一時間後、奈美子ちゃんは両手いっぱいの赤ちゃんグッズを持ってきてくれた。 彼女の後ろにはどこか憮然とした表情でわが子を抱く章三。 「ありがとう奈美子ちゃん、待ってたよ!!!」 「葉山さんってば、電話の声が悲壮だったからびっくりしちゃった」 くすくすと笑う奈美子ちゃんをリビングへと促す。中には今までずっと赤ちゃんをあやし続けて疲労困憊したギイがいた。 「わ、ほんとに赤ちゃんがいる」 ギイの腕の中で泣きつかれてぐったりとしている赤ちゃんを見て、奈美子ちゃんは「可愛い〜」とハートマークをいっぱい飛ばしてくれた。 涙でぐじゅぐじゅになってさえ、ギイによく似た赤ちゃんは可愛くて、本当に見ているだけで癒される。 「ずっと泣きっぱなしだったんだ」 さすがのギイも一時間も泣かれては精根尽きてしまったようで、奈美子ちゃんが赤ちゃんを受け取ってくれると、倒れこむようにしてソファに沈み込んだ。 「んー、どうしちゃったのかなぁ、おしめかなぁ」 言いながら、奈美子ちゃんが赤ちゃんのお尻を確認する。 「やっぱりおしめが濡れてるみたい。あときっとお腹も空いてるんだと思うな。それで目が覚めたんじゃないかしら」 「やっぱり!ギイってば匂いはしないなんて言うから」 「本当にしなかったぞ」 言い争うぼくたちに奈美子ちゃんが苦笑する。 「赤ちゃんだからそんなに匂いはしないけど、ほら、お尻が重くなってるでしょ?」 言われて触ってみれば確かにずっしりと重い。 「さぁ、綺麗になりましょうねぇ。あ、章三くん、ミルクの用意してあげて」 「はいはい」 どこからどう突っ込めばいいのか分からない様子の章三は、ギイの膝の上に抱いていた赤ちゃんを置くと、持参した鞄の中からミルクの準備を一式を手にする。 「んー、男の子?女の子?」 「え、えーっと、どっちかな」 いきなりやってきた赤ちゃんの性別すら知らないぼくたちに、章三があり得ないと渋い顔をする。 慣れた手つきで身につけていた衣服を脱がして、奈美子ちゃんは持ってきてくれたオムツを引き寄せた。 「あ、男の子だね。うちと一緒」 言われて思わず確認してしまう。なるほど、確かに男の子だ。 「崎さんに似て、男前くんね。大人になったら崎さんみたいになるのかしら」 にこにこと笑いながら言う奈美子ちゃんはすでに母親の貫禄十分だ。 「確かに似てるな。というか、間違いなくギイの子だな」 後ろで様子を見ていた章三が大きくうなづく。 二人の言葉にぼくは言いようのない不安な気持ちになった。 そうだよね。誰がどう見てもこの子はギイの子だ。 可愛いって思うのに、どうにももやもやとした気持ちを押さえられない。 だって、どうしたって子供なんてできるはずないのだ。だけどこの子は間違いなくギイの子で・・・。 「はい。綺麗になりましたー。お腹空いたよねー。ちょっと待ってねー」 奈美子ちゃんがすっきりした表情の赤ちゃんを抱き上げて、よしよしと頭を撫でる。 章三が用意してくれたミルクをギイが手にして、恐々といった様子で赤ちゃんの口元へ運ぶと、赤ちゃんは見事な吸い付きっぷりでごくごくとミルクを飲み干した。 「やっぱりギイの子だな」 「どういう意味だ」 感心したように笑う章三をギイが睨む。 うん。ギイの子だ。だって、顔もそっくりで、この思い切りのいい飲みっぷりだってギイそっくりだ。 だけど、ぼくの子じゃない。 奈美子ちゃんから赤ちゃんを受け取って、やけに嬉しそうにミルクをあげているギイを見ていると、だんだんと腹が立ってきた。 何だよ。自分ばっかりそんな可愛い赤ちゃん作っちゃって。 幸せそうな顔で赤ちゃんを見つめるギイを見てたら、急に泣きたいような気持ちになって、ぼくは気づかれないようにその場を離れた。 5へ |