流れ星


   お題は「きみのとなりで」様からお借りしました。


1 「流れ星、見えるかな」


夏休み、ギイと二人で崎家の持ち物の中では最小サイズという別荘へとやってきた。
九鬼島にいる間は、学校にいるときと同じようにたくさんの人がいて、部屋では確かに2人きりではあったけれど、やっぱりどこか落ち着かなくて。
ぼくもギイもどうしても二人きりになりたくて、家に帰ることなくここへ立ち寄った。
別荘に着くなり、ギイはぼくをベッドへと押し倒した。
いつもなら文句のひとつでも言うところだけれど、そんな余裕もなかったし、言うつもりもなかった。
夕方の空はまだ明るかったけれど、ぼくたちは無言で互いを求め合った。


ふと目を覚ますとギイの姿がなかった。
「今何時だろ」
窓の外は薄暗い。ということは、けっこう時間がたってるということだ。
ぼくはゆっくりと身体を起こすと、ベッドの上に無造作に置かれたままの服を身に着けた。
初めて訪れた別荘はどこに何があるのかさっぱり分からなくて、ぼくは部屋を出ると、とりあえず階段を下りてみることにした。
最小サイズとは言え、普通の家よりずっとずっと広い別荘。
言えばギイに笑われるから絶対に言わないけれど、しんと静まり返った家というのは幽霊とかが出そうな気がして、どうにも怖くて仕方がない。
何となく身をすくめながら、ぼくは唯一明かりのついた部屋の扉をそっと開けてみた。
「ギイ?」
そっと呼んでみると、キッチンらしき場所からひょっこりとギイが顔を覗かせた。
「何だ、起きたのか?」
ギイの笑顔に、ぼくはほっとして肩の力が抜けた。
今まで怖いなぁと思っていた気持ちが綺麗になくなる。そこにギイがいると思うだけで怖いものなんてなくなってしまうのが不思議でならない。
「腹減っただろ?残念ながらこれといった食材がないんで、今日はレトルトで我慢な」
「作ってくれるの?ありがとう」
「だからレトルトだって。すぐできるから待ってろ」
ぼくは広いリビングをざっと見渡した。庭に面した大きな窓が開いている。
窓辺の床に腰を下ろして空を見上げると、祠堂に負けないくらいの星空が広がっていて、ぼくはその美しさに目を細めた。
ここならもしかしたら・・・

「流れ星、見えるかなぁ」

ぼくは今まで流れ星を見たことがない。祠堂も星が綺麗に見えるところだけれど、それでもお目にかかったことがない。
こんなにたくさんの星があるんだから、一度くらい見れないかなぁなんて思っていると、トレイを手にしたギイがやってきた。
「お。ここで食べるか?」
ギイはぼくと同じように床に腰を下ろすと、2人の間にトレイを置いた。
その上には特大のピザとお好み焼き!そして冷えたビールが2本。
「何だかおかしな組み合わせだね」
洋風と和風。
どっちも好きだからいいんだけど、普通は一緒には食べたりしないよな。
「冷凍庫にこれしかなかったんだ。明日買い物に行こう」
とりあえず、と缶ビールで乾杯する。乾いた喉に冷えたビールの美味しいこと!
「託生、流れ星見たいのか?」
「あれ、聞こえてた?」
「ギイくんの耳は地獄耳〜」
茶化しつつ、ギイはピザを切り分けてくれる。
「ギイは流れ星見たことある?」
「ん〜、むかーしに一度だけな」
「いいなぁ、ぼく、見たことないんだ」
「じゃ、今夜なら見れるだろ」
あっさりと言うギイに、ぼくは首を傾げる。
いくら満天の星空だといっても、流れ星なんてそうそう簡単に見れるわけがない。
「だって今日は流星群が見れる日だろ?」
ギイはきょとんとするぼくに小さく笑った。


2 「願いごとってなに?」


何とか流星群って、確かにテレビで聞いたことがある。
だけど、けっこう夜中に起きなくちゃいけないことも多くて、ぼくはそれすら見たことがなかった。
「流星群ってことは、流れ星がたくさん見れるってこと?」
ぼくが身を乗り出すと、ギイはそうだよ、とうなづいた。
「ペルセウス流星群。確か今夜がピークだったはずだ。見たい?」
「もちろんっ」
だって一つだけでも見れるといいなぁと思っていた流れ星を、たくさん見ることができるなんて何だかとってもわくわくする。
「んじゃ、今夜は夜更かし決定だな」
「うん。楽しみだなぁ」
「そんなに流れ星が見たいなんて、託生、何か願いごとでもあるのか?」
「え?」
ギイに言われて気づいた。
そうか、確か流れ星に願い事をすると叶うって言われてるんだっけ。
「何だよ、願いごとがしたくて見たかったんじゃないのか」
呆れたようにギイがぼくを見て、ピザの最後の一切れを口にする。
ぼくとしては、星に願いを、なんてロマンティックなことを考えて流れ星が見たかったわけじゃなくて、ただ星が流れるっていうのがどういうものかが見たかっただけなのだ。
それがどれほど綺麗なものかも知りたかった。
「託生は欲がないからなぁ」
どこか嬉しそうにギイが笑う。
「そんなことないよ」
「じゃあ、託生の願いごとってなに?」
聞かれて、ぼくは押し黙る。

