ラヴリーベイベー



赤ちゃんの扱い方をあれこれと指南してくれた奈美子ちゃんと章三はほどなくして帰っていった。
買い揃えなくてはいけないものをきちんとメモにしてくれた奈美子ちゃんには、本当にいくら感謝してもしきれないくらいだ。
赤ちゃんは温かな毛布に包まれて、今はぐっすりと眠っている。
「まさか子供ができるなんて夢にも思わなかったなぁ」
ぼくはベッドに両肘をついて、飽くことなく赤ちゃんの寝顔を眺めていた。
薄茶の髪はふわふわで、肌は白くて、睫はびっしりと長く濃い。薄いピンク色の頬はマシュマロのように柔らかい。むにゅむにゅと時折動く唇は愛らしくて、何だかもうぎゅうぎゅうと抱きしめたくなるのだ。
さすがギイの遺伝子。
これはもうこの世のものとは思えないほどの可愛らしさだ。
「託生、そんなに眺めてたって寝てるだけだぞ」
「そうだけど」
「それよりも買い物しなきゃな。車で行かなきゃ無理だな、こりゃ」
さっきまでデレデレの顔をしていたギイは、一転して現実的なことを考え始めていて、これからやらなくてはいけないことをあれこれと整理し始めていた。
「可愛いなぁ」
「託生」
「何でこんなに可愛いのかなぁ」
「・・・託生」
ギイがほらほらとぼくの腕を引く。何だよー、まだ見てたいのに。
渋々ぼくは寝室を出ると、ギイが入れてくれたコーヒーを手にして二人してソファに座った。
「さーて、これから忙しくなるな」
「うーん、赤ちゃんてどうやって育てればいいんだろう」
「まぁ奈美子ちゃんがいい先生になってくれるだろうけどな」
「でも奈美子ちゃんだって新米ママさんだよ?」
ぼくが言うとギイはそうだよな、とうなづく。
「でもまぁ章三だって父親やってんだから、オレたちにできないはずがない」
「うう、自信ないな」
だいたいペットですら育てたことなんてないのだ。赤ちゃんはペットじゃない。ちゃんとした人間を、きちんとした子に育てるなんて、ぼくにできるだろうか。
明日本屋さんへ行って、子育て本を買ってこなくちゃ。
「そんなに心配することないって。何とかなるからさ」
「ギイのその自信はどっからくるんだろうね」
「だって、オレと託生の子だから、ちゃんとした子に決まってる」
そうかなぁ。ギイのいいとこを受け継いでいてくれたらいいけど、ぼくの悪いとこばかり似てたら、大変なことになりそうだ。
「それにしてもどこからやってきたんだろうね、赤ちゃん」
「うーん、考えたんだけどさ」
ギイがぼくの肩に腕を回す。
「昨日、章三たちが遊びにきてただろ?」
「うん」
「で、オレたちさんざんあいつの赤ちゃんを可愛がりまくってた」
「うん」
「オレ、あの時さ、ちょっとだけ思ったんだよな。オレたちにも赤ちゃんいたらいいのになーって」
ああ、うん、そうだね。そんな顔してたよ、ギイ。
だけど、そんなことどう考えても無理だから、だから口にはしなかった。
言えば、ぼくが辛い気持ちになると思ったんだろう?
言えば、自分も辛い気持ちになると思ったんだろう?
だけど、ギイ。
「ぼくも、そう思ったよ、本当は」
実際に育てることなんて想定はしていなかったから、単純に、ギイの赤ちゃんだったら可愛いだろうなぁなんて軽い気持ちではあったけど、だけどお互い以外に愛すべき存在があるっていうのはいいなって素直にそう思ったんだ。
章三と奈美子ちゃんが愛しげにわが子を見る目が優しすぎて、ちょっと羨ましくなったんだ。
「うん、オレたちがそんな風に思ってさ、神様がプレゼントしてくれたのかなって、それくらいしか考えられなくて困ってる」
「困ってる?」
「現実的じゃないからな」
「でもちゃんといる」
「そう。オレたちが欲しいなって、同じように思ったから、イブの夜だったから、その夜にエッチしたから・・・って殴るなよっ」
思わずぼくはギイの鳩尾に一発を入れた。
まったくそういうことを口にするなって何回言えば分かるんだろう。
「まぁどうせ何を理由にしたってさ、ありないことではあるけど、だけど・・・」
「だけど?」
「すっごく嬉しい」
これ以上ないくらいの笑顔でギイが言うから。
つられてぼくも笑ってしまう。
抱き寄せられて、キスされて、ふわふわとした幸福感に酔ってしまう。
「さて、これから大変だな」
「うん」
でも大丈夫だって思えるのはギイだから。
ギイがいてくれたら、ぼくはどんなことでもきっと乗り越えていけるって思えるんだ。
ぼくたちがそんなちょっとしんみりとした気持ちでいると、そんな雰囲気を一気に壊してしまうすごい泣き声が寝室から聞こえてきた。
「・・・・・これからいいムードになったら、あの泣き声に邪魔されるのか」
「はは、しばらくは赤ちゃん優先だね」
「しょうがないな」
やれやれとギイがため息をつく。
こうして突然やってきた赤ちゃんを、ぼくたちは育てることになったのだ。


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あとがき

名前、どうすっかなー