バレンタインメモリー


このお話は以前書いた「ラヴリーベイベー」の番外編です。未読の人はそちらからどうぞ〜
(簡単にまとめると、ギイタクのところにいきなりやってきた赤ちゃんの話です)





2月14日は好きな人にチョコレートをあげる日です。



「うわぁ寒いなぁ。ハル、ちゃんとマフラーと手袋した?」
「したー」
ほら、と両手を差し出すと、託生はしゃがみこんで、ぼくの被っていた帽子をぎゅーっと引き下ろして耳を隠してしまった。
マフラーもほどけないようにちゃんと結んでくれる。
何だか動きにくいけど、託生はよしと満足そうに笑った。
託生は寒がりなので買い物に行こうと外へ出ると、いっつも寒い寒いと言う。
ぼくはそこまで寒くないって思うのに、どうしてかなぁって言うと、ギイは
「子供は風の子だからな」
と笑った。
ぼくはギイと託生の子供なのに、どうして風の子なの?って聞くと、ギイはうーんと唸って何だかいろいろ話してくれたけど、よく分からなかった。
たぶん大人になると分かることなんだと思う。
もこもこの手を託生と繋いで買い物に行く。託生は寒いと外へ出たくないって言うけど、託生といろんなことを話しながら歩くのは大好きだ。
暖かいとお散歩している猫や犬に会えるけど、寒いと誰にも会わない。
つまんないなぁと思っていると前から時々会う大きな犬がやってきた。
「あ、エースだ」
エースはぼくに気づくとぶんぶんと尻尾を振った。
飼い主のお姉さんと託生がこんにちわと挨拶をしている間、ぼくはエースの頭をゆっくりと撫でた。
エースは賢い子なので気持ちよさそうにくんくんと鼻を鳴らして頭を撫でさせてくれた。
すごく可愛い。
犬飼いたいなぁ、もっと小さな犬でもダメかなぁ。
「さ、行くよ、ハル」
「うん」
ばいばい、とエースに手を振って別れた。
「ねぇ託生、犬飼いたい」
「うーん、ハルがもうちょっと大きくなったら考えてもいいけど、まだちゃんと世話できないだろ?犬の世話って大変なんだよ?」
「ちゃんとお散歩させるよ?」
「それだけじゃないからなぁ」
一緒にご飯も食べるし、一緒にお風呂も入るし、一緒に遊んであげる、とお願いしたけれど、託生はやっぱりまだだめと言った。
大きくなったらって言うけど、どれくらい大きくなったら犬を飼ってもいいんだろう。
託生はあんまり犬が好きじゃないのかな?それなら猫でもいいんだけどな。
そんなことを考えながらいつもお店に到着すると、託生は「あったかいね」と手袋を外してくれた。
今夜はカレーだよ、と託生が言って、野菜を籠に入れていく。にんじんは嫌いだからいらないって言うと、何でも食べないと大きくなれないよと笑った。
「でもまぁぼくもにんじんはあんまり好きじゃないからなぁ」
「託生も大きくなれないよ?」
「ぼくはもう大人だからいいんだよ」
ずるいーと言うと、ちゃんと食べるからハルも食べること、と託生は言った。
お買い物をした最後にはいつもお菓子を一つ買ってくれる。
お菓子売り場にはたくさんのお菓子があって、いつもどれにするかを迷ってしまう。
「好きなの選んでいいよ」
「うん」
どうしようかなぁと一つ一つ眺めていると、少し離れた場所でたくさんのチョコレートを売っているのが見えた。
「託生、あれはなに?」
「うん?ああ、バレンタインのチョコレートだよ」
「バレンタイン?」
「好きな人にチョコレートをあげるんだよ」
わーっとぼくはたくさんのチョコレートが積まれたワゴンへと近づいた。
ピンク色のチョコレートやハート型や、何だか今まで見たこともないようなチョコレートがいっぱいで目が離せなくなる。
「今日のおやつはこれにする?」
「えっと、これは好きな人にあげるチョコなんでしょ?」
「そうだけど、別に自分で食べてもいいんだよ?」
チョコレートは好きだけど、だけど食べるよりも好きな人にチョコレートをあげるということが何だかとっても楽しいことに思えてわくわくした。
誰かにあげたい。でも好きな人じゃないとだめなんだ。
じゃあギイと託生にあげよう。
「ぼく、託生とギイにチョコをあげたい」
「え、ああ、そっか。ハルがチョコあげたら、ギイ喜ぶだろうなぁ」
「託生は?ほしくないの?」
「そりゃあハルがくれるなら嬉しいよ」
「じゃあチョコ買って!ギイと託生にプレゼントするから!」
早く早く、と託生の手を引っ張ると、託生はじゃあこんなのはどうかな、とチョコを取ってくれた。
「だけどハル、バレンタインはまだ先だから、しばらくはギイに見つからないように隠しておかないとだめだよ」
「バレンタインっていつなの?」
「2月14日。明後日だね」
明後日は明日の次の日。
それまでチョコが見つからないように隠さなくては駄目なのだ。
どこに隠そうかな。ギイが知らないようなところ、どこにあるかな。
かくれんぼは得意だから絶対に見つからないところに隠せると思う。
「ねぇ、託生もギイにチョコレートあげるの?」
「あー、どうしようかなぁ」
「託生、ギイのこと好きじゃないの?!」
「もちろん好きだけど・・・あ、そうだ、バレンタインってほんとは女の子が好きな男の子にチョコをあげる日なんだよ」
「ハルは女の子じゃないよ?」
どうしよう。手にしたチョコをじっと見つめる。
すごく可愛くて美味しそうなチョコだけど、これをギイと託生にあげるのは駄目なのだろうか。
チョコあげたいのに、とがっかりしていると、託生が大丈夫だよ、とぼくの頭を撫でた。
「最近じゃ友達とか、自分のために買ったりしてるみたいだし、とにかく好きな人にあげればいいんだよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
託生はうんうんとうなづいた。
よかった。可愛いチョコをギイにあげることができる。
「託生もギイにチョコあげて」
「そうだね。じゃあ明後日までに用意しようかな」
ちょっと困ったように託生が笑う。
いつもあんなに仲がいいのに、託生はギイにチョコをあげるのが嫌なのかな。
好きな人にあげるなのに?