願いごと、って何だろう。


3 「言うだけ言ってみたらいいじゃん。」


例えばもっと勉強ができるように、とか。
例えば宝くじが当たりますように、とか。
例えば素敵な恋人ができますように、とか。

「素敵な恋人はもういるだろ」
こら、とギイがぼくの肩を押す。
「だから、世間一般の願いごとを言ってみただけだよ」
「当たり前だ。本気で言ってたら説教2時間だ」
ギイは恐ろしい台詞を憮然とした口調で言うと、「この辺りでいいかな」と、手にしていたビニールシートをばさりと広げた。
食事を済ませたあと、ぼくたちは別荘を出て、歩いて数分の高台へとやってきた。
視界を遮るものは何もなく、別荘地だから眼下にそれほど灯りもない。
そのおかげもあって、夜空の星は怖いほどに綺麗に見えた。
けれど、流れ星はまだ見えない。
「ほら、託生も来いよ」
ビニールシートにごろりと仰向けに寝転がったギイが、ぼくを手招きする。
誘われるがままに、ぼくはギイの隣に寝転んだ。
すかさず指を絡めてきたギイに、くすぐったいような気持ちになる。
「気持ちいいね」
「そうだな」

夏の夜風が耳元をすり抜けていく。
生温い空気、すぐそばにある草の匂い。
そして指先のギイの温もり。

まるでこの世に二人きりしかいないような静けさがぼくたちを包み込む。

(ずっとこのままでいたいよ・・ギイ)

学校ではなかなか一緒にいることはできなくて。
それが、この数日間、一緒にいることが当たり前のようにいつもそばにいた。
夏休みが終われば、またぼくたちはただの友達のふりをしなくてはいけない。

ふいに涙が出そうになって、ぼくは目を閉じて息を飲んだ。

「寝るなよ、託生」
ギイがそんなぼくに気づいたのかは分からないけれど、からかう口調でぼくの肩を揺らす。
「寝たりしないよ」
「お前、横になるとすぐ寝るから」
「失礼な」
ぼくはギイの肩を拳で叩いた。
わざとらしく痛い痛いと言って逃げるギイを追いかけて、さんざんじゃれあった後、ぼくたちはまた肩を並べて横になって空を見上げた。
「・・・星が降ってきそう、ってこういうことを言うんだね。祠堂も星が綺麗に見えるけど、ここの方がすごい」
「そうだな。今度もっと綺麗に見えるとこ、連れてってやるよ」
ギイがごろりとぼくの方へと寝返りを打つ。
「もっと、ってどこ?」
「オーストラリア」
「・・・・」
「何だよ、南十字星も見れるぞ」
「まぁ、そうだろうけど・・・」
ギイにしてみれば、世界中のどこであっても躊躇なく、まるでご近所さんのように行けるんだろうけど、ぼくにしてみれば海外っていうのは気軽に行けるところじゃない。
この辺りの感覚がやっぱり微妙に違うんだよなぁ。
「新婚旅行で行ってもいいぞ」
ギイが嬉々として目を輝かせる。ぼくははーっとため息をついた。
「あのね、そんな冗談はいいから」
もっと現実的な話をしてよ、と言うと、
「いや、かなり本気なんだけど?託生が望むならどこだって連れてってやるよ」
とギイがぼくの頬を軽く摘む。
「んー、じゃ海外じゃないところで、星の綺麗なところ」
「お前、とことん英語が嫌なんだな」
呆れるギイを、ぼくは笑って誤魔化す。
本当はどこだっていいのだ。
ギイと一緒なら、どこでもいい。
「で、託生の願い事って何?」
「願い事かぁ」
例えばバイオリンがもっと上手になりますように、とか?
だけど、そういうことを願うのって、ちょっと違うような気がするのだ。
自分の努力でどうにかなる(かもしれない)ことって、願っちゃいけない気がするんだ。
「何もないのか?」
「うーん、ないこともないんだけど・・・」
「何だよ、言うだけ言ってみたらいいじゃん」


 4  「願いごとなんてあったんだ。」


だいたい、人の力じゃどうしようもないことだから星に願うんだろ?

