ラヴリーベイベー



おしめを換えてもらってすっきりして、お腹もいっぱいになった赤ちゃんは、今は奈美子ちゃんに抱かれて、大人しくしていた。
「で、どこの女に産ませた?」
章三の固い声に、ギイがむっと眉根を寄せる。
「産ませるわけないだろ。これはオレと託生の子だ」
「ありえないだろ」
「そうかもしれんが、実際ここにいるんだからしょうがないだろ」
「しょうがないだろってお前・・・」
ぼくはキッチンに立って、4人分の朝食(といってもトーストとコーヒーだけ)の用意をしていた。
そうだよ、章三の言う通りありえないだろ、と胸の中で毒づく。
赤ちゃんが可愛いから余計に切なくなる。
あんなに可愛い赤ちゃん見たことない。
だけど・・・
「お前な、少しは葉山の気持ちも考えろっ、いきなり子供なんて連れてこられたらショックだろうが!」
「だからこれはオレと託生の子供に決まってるだろっ!オレは託生以外の誰かと子供ができるようなことはしてないっ」
「んぎゃーーーーーーーっ」
ギイと章三が争う声に反応して、赤ちゃんが再びふぎゃーと泣き出した。
あまりの大声に、ギイも章三もぎょっとして振り変える。
「ちょっと、二人とも赤ちゃんが驚くでしょ、静かにしてっ」
奈美子ちゃんが男二人にぴしゃりと怒鳴る。ギイも章三も気まずそうに口を閉ざした。
「ほらほら泣かないで」
よしよしと奈美子ちゃんが赤ちゃんをあやす。
けれど赤ちゃんは一向に泣きやむ気配がない。
そんな様子を横目で見つつ、ぼくはテーブルに朝食を並べた。
「みんなお腹空いただろ?簡単なものしかないけど食べて」
「葉山、お前、これでいいのか?何とも思わないのか?」
章三が何故か怒った顔をしてぼくに詰め寄る。
「いいのか、って言われても・・・・」
いいわけないだろ。とは言えない。
ギイはぼくとの子供だなんていい張るけれど、そんなのギイが言ってるだけじゃないか。
「・・・・ぼくの子じゃないし」
思わずぽつりと思いが零れた。
小さなつぶやきに、その場にいた3人がぱっと顔を向けた。
痛いほどの視線を感じて、ぼくはそれまで我慢していた何かが溢れ出た。
「ギイの赤ちゃんだけど、ぼくの子じゃないだろ。めちゃくちゃ可愛いし、ぼくの子だったらどんなにいいだろうって・・そりゃ思うけど・・・でも・・・どうしたってぼくの子じゃないじゃないかっ」
「託生」
ギイが慌ててぼくへと駆け寄って、抱き寄せようと腕を伸ばす。もちろん章三や奈美子ちゃんがいるのだから、その腕はきっぱりと振り払う。
「ギイのばかっ」
「託生・・・」
「ばかっ」
浮気なんてするはずないって分かってる。そんなことは絶対にない。でも赤ちゃんはここにいる。すごく可愛いのにぼくの子ではなくて。もういろんなことが分からなくてぼくは混乱してしまって、どうしたらいいか分からなくなってしまっていた。
赤ちゃんはそんな緊迫した空気を敏感い感じ取っているのか、ぐずぐずと泣き続け、奈美子ちゃんがいくらあやしてもほろほろと涙を流し続ける。
「あー、あー、・・・っん、んっ・・・」
言葉にできないから泣くしかなくて。赤ちゃんは顔を真っ赤にして何かを訴え続ける。
ギイが見かねて奈美子ちゃんが赤ちゃんを受け取った。
すると赤ちゃんはくすんくすんとほんの少し泣き止んだ。ギイはぽんぽんと赤ちゃんの背を叩くと、ほら、とぼくへと赤ちゃんを差し向ける。抱いてみろという顔でぼくを見るギイ。
ぼくはぶんぶんと顔を振った。
今は抱きたくない。
「ほら、託生」
なおもギイが赤ちゃんを抱かせようとしてくる。
赤ちゃんが涙でぐっしょりと濡れた目でぼくを見つめ、あーあーと声を上げる。
仕方なく、ぼくはギイから赤ちゃんを受け取った。
小さくて柔らかくて、甘いミルクの匂いがする。
ちょっとでも力を入れたら壊れてしまいそうな気がして怖くなる。
赤ちゃんは真っ直ぐにぼくを見つめていたかと思うと、次の瞬間には、きゃっきゃと笑った。
ぎゅーっとぼくのシャツの胸元を握り締めて、何が嬉しいのか、さっきまで泣いていたのが嘘のように、これ以上ない笑顔を見せてくれた。
「ほらな。託生が抱くと安心して泣き止んだ」
ギイが赤ちゃんの頬をつつく。
「奈美子ちゃんの時は泣いたままだった、オレが抱いたら泣きやんだ、託生が抱いたら笑った」
「・・・・」
「どこからどうやってやってきた赤ちゃんか分からないけどさ、オレにそっくりで、託生にだけ笑う子なんて、オレたちの赤ちゃん以外にどこにいる?」
ぼくはギイの言葉を聞きながら、腕の中で幸せそうな笑みを浮かべる赤ちゃんをじっと見つめた。
それまでの不安気な様子が一転して、今は安心しきったようにぼくの胸に顔を押し付けてくる。
胸の奥がくすぐったい気持ちでいっぱいになった。
「こいつはオレと託生の子」
ギイの言葉に素直にうなづけた。
「託生がどうしても気になるっていうならDNA鑑定したっていいけどな、絶対にオレとお前の遺伝子しか出てこないって断言できるぜ」
「そんなことしなくていい」
こんな小さな子に、そんなことさせたくない。
ぼくは抱きしめた赤ちゃんの額にちゅっとキスをした。
赤ちゃんは嬉しそうに手足をばたつかせる。
「よろしくね、ぼくたちの赤ちゃん」
どこからどうやってきたかなんてどうでもいいって思った。
小さな命が腕の中にあって、ぼくのことを求めている。
ギイにそっくりな赤ちゃんは、ぺたりとぼくの胸にほっぺたをくっつけたまま、いつの間にかすやすやと寝息を立てていた。



6へ

BACK

あとがき

どこから来たのか本当にどうでもいいのか!?