ラヴリーベイベー




ギイはこうなることが分かっていたのか、めずらしくさっさとベッドの中へと潜り込んでいた。
ぼくは勢い良く寝室の扉を閉めると、どかどかとベッドへと近づいた。
「ギイっ!!」
「・・・・・」
「ギイってば!!起きてるんだろっ!」
「・・・・・」
ぼくは頭まですっぽりと被っている上掛けを剥ぎ取った。
「おい、何するんだよ」
「何するんだよ、じゃないよ!ハルにおかしなこと言っただろ!」
「おかしなことって?」
「赤ちゃん!!ぼくがギイのことを好きじゃないからできないんだ、なんて」
よくもまぁそんな大嘘言えたものだ。
いや、本当にそんなことを思ってるのだとしたら心外だ。
「そんなこと言ってないって」
ギイはのろのろと起き上がると、乱れた髪をかき上げて、ぼくを見た。
「風呂入ってる時に、ハルが弟が欲しいなんて言いだして、どうしたら赤ちゃんできるんだって聞いてきたからさ」
「で?」
「どうしたってできない、なんて言えるわけもないし、ていうか実際ハルがいるわけだからできないなんて説明したって納得しないだろ?ハルにしつこく聞かれて、まぁあれだな、オレと託生がもっともっと仲良くしたらもしかしたらできるかもなーって言っちまったんだよ」
「言っちまったんだよ・・・って」
ぼくはがっくりと脱力した。
小さな子供がそういう親の一言をどれだけ信じるか、ギイだって分かってるだろうに。
「オレが託生にぞっこんなのはハルも分かってるし、あとは託生がもっとオレのこと好きになればいいって思ったんじゃないか?」
「・・・・何だよ、それってぼくがギイのこと好きじゃないみたいじゃないか」
ハルの目にはそんな風に映ってるのだろうか。
ぼくがそんなにギイのことを好きじゃないんじゃないか、ってそんな風に思われてたんだろうか。
「たーくーみー」
手首を掴まれてベッドの中に引きずり込まれる。
横たわったぼくの傍らに、ギイが片肘をついてぼくを覗き込む。
「悪かったよ。託生のせいみたいにしちまって。だってさ、ああいう時どう言えば分からなくて、ちょっと逃げちまったんだよ」
「それは、分かるけど」
「それに、ハルはちゃんと分かってるよ。託生がちゃんとオレのことを愛してくれてるって」
「・・・・・そうかな」
ギイはぼくの頬に手をやると、ちゅっと音をさせてキスをした。
「だってあいつ、オレと二人になるといっつも『ギイばっかり託生を独り占めしてずるい』って言うからなぁ。ハルだって託生のこと独り占めすることあるだろ、って言うとさ。『でも託生はぼくよりギイのことが好きでしょ』ってさ」
「それは・・・」
そんなことはない。ギイとハルを比べたことなんてないし、どっちの方がより好きかなんてことはない。どちらも同じように愛してる。
「ハルにはちゃんと言ったよ。オレは託生のことを一番愛してるし、託生もオレのことを一番愛してくれてるから、ハルが産まれたんだって。オレたちはハルのことが大好きなんだって。ハルは少し考えて、うんってうなづいてた。あいつは頭のいい子だから、自分が愛されてることはちゃんと分かってる。託生のことも大好きで、だから独り占めしたいって思うんだよ」
「うん」
「あいつ、オレにも言ったぞ。もっと託生のこと好きになって赤ちゃん作ってってさ」
「え、ギイにも?」
「オレはもうこれ以上託生のこと好きになれないくらい好きだからなーって言ったから、じゃあ託生の方だって思ったんだろ」
なるほど、っていうか、ハルはすっかり赤ちゃんが来るものだと思ってるけど、そうそう簡単に・・・っていうか、普通に考えれば赤ちゃんなんてできっこないのだ。
どれだけ神様にお願いしたところで、それだけは無理だ。
「ハル、がっかりするだろうなぁ」
「さーて、それはどうかな」
ギイはどこか楽しそうに笑うと、本格的にぼくの上に圧し掛かった。
「ちょっと、ギイっ!」
「ハルのためにも二人目作るか」
「だから!できるわけないだろっ・・・って、ちょっと、どこ触ってんだよっ」
じたばたと逃げようとしても、がっちりとホールドされて動けない。くすくすと笑って首筋に口づけるギイの柔らかな髪がくすぐったい。
「ハルができたんだからな、二人目ができないとも限らない。この世には絶対なんてことはないってことはすでに証明済みだしな」
