7通の手紙 9 

「ありがとうございました。大切にします。一生懸命練習しなくちゃ」
結ちゃんは受け取った楽譜を大切そうに胸に抱きかかえた。
楽譜はもちろんぼくから結ちゃんへのプレゼントとなった。
2人でいたのはほんの2時間ほどだったけれど、不思議とぼくは初対面の人と過ごす居心地の悪さを感じることはなかった。
岡本の言うとおり、結ちゃんはとても素敵な子で、どこか懐かしい感じがした。
例えて言うなら、小学生の頃にクラスの女の子と一緒に遊んでいるようなそんな不思議な感じ。
女の子からの告白を断ると、そういう時って、もっと険悪・・というか気まずいムードになるかと思っていたのだ。
でもそんなことは全然なくて。
まるで結ちゃんは最初からそんなことは分かっていたような態度で、ぼくと和やかに話をしてくれたのだ。
電車で帰るという結ちゃんを駅の改札まで送ると、彼女はちょっと迷った感じを見せたあとに言った。
「あの、岡本くんのことなんですけど・・」
「え?」
「実は私、父の仕事の関係で北海道に行くことになったんです」
「北海道?」
びっくりして聞き返すと、結ちゃんはにっこりと笑った。
「私、最初は葉山さんに打ち明けるつもりはなかったんだけど、ほら、勝手に好きになっただけだし。でもね、引っ越すことを知った岡本くんがそんなのだめだ、って。もう二度と会えないかもしれないんだから、後悔しないように自分の気持ちは伝えなきゃだめだって。断られるの分かってるのに、そんなのできないって岡本くんには言ったんだけど、彼、まるで自分のことのように一生懸命考えてくれて、私、断れなくなっちゃったんです」
「そうなんだ」
あそこまで強引にコトを進める岡本に困惑していたぼくだけど、そういうことだったのか。
自分の恋人の親友のことに、そこまで一生懸命になれる岡本はすごい。
強引な自分のことを疎ましく思われるかもしれないのに、そんなことちっとも口にしないで、僕を結ちゃんにあわせることに成功したのだから。
「だから、岡本くんのこと怒らないでくださいね。私、今日葉山さんに会えたらそれだけはちゃんと言って、誤解されないようにしないとって・・・」
「大丈夫だよ。怒ったりしないし」
「良かった。あの、今日はありがとうございました。手紙、無視されても仕方ないって思ってたし、手紙の返事で断られても仕方ないって思ってたのに、ちゃんと会いにきてくれて嬉しかった」
「ごめんね」
「ううん、ほんとに嬉しかったから」
結ちゃんは時計を確認すると、時間だからと言って手を振って改札を入っていった。
最後に見せた結ちゃんの笑顔はとても可愛いものだった。
 
嬉しかったから
 
そんな風に笑顔で言える結ちゃんはすごい。
もしぼくなら、あんな風に嬉しかった、と笑顔で言えるだろうか。
 
(後悔しないように、自分の気持ちは伝えなきゃだめだ)
 
岡本が結ちゃんに言ったという言葉。結ちゃんはちゃんと伝えられたから、だからあんな綺麗に笑えたのだ。傷つけないように、なんて思い上がった考えだ。要は想いを伝える本人が、どこまで悔いのないように伝えられるか。ただそれだけだ。
ぼくもちゃんと伝えなくては。ギイに、自分の気持ちを。
一つため息をついて、寮へ戻るべくバス停へ向かおうとした時、目の前に立つギイと目があった。






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