ラヴリーベイベー




赤ちゃんの名前は悠人。
「はると」と読むので、ぼくたちはいつもハルと呼んでいる。
ハルは病気一つしない元気な子で、本当「すくすく」という表現がぴったりなくらい順調に成長してくれた。
外見はギイそっくりだったけれど、どうやら頭の中身も似ているようで、言葉もすぐに覚えたし、一度教えたことはちゃんと守ってくれるので、本当に世話が楽な子だった。
「そういうとこ、託生に似たんだろうなぁ」
とギイはしみじみと言う。
「だって、オレなら駄目って言われたら余計にやりたくなるし」
「でもギイって小さい時は引っ込み思案だったって言わなかったっけ?」
「あー、そうだな。確かにそんな時もあった」
「今のギイからは想像もできないけど」
ぼくが言うとギイはうーんと低く唸った。
「ハル遅いな」
今夜は絵利子ちゃんがハルを遊園地に連れて行ってくれている。
たまには二人でゆっくりしたら?と気遣ってくれているの半分、可愛い可愛い甥っこと遊びたいのが半分というところだろうか。ハルも絵利子ちゃんにはすごく懐いているので、安心して預けることができる。
そのおかげで今日はギイと二人きりでゆっくりと食事ができた。
ハルがいるとそりゃもう食卓は戦場のような有様で、静かに食事なんてできないのだ。
「やっぱりあれかな、女の人に憧れるのかな」
「うん?」
ぼくたちは夕食を終えて、いただきもののワインをちびちびと飲んでいた。
「周りの友達にはみんなお母さんがいるけど、うちは男ばっかだし、ハルは頭のいい優しい子だからそういうの、何も言わないけど、やっぱり気になってるのかなぁ。女の人とはどうしたって違うしさ。絵利子ちゃんに懐いてるのもやっぱりそういうことなのかなぁって」
「んー、まぁそれはしょうがないだろ。いくら母親と同じことをハルにしてやっても、女性と同じようにはできないし。それを求められてもどうしようもない」
ギイはいっそ冷たく聞こえるほどにあっさりと言い切った。
うん、まぁそれは分かってるんだけどさ。
これからももっと大きくなって、お母さんがいるのが普通のことで、自分はそうじゃないって分かったら、ハルはいったいどう思うのかなってちょっと不安になる。
「大丈夫だよ」
「また出た。ギイの大丈夫だよ」
「けど、ほんとに大丈夫だろ?」
そりゃまぁ今までだってギイが大丈夫って言ったことで大丈夫じゃなかったことはないけどさ。
だけど、今回ばかりはどうなのかなぁ。
「あんまり心配ばかりしてるとハゲるぞ」
「え、それは困る」
「じゃあんまり考えるな」
そんな答えの出ない話を続けていると、ピンポーンとチャイムが鳴って、絵利子ちゃんとハルが帰ってきた。
「おかえり、ハル」
「ただいまー」
ばたばたと走り寄って、ハルはぼくの足元に抱きついた。
「遊園地楽しかった?」
「うん。楽しかった」
見上げて笑う顔は、ほんとギイそっくりだ。赤ちゃんの頃は女の子みたいに可愛かったけど、今はほんのちょっと赤ちゃん顔から脱出して、綺麗な顔立ちになってきた。
将来はギイよりも男前になるんじゃないかなぁなんて思うのは親ばかだろうか。
遊園地でのことをあれこれと必死になって話そうとするハルの頭をギイがぽんと叩いた。
「ハル、風呂入るか?」
「入る。でも託生と一緒がいい」
ハルはぼくのことを託生と呼び、ギイのことはギイと呼ぶ。
まさかどちらのこともお父さんだなんて呼ばせるわけにもいかないし、どっちかがお母さんと呼ばれるのも遠慮したかった。二人でさんざん考えたあと、名前で呼ばせようということになったのだ。
「託生と入りたい」
「だーめ。託生はまだやることあるから、今夜はオレと入ること」
「んー、じゃあ寝るのは託生と一緒でいい?」
「それも駄目。もう一人で寝られるだろ?託生はオレと寝るの」
「ずるいよ、ギイ」
「ずるくない。ほら、さっさとパジャマとってこい」
ぺしんとお尻を叩いて、ハルを追いやる。絵利子ちゃんはそんな二人のやりとりにやれやれとため息を漏らした。
「相変わらずギイは託生さんが一番なのね。ハルのこと可愛くないの?」
「可愛いよ。けど、それとこれとは問題が別。託生はオレのもの」
「あのね、子供と張り合ってどうするのよ」
呆れる絵利子ちゃんに、ゆっくりしていけと言い残して、ギイは鼻歌混じりにリビングを出て行った。
ぼくはお疲れさまでした、と買っておいたケーキとコーヒーを絵利子ちゃんに差し出した。
「わ、ありがと。さすが託生さん」
「今日はありがとう。ハルも楽しかったみたいだし、大変だっただろ?」
