここ1週間ほどは意識して託生とは会わないようにしていたというのに。
託生に何かしてみろ、ただじゃおかない。
不穏な顔つきになったオレに、章三は小さく笑う。
「いや、1年たちとは無関係だろ。それっぽい動きは感じてないし」
章三は緊迫感のない口ぶりで言うが、オレはどうにも嫌な胸騒ぎがしてならなかった。
どんな時でも外れることのない勘の良さが嫌になる。
託生は何も言わないから。
どんなに辛いことがあっても、オレに心配かけまいと口を閉ざすだろう。
そんな託生だからこそ、オレは・・・。
「章三、今夜、ゼロ番に・・きてくれよ」
 
託生をつれてきてくれよ。
 
言葉にはしない俺の要求を、章三はきちんと受け取ったようで、軽く肩をすくめた。
「・・・・ま、久々に美味いコーヒーでもご馳走になりに行くかな」
湯飲みのお茶を飲み干すと、章三はさっさと席を立った。
「担任に呼ばれてるんで、先に行く。・・・ギイ」
「うん?」
「ヤツを行きたいのはやまやまだが、もしかしたら嫌がるかもしれないぞ?」
「まさか」
どうして?託生がオレに会いたくないと思ってるってことか?
むっと不機嫌になったオレに、章三が追い討ちをかける。
「何となく、だけどな。葉山、お前のこと避けてるような気がするぜ」
「・・・・っ」
たまに見かける託生の様子がおかしいと感じていたのはそのせいだったのか?
なるべく目を合わせないようにと気をつけていたのはオレの方だけれど、だけど託生も同じようにしていた?
理由がまったく分からない。
 
(オレ、何かしたかな?)
 
そりゃこの1週間、なるべく託生に会わないようにしていたけれど、だけど、その理由は託生も承知してくれている。
理解はしているが納得はしていない?
そりゃそうだよな。共犯者になると言ってくれた託生に甘えているのはオレの方だ。
いつもいつも、オレのせいで託生にいらぬ苦労をさせている。
ぎゅっと心臓を掴まれたような痛みを感じて、オレは唇を噛んだ。
 
(会いたい)
 
今すぐ会って、託生の言葉で、今思っていることをすべて聞きだしたい。
去年までのオレなら今すぐ席を立って、託生を探しに行っていただろう。
だけど今はできない。
 
(何やってんだろうな、オレは・・)
 
こんなところで、じっと我慢することしかできないのか。
嫌になる。
本当に嫌になる。
大切にしたいものはたった一人だけなのに、オレはそれさえできていないじゃないかとこんなときに思い知らされる。
 
(託生・・・会いたいな・・・)
 
その時、後ろに座った連中から、「葉山」という言葉が出たのが聞こえた。






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