とギイが言う。

確かにね。
自分の力じゃどうしようもないから、叶うなんて確約はぜんぜんないけれど、人は星に願ったりするんだろう。

だとすれば、やっぱり星に願うのはやめようかな、と思う。
それじゃあ、まるで最初から叶わないと思ってることのように思えてしまうから。

「ねぇ、ギイにも何か願いたいことがあるのかい?」
「そりゃあるさ」
「え、ギイにも願いごとなんてあったんだ」
ちょっとびっくりして聞き返すと、ギイは何だよ、と少し拗ねたように唇を尖らせた。
「だって、ギイなら星に願ったりしなくても、何でも自分の力でちゃんと叶えてしまいそうなんだもん」
「・・・・」
ぼくの言葉に、ギイは一瞬瞠目する。
あれ、ぼく何かおかしなこと言ったかな。
黙るぼくに、ギイはやがて困ったように静かに微笑んだ。
「そっか・・託生はそんな風に思ってくれてたんだ、オレのこと」
「え、うん・・だってギイは何でもできるだろ」
ぼくの言葉に、ギイはぷっと吹き出した。
「お前、惚れた欲目の塊」
「そんなことないよ」
「くー、帰ったら絶対に抱くからな。今ここででも抱きたいくらい」
ギイがぼくの身体を抱きすくめる。
「ちょっと、重いってば!ギイ!」
「愛してるよ、託生」
「もう、分かったから離してよっ、あっ、ギイ!!今、流れた!!」
ぼくはギイを力いっぱい押しのけると、身体を起こした。
確かに今、一つ星が流れた気がする。
ギイはよっこらしょと起き上がると、どれどれと空を見上げる。
「あー、そろそろ流れ始める時間だからなぁ、そんなに見つめなくても、そのうち飽きるほど降ってくるよ」

その言葉通り、しばらくすると、本当に降るほどに星が流れ始めた。


5  「ひとつだけ叶えてあげるよ。」


「すごい・・・綺麗・・・」
ぼくは夜空を見上げて、つぶやいた。
ほんの一瞬、真っ暗な夜空を横切る白くて細い光の筋。
瞬きしてると見逃しそうで、ぼくは大きく目を見開いたまま、じっと星が流れるのを見つめた。
「託生」
「うん?」
「なぁ、何願った?」
「うーん、そういうギイは?」
「オレは、託生とずっと一緒にいられますようにって」
ぼくは視線をギイへと戻す。
真剣な瞳で見つめられて、ぼくはドキリとした。
「託生と一生、一緒にいられますように、って願った」
「・・・ギイ」
「だから託生も、オレとずっと一緒にいられますように、って願えよ」
「・・・嫌だよ」
ぼくは笑って答える。
まさかのぼくの答えに、ギイはどうしてだよ、と声を低くする。
「だってギイ、星に願うのは人の力じゃどうしようもないことだから、なんだろ?だとしたら、ぼくは星に願ったりしない。願ったら、叶わないことになるみたいだから嫌だよ。ぼくたちは、星に願ったりしなくても、自分たちの力で一緒にいることができる。ギイが、ちゃんと、ぼくの願いを叶えてくれるだろ?惚れた欲目じゃないって、ちゃんと証明してくれるよね?」
「託生・・・」
「ずっと一緒にいよう、ギイ」
「ああ、もちろんだ」
ギイが約束の印のように、優しいキスをしてくれる。
何度も何度も、ぼくたち小さな口づけを繰り返した。
「で、結局、託生の願い事って何なんだ?」
「だから、叶えられなくなるのは嫌だから、もういいよ」
「言うだけ言ってみろよ。別に本気で星に願うわけじゃないんだから。欲のない託生クンの願いごとなら、オレがひとつだけ叶えてあげるよ?」
「ひとつなの?ケチだなー、ギイ」
「何だよ、実はたくさんあるのか?別にいいぜ、全部叶えてやっても」
「いいよ、遠慮しとく」
ほんと、お前は欲がないな、とギイがぼくの肩を抱いて引き寄せる。
「ほら、言えよ」
「じゃ、ちゃんと叶えてよ?ギイ」
「いいぜ」

「ギイが幸せでいられますように」

ぼくが言うと、ギイはきょとんとぼくを見返した。

「ギイが幸せでいてくれたら、ぼくも幸せになれるから。ギイが幸せでいてくれることは、ぼくのためでもあるんだよ」

たった一つ叶えてくれるというのなら、ぼくはギイの幸せを願うよ。
いつだってぼくを幸せにしてくれるギイが、ぼく以上に幸せになってくれるといい。

「じゃ、託生が手伝ってくれないとな」
ギイが笑ってぼくの手を取る。
「ぼくが?」
「託生が、ずっとオレのそばにいてくれたら、オレは幸せでいられるから。ずっと一緒にいような、託生」
「・・・うん」

抱きしめられたギイの肩越しに星が流れる。
星には願わない。
自分たちの力で幸せになるのだ。

ぼくと、ギイと2人で。




おまけ話
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あとがき

元のお礼話は跡形もなく!でも甘さはパワーアップ!