「ううん。ハルはすっごくいい子だし、我侭言わないから拍子抜けしちゃうくらい。何だか大人びたとこあるから、もっと甘えてくれてもいいのにな」
「絵利子ちゃん、ハルって普通の子とは違う?」
「どうして?」
だって、普通の家庭環境とはちょっと違うと思うから。ぼくはハルが周りとは違うことで傷ついたら、悩んだりしないかが心配で、自分でもどうかしてると思うくらいに不安になるのだ。
絵利子ちゃんは大丈夫よ、と笑った。
「ねぇ、託生さんが言う普通っていうのは、お母さんがいてお父さんがいて、っていう家庭のことを言ってるんだろうけど、でもね、どちらか一人しかいない家庭だってたくさんあるし、どういうのが普通かなんて誰にも決められないんじゃないかな」
「ああ・・・うん」
「両親がそろっていても、愛情を与えられない子供だっている」
その言葉に、ぼくは胸の奥がつきんと痛んだ。自分の小さい頃を思い出して、確かに親が揃っていればいいというものでもないと思いなおす。
「ハルはギイからも託生さんからもいっぱい愛情をもらってるもん、何も心配することない。もしハルが他の子とは違うとすれば、そういう家庭環境をすんなりと受け入れられるって所かもしれないけど」
「・・・・うん」
「ギイはあんな感じだし、託生さんはうんとハルのこと甘やかしてあげたらいいんじゃないかな。ハル、託生さんのこと大好きだから」
しばらく遊園地での出来事をあれこれ聞いて、泊まっていけば?と言ったのだけれど、絵利子ちゃんは明日も約束があるからと言って帰っていった。
風呂から上がってきたハルは絵利子ちゃんが帰ってしまって少しがっかりしたようだったけれど、すぐに今日の楽しかったことを報告してくれた。
興奮冷めやらぬ感じではあったけれど、ぼくはハルを寝かせるために子供部屋へと向かった。
日本と違ってアメリカでは小さい頃から寝るのは一人だ。ハルもそうしてるのだけれど、いつも眠るまでそばにいて、と言ってぼくの手を離そうとはしない。
「ねぇ、託生」
「うん?」
「ギイのこと好き?」
いきなりの質問に、ぼくはまじまじとハルを見つめてしまった。
「ギイがね、託生はギイのこと好きじゃないかもしれないって言ってたんだ」
はい?何だそれは。
子供相手にいったい何を言ったんだ!!!あとでギイに説教だ、と心に決めた。
「そんなことないよ。ぼくはギイのことが大好きだよ。ハルと同じくらいに好きだよ?」
「・・・・だけど」
「うん?」
「じゃあどうして、赤ちゃんができないの?」
「はい???」
ハルはつぶらな瞳で必死にぼくへと訴える。
「ぼく、弟が欲しい。さっきギイにそう言ったら、『託生がもっとオレのこと好きになってくれたらできるかもしれないけどなぁ』って」
ギイのやつ〜!!!
「ねぇ託生、もっとギイのこと好きになって、赤ちゃん作ってよ」
作ってよって、言われても!!!
そんな簡単にできたら苦労はない。
「弟がいたらもっといっぱい遊べるのにな」
「うーん。そ、そうだなぁ」
「ギイのことうんと好きになって、託生」
いや、もうけっこう好きなんですけどね。これ以上?
「だけどね、ハル、それだけじゃあ赤ちゃんはやってこないんじゃないかなぁ」
「どうして?」
むむ、これはどうすればいいのだろうか。それでなくてもこの手の説明は難しいのに。
「えっと、ぼくがギイのことをもっと好きになっても、か、神様がいいよって言わないとだめなんだよ」
「神様が?」
「そ、そうそう、神様」
ハルは何かを考えているようだった。頭のいい子だし、こんなおとぎ話、素直に信じてくれるだろうか。
そんなぼくの心配とは裏腹に、ハルはぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、ぼくが神様にお願いする」
「え?」
「赤ちゃんくださいってお願いする。だから託生、ギイのことうんと好きになって?」
「う・・・うん」
「そしたら赤ちゃん来るよね」
それはどうだろう!?
そんなお願いごと、神様だって困るに違いない!
「約束だよ、託生」
わ、わかりました。
ぼくはこれ以上ここにいてはますます墓穴を掘ると思い、ハルの額にキスをして子供部屋を逃げ去った。
もちろんそのあとはギイの元へまっしぐらである!




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あとがき

こういう場合、やはりピンクのカリフラワーが育ったらねーなんて言うべきか。