ラヴリーベイベー



朝早くに悪いなと思いつつも、ぼくは祈るような気持ちで章三が電話に出てくれるのを待った。
数回のコールのあとラインが繋がると、ぼくは朝の挨拶もそこそこに
「助けて、赤池くん!!」
と叫んでしまった。
一瞬の沈黙のあと、
『まずはおはよう、葉山』
と章三が静かに言った。
『昨日はいろいろ世話になったな』
昨日はみんなでうちで食事会をして、久しぶりに楽しい時間を一緒に過ごした。
「うん、いやそんなことはいいんだよ。あのさ、赤池くん、奈美子ちゃんいるかな?」
『奈美?まだ寝てるけど?』
「あああ、そっか、そうだよね」
時計を見ると、まだ朝の五時だ。そりゃあ寝てるよね。当然だ。だけどだけど。
「あの、ごめん、こんな早い時間に本当にごめん。実は赤ちゃんができたんだよ」
『・・・・・』
「気づいたら横に寝てて、もうどうしたらいいか分からなくて。今すごく泣いてるんだよ。で、どうしたらいいか分からなくて、奈美子ちゃんなら何とかしてくれるんじゃないかって」
『・・・・・』
「赤ちゃんだよ?ギイは可愛い可愛いって全然気にしてないんだけど、でも問題だよね?だってさ、赤ちゃんだよ?ギイの子には間違いないんだけど・・・えっと、うん、すごく可愛いんだよ。ギイにそっくりで、もうきらきらしてて・・・」
『葉山・・・』
「浮気じゃないってことはさ、信じてるからいいんだよ。だけどどう考えてもぼくの子じゃないだろ?だよね?じゃあいったいどうなってるんだろう??」
ぼくが一気に言い切ると、受話器越しに章三のため息が聞こえた。
『葉山、お前、寝ぼけて朝っぱらからおかしな電話をしてくるな、切るぞ』
「わー、待って待って、お願い切らないで!!」
『切るぞ』
「一生のお願い!!奈美子ちゃんと代わって!!赤池くん、ぼくのことを見捨てるつもりかい!?」
ぼくの声がよほど切羽詰ったものだったのか、章三は仕方ないなとつぶやいて、
『奈美、電話』
と言って、ようやく救世主様と電話を代わってくれた。
「奈美子ちゃーん!!!!」
『おはよう、葉山さん、どうしたの?』
聞こえてきた優しい声に、ぼくは今度こそできるだけ順序立てて、いきなり現われた赤ちゃんについて説明をした。
誰が聞いても笑い飛ばすであろう突拍子もない話を、奈美子ちゃんはうんうんと聞いてくれて、微かに聞こえてくる赤ちゃんの泣き声で、ぼくの言うことが嘘じゃないと思ってくれたようだった。
『分かったわ、すぐに行くから』
と返事をもらって、ぼくは肩の力が抜けた。
良かった。とりあえず良かった。
ギイに抱かれている赤ちゃんはまだ泣いていて、見ていて可哀想になってくる。
泣くのだって力がいるものだし、全身で何かを訴えようとしているけれど、ぼくにはさっぱり分からない。
「お腹空いてるのかなぁ。ギイの子だったら食いしん坊だろうし」
「何だそりゃ」
「おしめかな」
「匂いはしないけどな」
ギイはよしよしとぐずる赤ちゃんの背を撫でる。
ぼくたちは慣れない手つきで赤ちゃんをあやしながら、奈美子ちゃんが来るまでの約一時間をただただ待つしかできなかった。



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あとがき

最後の託生くんの叫びはルパン風に。