「ギイもきっと託生にチョコくれるよ?」
「うーん、それが問題なんだよねぇ」
「どうして?」
レジでお金を払って、託生が買ったものを袋に入れていく。ぼくのチョコは割れないように、と一番上に入れてくれた。
また手を繋いで店を出て、家までの道をゆっくり歩く。
「ギイは誰かにプレゼントする時、いつもすごく頑張っちゃうだろ?そんなに頑張らなくてもいいのになーって。でもまぁギイはそういうの考えるのが楽しいんだろうな。相手が喜んでくれるならって思っちゃうようなところあるし」
「ぼくも託生が喜んでくれるの好き!」
「ありがとう。ぼくもハルが喜んでくれるの好きだよ」
バレンタインにギイにチョコをあげたら、喜んでくれるかな。
それまでちゃんと内緒にできるかな。
何だかとっても楽しみになってきた。
バレンタイン、バレンタイン、と口にしてると、
「ハル、それ、ギイの前では内緒だよ」
と託生に注意された。
そうだ、内緒にしないといけないのだ。
ギイの前では言わない。ちゃんとチョコも隠して、明後日になったらプレゼントする。
早く明後日にならないかなぁ。
「ギイ、ちゃんと早く帰ってくるかな」
「そうだね、早く帰ってくるようにお願いしとくよ」
毎日遅くまで仕事をしているギイだけど、誕生日とかクリスマスとか大切な日にはちゃんと早く帰ってきてくれる。託生がお願いしてくれるなら絶対だ。
わくわくしながらぼくたちは家へと帰った。
すごくすごく考えて、ギイには見つからないところへチョコを隠して、バレンタインのことは話さないようにした。
ぼくは明後日がすごく待ち遠しいのに、託生はぜんぜんそんなことはないみたいで、いつもと何も変わらない。だけどきっと託生もギイのためにチョコを用意してくれるはずだ。
だって託生はギイのこと大好きだから。
そして待ちに待ったバレンタインの日。
その日はいろんな人からチョコをもらった。
まずは託生から。お隣のみほちゃん。託生とギイのお友達の奈美子おばちゃん(おばちゃんって言うと託生は駄目って言うのはどうしてかな)からもチョコをもらった。
「チョコいっぱい」
「そうだね、ハルのことを好きな人がたくさんいるってことだよ」
「ハルも好きな人いっぱいいるよ!」
「好きな人がいっぱいいるっていいことだよね。来年はハルもいろんな人にチョコをあげたらいいよ。あ、でもチョコは一度に全部食べちゃダメだから。一日一個」
「はーい」
いつも買うのとは違う高そうなチョコレート。
見ているだけでも楽しくなる。
その日のおやつは託生がくれた白いチョコレートだった。
白いチョコを見るのは初めてで、食べるとミルクの味がした。
美味しい美味しいと食べていると、託生にもう駄目と叱られた。
夜になると、いつもよりうんと早くギイが帰ってきた。
チョコをいつ渡せばいいのかなと考えていたけど、やっぱり早く渡したくて、ギイがご飯のために椅子に座ったとたん、飛びついた。
「ギイ!チョコあげる!バレンタインだよ」
「おっ!ハルがくれるのか、嬉しいなー」
ギイがひょいとぼくを膝の上に乗せてくれた。
ギイからはいつもいい匂いがする。
ぼくはその匂いが大好きで、ギイの体にぺたりとほっぺをくっつけた。
「バレンタインのチョコだな。ありがとな、ハル」
「託生といっしょに買ったんだよ」
「そっか。開けてもいいか?」
「うん」
リボンのかかった包み紙を、ギイがばりばりと破く。
中にはハート型のチョコが入ってる。それを見たギイが驚いたように目を丸くした。
そしてふわりと優しく笑った。
「これ、託生と一緒に選んだのか?」
「うん、託生がこれがいいよって」
「そっか。懐かしいな」
ギイが手にしているのは不二家のハートチョコレートだ。
お値段は安いが味はシンプルで美味しい。
「食べたことあるの?ギイ」
「むかーしに。このチョコを託生がくれて、オレも託生にあげたんだよ」
な、とギイが託生を振り返る。託生はちょっと気恥ずかしそうに笑うと、向かい側の席に座った。
「託生もギイにあげたの?むかーしからギイのこと好きだったの?ねぇねぇ」
初めて聞く二人の昔話に胸がドキドキする。
「お、オレも聞きたい。むかーしからオレのこと好きだったのか?託生」
「ギイ」
託生はじろりとギイを睨んだ。
ぼくが教えて教えてとせがむと、託生はしょうがないなというようにぼくの頭をぐりぐりと撫でた。
「そうだよ、むかーしにあげたんだよ。さ、もうチョコの話はおしまい。ご飯にしよう」
「ギイもむかーしから託生のことが好きだったの?だからチョコあげたの?」
ギイを見上げると、もちろんと得意げにうなづいた。
「ハルが生まれるずっとずっと前から託生のことが好きだったよ。まぁハートチョコはちょっとした騒動の末のチョコだったんだけどなぁ」
託生も懐かしいね、と笑う。
ギイと託生はぼくの知らない昔の話を楽しそうに話していた。
ぼくが生まれるずっとずっと前に、ギイと託生はチョコをあげていたんだと思うと、それは何だかとても不思議ですごく素敵なことのように思えた。
チョコはそんなに好きじゃないみたいな託生もギイにはあげたんだ。
いつもギイの方が託生のことを好き好きって言ってるけど、託生はそういうことは言わないだけで、ほんとはギイのこといっぱい好きなんだと思うと嬉しくなった。
「すごいね!バレンタイン!」
力いっぱい言うと、託生が首を傾げた。
「ハルがそこまで興奮するとは!やっぱりチョコ貰えるって子供には大事件なのかなぁ?」
「そりゃまぁ子供は甘いもの好きだしな、託生は甘いもの苦手だから不思議なんだろうけどさ。そうだ、オレもちゃんとハルにチョコを買ってきたんだぞ」
ギイがほら、と小さな小箱をぼくにくれた。
それは大好きなテレビアニメのキャラクターのおもちゃつきのチョコだった。
チョコよりもおもちゃの方が嬉しくて、ギイの膝の上で大暴れして託生に怒られた。
バレンタインって何てすごい日なんだろう。
誰かを好きだという気持ちをちゃんと言える日って、クリスマスや誕生日みたいにキラキラした日だなぁとふわふわと温かい気持ちになった。




