「そりゃ怒るさ」
章三はお詫びの品にと持ってきたイチゴ牛乳を飲み干すと、容器をくしゃりと潰して、ゴミ箱へと投げ捨てた。 「葉山の言い分が正しいな。どう考えても」 ばっさりと切り捨てられ、頬杖をついたまま「わかってるさ」と小さくつぶやいた。 朝の食堂で、託生が誰かとデートをすると知り、いてもたってもいられなくなった。 だから、とりあえず本当かどうかを確かめようと思った。 岡本たちの口ぶりから、それが嘘とは思えなかったが、何かの間違いということもある。 何でもちゃんと自分で確かめたことでなければ信用はできない。 そう思って、さっき託生に確認した。 そしたら、あっさりとそれを認めた。 そのまま口論になり、どちらも一歩も引かないまま喧嘩別れとなってしまった。 託生がゼロ番を出て行ってしまうと、オレはどうにも気持ちがおさまらなくてその足で章三を探したのだ。 コーヒー一杯で追い出されたにも関わらず、オレが相当悲壮な顔をしていたのか章三はあっさりと部屋に招きいれてくれた。 さっきまでの託生とのやりとりを章三に打ち明けると、章三は考えるそぶりさえ見せずに、託生の肩を持つ発言をしたのだ。 託生とは小さな喧嘩は今まで何度もしたけれど、解決策も見出せないまま終わらせてしまうことなんてほとんどないことだ。 いつもならオレが妥協案を提案し、託生がそれに同意するというのが多いのだが 今日はオレも妥協案なんて出せなかったし、託生も自分の意見は撤回しなかった。 託生は自分が嫌なことには絶対にうなづかないヤツだったな、と久しぶりに思い知らされてしまった。 「葉山はああ見えて頑固なヤツだからなぁ、ま、ギイ、お前も相当頑固だから、いいコンビだよ」 章三は楽しそうに笑う。 「頑固とかそういうことじゃないだろ」 「じゃ、ギイの考え方の方がクールすぎるんだろ、葉山にしてみれば」 「どこが?一面識もない相手からのラブレターなんて興味もないし、欲しいとも思わない。だいたい好きな相手がいるっていうのに、わざわざ断りの返事をするために時間を割く必要があるんだ?オレには理解できないね」 「まぁ、な。だが葉山にしてみればそれが重要なことなんだろ」 「重要?」 「自分にとって何が重要なことなのかは、その人によって違うものだろ。葉山もお前の言っていることは理解できてるんだろうけど、それでも譲れないことが、葉山の中にはあるんだろうさ」 「何だよ、その重要なことって」 オレが聞くと、章三は知るかよ、と言い捨てた。 自分というれっきとした恋人がいながら、どうして他の誰かとデートをするのかオレにはどうしても理解できない。 託生はちゃんと断るために会うのだと言ったけれど、いったいどうしてそんな考えが思いつくのだろうか。 「オレ、愛されてないのかな」 「はぁ?」 思わず漏らした台詞に、章三は爆笑した。 「笑うなよ、章三」 「笑わせるなよ、ギイ」 笑いすぎて溢れた涙を拭う章三に、情けないと思いつつもオレは弱音を吐いてしまう。 だってな、章三。 相手は女の子だぞ。普通はやっぱり女の子の方がいいって思うだろ? 託生がいつかそう言ったら、オレはどうすることもできないだろ? 「託生がちゃんとオレのことを好きでいてくれてるっていうのは、もちろん分かってるさ。だけど、託生がラブレターを受け取って、その子に会いに行くなんて、オレはやっぱり嫌なんだよ」 「それ、ちゃんと葉山に言ったのか?」 「え?」 「お前、動揺しまくりで、話をろくに聞きもしないで、葉山のこと責めてばかりいたんじゃないのか?お前のしていることはおかしいとか、理解できないとか、そんなことをいくら言ったところで、葉山の中でそれが正しいと思っているんなら、絶対にあいつは折れてこないぜ。そうじゃなくて、ギイがそのことで傷ついているんだって、お前が何とも思っていない相手であっても、二人で会うのは嫌なんだって、正直に言った方が効果はあったんじゃないかと、僕は思うけどね」 オレは章三の言葉にぽかんとしてしまった。 「もちろん、だからって葉山はデートに行かないとは言わないだろうけどさ、だけどギイが何を考えているのかは、正しく理解してくれたと思うぜ。今のままじゃ誤解されたままになっちまうんじゃないのか?」 「ああ・・・そう、だな・・」 それはすごく当たり前のことなのに、どうして思いつかなかったのだろう。 ああだこうだと託生に文句ばかり言っていたのは、結局そういうことだ。 オレが嫌なんだ。 託生がオレ以外の誰かとデートするのは嫌なんだ。 ただそれだけのことだ。 どうしてそんな簡単なことが言えなかったのだろうか。 (つまらないプライドか?)
そんなもの、託生に使ってどうするんだ?
託生は違うのに。 どんなに情けない自分を見せてもいい相手なのに。 章三相手になら愚痴を零せるのに、託生に言えないのは、たぶん、オレが託生のことを好きすぎるせいなんだろうな。 好きな相手にはいつでもカッコつけたいもんだよな、男ってのは。 だけどそれで喧嘩していては意味がない。 もやもやとしていた気持ちがストンと落ち着くところに落ち着いた気がして、オレは一つ息をついた。 「おかしな話聞かせて悪かったな、章三」 「まったくだ」 「これも貸し一つにしておいてくれ」 「当然だ」 やっぱり章三は最高の相棒だ。 いつもいざという時にオレの目を覚まさせてくれる。 情け容赦なくオレに意見してくれる人間なんて数えるほどしかいない。 それが友達ともなればなおさらだ。 「ありがとな」 「早く仲直りしろよ、僕はお前たちの悩み相談室じゃないんだからな」 照れ隠しのつもりか、章三はわざとそっけなく言い捨てた。 (仲直りか・・・)
今すぐ託生に会いに行くべきか、とも思ったが、今はまだ託生も気が昂ぶっているだろうし、オレだってもっとちゃんと考えをまとめたい。
(デートは明日だったな)
今さらデートはやめてくれといったところで、託生は首を縦には振らないだろう。
「どうしたものかな・・」
オレは居心地のいい相棒の部屋で、深々と一つため息をついた。
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