「んっ・・・やだってば・・・・」
ぼくの抵抗なんて簡単に押さえこまれてしまう。
深く口づけられて、結局その甘さにぼくは抵抗するのも馬鹿馬鹿しくなってしまう。
ごそごそと服を脱がされて、触れ合った素肌の感触が心地よくて、ぼくがそっとギイの肩に腕を回そうとしたその瞬間。
「託生〜」
いきなり部屋の扉が開いて、寝ぼけた声でハルが姿を見せた。
かろうじて下着はつけたままだったぼくたちはそりゃもう飛び上がらんばかりに驚いた。
心臓が止まるかというのはこういうことだ。
「ハ、ハ、ハル!?どうしたの?」
あたふたと脱がされたばかりのシャツを引っつかんで、ぼくはベッドを降りた。
ギイは低く唸ってベッドに突っ伏したままだ。
「怖い夢見た・・・・」
どこか涙声のハルに、そっか、とぼくはぎこちなく微笑んだ。
「じゃあそばにいてあげるから、ほら、部屋に戻ろう?」
「うん」
「ギイ、あの・・・そういうわけなんで、ちょっと・・・・」
行ってきます、と小さく言うと、ギイはひらりと手を振った。
「託生、一緒に寝て?」
小さな手を繋いで子供部屋に戻り、ベッドへとハルを寝かせると、潤んだ瞳がぼくを見上げた。
滅多に一緒に寝て、なんて言わないハルがどうして今夜に限って、という疑問はついさっきの絵利子ちゃんの話を思い出して納得できた。
遊園地でお化け屋敷に入ったのだ。
ぼくに似たのか、ああいう怖いものは苦手なくせに、絵利子ちゃんにいいところ見せようとしたのか、今日は一緒にお化け屋敷に入ったらしい。
たぶんそれがずっと脳裏に焼きついてるんだろう。
まったくもう。好奇心旺盛というか怖いもの知らずというか、時々ハルはぼくがびっくりするようなことをしてはドキドキさせてくれるのだ。こんなところはギイに似なくてもいいのになぁと思ってしまう。
ハルの手を繋いだまま、少しの間何てことのない話をしていると、やがて静かな寝息を立ててハルは夢の国へと旅立った。
「おやすみ」
首元まで上掛けをかけて、くぅくぅと眠るハルの頬にキスをする。
「さて、もう一人の大きな子供はもう寝たかな」
ぼくが寝室に戻ると、ベッドにギイはいなくて、ベランダへと続く窓が開かれていた。
「ギイ?」
「んー、ハルは寝たか?」
ベランダにしゃがみこんで、珍しく煙草なんて吸っている。
ああこれは相当やさぐれてるな、と笑ってしまう。
「寝たよ。遊園地でお化け屋敷に入ったんだよ。で、怖い夢を見たんだろうな」
「ったく、託生と同じで怖がりのくせして、どうしてお化け屋敷になんて入るんだ?」
「ギイに似たんだよ」
何だそりゃ、とギイはつぶやいて、ふーっと煙を吐き出した。
ぼくはそんなギイの隣にしゃがみこむと、どんと軽く体当たりしてみた。
「何だよ」
「子供相手にやさぐれるなよ、ギイ」
「べっつに。ただ、託生はやっぱりハル優先なんだなーって思って、さ」
「当たり前だろ」
子供なんだから。ギイだっていざとなれば、ぼくよりハルを優先させるに決まってるくせに。
「大好きだよ、ギイ」
「・・・・」
「いくつになっても子供みたいに拗ねたりするギイのことが好きだよ。大人気なく、ぼくのことを一番好きだってハルに言っちゃうようなギイが大好きだよ」
「ふうん・・・」
まんざらでもないように少し笑って、ギイは足元でぎゅっと煙草を押し付けて火を消した。
「さっきの続きしよっか」
ギイの言葉に、ぼくは小さくうなづいた。
「なぁ、ほんとに二人目欲しくないか?」
冷えた身体をベッドで暖めあっていると、ふいにギイが聞いてきた。
ぼくはその言葉を少し考えた。
「そりゃ兄弟いた方がハルにとってもいいんだろうなって思うけど、ハルはまだ小さいし、ここに大きな子供もいることだし、しばらくはいいかな・・・っていうか、そんな簡単に赤ちゃんはやってこないから」
「だよな」
残念だなーとギイはどこまで本気か分からない口調で笑った。

もちろん目覚めたらぼくたちの間に赤ちゃんがいて・・・なんてことは起こってなくて、ぼくはほっとしたと同時にちょっとばかり残念かも、なんて思ったのだ。


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あとがき

託生くん、すでに子供が二人いるのと同じだよねー。大きい子供の方が面倒だけど。