「そしたらほんとに熱が出てたんだよね」
はいどうぞ、と託生がマグカップをテーブルに置く。
「そんな10年も前の話・・・」
「そっか、もう10年か。ハルが初めてバレンタインのチョコをもらって熱を出してから」
ギイが感慨深げに頷く。
忘れようにも忘れられない。生まれて初めて知ったバレンタイン。託生とギイからチョコをもらい、おまけに二人の初めてのバレンタインの話なんて聞いて、テンションが上がりすぎたぼくはその夜知恵熱を出してしまったのだ。
恥かしいにもほどがある。
だけどあの時は、本当に何て素敵な日なんだろう、と子供心にも思ったのだ。
「やけに興奮してるなーって思ってたら、夜になって顔真っ赤にしちゃってさ。もうびっくりしたよ」
「託生は病院に行くって慌てるし、大騒ぎだったよな」
「だから、もうその話はいいってば」
毎年バレンタインになると、ギイと託生はこの話を持ち出してはぼくをからかうのだ。
ひどい親だ。
「だけど、あの時のハルは可愛かったなぁ」
しみじみと託生が言う。
コーヒータイムのお茶請けに、と用意されたのは一足早いバレンタイン用のチョコだ。
毎年ギイは美味しいチョコを少しだけ買ってくる。
託生は甘いものが苦手なので、チョコはなくてもいいって言うけれど、それでもギイはちゃんと愛の証としてチョコを用意する。
さすがに不二家のハートチョコではないけれど、託生はギイからのチョコレートだけは絶対に残すことなく食べるのだ。
何年たっても馬鹿っプルだなぁと思う。
今どきバレンタインなんて、と思ったりもするけれど、好きな人への気持ちを伝えることのできるイベントを大切にするギイも、それを素直に受け入れる託生もいくつになっても素敵だなと素直に思う。
義理チョコや友チョコは山ほどもらうし、あげたりもするけれど、できれば本当に好きな人からプレゼントされてみたい。
好きな人からなら不二家のハートチョコでもきっと嬉しいに違いない。




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あとがき

いただいたお題は「ハルくん目線のバレンタインのお話」というものでした。久しぶりに原作を読みかえした!当時よりはお値段上がってるのね、不二家。