このお話は以前書いた「ラヴリーベイベー」の番外編です。未読の人はそちらからどうぞ〜
(簡単にまとめると、ギイタクのところにいきなりやってきた赤ちゃんの話です) 「100円、200円・・・」 ハルが貯金箱から取り出した小銭を数えていると、それを目ざとく見つけた弟の陽人が近寄ってきた。 「ハルちゃ、なぁに?」 伸ばしてきた手を慌てて遮る。 「ダメだよ、ヒロちゃん。これは大事なものなの」 まだお金の意味も分からないヒロトが、ハルが並べていた小銭をぐちゃぐちゃにしてしまう。 「もー、ダメだってば、ヒロちゃん、あっち行って」 「やだー、ハルちゃ、それ欲しい」 「ダメだってば」 まだ小さいヒロはいつもハルにくっついてばかりだ。ヒロはハルのことが大好きなので、何をしていてもすぐにハルのそばにやってくる。 今もこっそりとお金を数えようと思っていたのに、ヒロに見つかってしまった。 「ハルちゃと遊ぶー」 「うん、あとで遊ぼう、でも今は待って」 「やだやだやだ」 両手をぶんぶんと振り回すヒロにぽかりと叩かれて、ハルはやれやれと諦めた。 ハルもヒロのことは大好きだから一緒に遊ぶのもぜんぜん苦じゃない。 何しろずっと弟が欲しくて欲しくて、ギイや託生のことをさんざん困らせたのだ。 願いがやっと叶ってやってきた弟なのだから可愛くないはずがない。 顔立ちはハルとよく似ていると言われるけれど、おっとりとしたハルとは違ってヒロはやんちゃで元気いっぱいだ。 何をするにも躊躇がなく、好奇心の塊のようなヒロに、託生は 「間違いなくギイの子だね」 と苦笑する。 ヒロはギイや託生よりもハルのことが大好きで、片時も離れようとはしない。 ハルもヒロのことは可愛くて仕方がない。 だけど今日はちょっとだけ大人しくしていてほしいと思っていた。 「ヒロちゃん、ぼくちょっとお出かけしたいんだ。帰ってきたら遊んであげるからちょっとだけ待ってて」 「やーだー」 だよね、とハルはうーんと唸った。 今日は託生の誕生日だ。 毎年何かプレゼントはしているけれど、それは幼稚園で描いた絵だったり、工作で作った何かだったり、手作りなものばかりだった。 だけど、今年は何かお店で買ったものをあげたいと思っていた。 1年間、少しづつお小遣いをためて、やっと何か買えるくらいにはお金が貯まった。 託生に内緒で買い物をしたかったから、これから友達のところへ遊びに行くと言って出かけようと思っていたのだ。 だけどヒロがハルのことを離そうとはしない。 どこへ行くにもハルの後ろをぴったりとくっついてくる。 「ヒロちゃん、ちょっとだけ待ってて」 「ハルちゃ、どこいくの?」 「えっと、ちょっとだけ外に出かける」 「ヒロも行く!」 だよねぇとハルはまたまたうーんと唸ってしまう。 こうなったらヒロを置いていくよりは一緒に連れていった方がいいかもしれない。 そうすれば託生へのプレゼントはヒロと一緒に買ったということにもできる。 それはそれでいいことかもしれない、と思い直した。 「わかった。じゃヒロちゃんも一緒にいこう」 「いく!!」 ハルとお出かけというだけでヒロはご機嫌だ。 ハルはヒロと手を繋ぐと、子供部屋から外に出てリビングにいる託生に声をかけた。 「託生、ゆうちゃんのとこに遊びに行ってきていい?」 「いいよ。ヒロもいくの?」 「いく!」 元気よく答えるヒロに、託生はそっかと笑った。 ゆうちゃんは同じペントハウスに住むハルの友達だ。どちらかがどちらかの家で遊ぶこともよくあるので、別に託生もおかしなこととは思わない。 ペントハウスの中にいる分には危ないこともないから、と思っているのだ。 「じゃあゆうちゃんと一緒に食べるおやつ持っていって」 託生は小さな袋にお菓子をいれるとヒロに一つ渡し、ハルにはゆうちゃんの分も、と二つ渡した。 「あんまり遅くなったらダメだよ」 「はーい」 本当は嘘をついて出かけたりしたくはなかったけれど、子供だけで買い物に行くなんていうと絶対にダメだと言うと分かっていたので、心の中でごめんなさいと言いながら、ハルとヒロはペントハウスをあとにした。 目的のお店は駅前の花屋だ。 手にした財布にはお小遣いが入っている。 託生のためにプレゼントを買うという初めてのイベントにわくわくしてしまう。 小さなヒロはハルと二人だけで外へ遊びに行くのが嬉しくて仕方ないようで、いつも以上にはしゃいでいた。 ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして歩くヒロに手を引っ張られて歩く。 「ヒロちゃん、危ないからもっと端っこ歩いて」 「ハルちゃ、お菓子食べていい?」 さっき託生がもたせてくれたお菓子の誘惑に勝てないヒロはその場にしゃがみこんで袋を開けようとする。 「ヒロちゃん、道路で食べちゃだめだよ。あとで一緒に食べよ」 「今がいい」 「先にお買い物しよう。それから一緒におやつ食べよう。ゆうちゃんのとこに遊びにいこうね」 ハルが言うとヒロはわかった、と立ち上がった。ぱたぱたと走り出すヒロに、慌ててハルが追いかける。 「ヒロちゃん、危ないから走っちゃダメ」 ヒロは足が速くてすばしこい。 きゃっきゃと笑いながら歩道を駆けていく。 「ヒロちゃん、待って」 追いかけてやっとヒロを捕まえると、ヒロはやだやだと暴れ出した。 バランスを崩して足がもつれ、そのまま二人して勢いよく転んでしまった。 弾みでハルの手から財布が放り出された。 「あっ」 ぽんと弾んで、財布は側溝へと落ちてしまった。 思ってもみなかったことに、ハルは息を飲んだ。 すぐそばでヒロが大声で泣き始めた。 「いたいよー」 わんわんと泣くヒロの手を引いて、ハルは目を凝らして財布が落ちた側溝を覗き込んだ。 だけどそこには財布はない。 「ない・・・」 せっかく一生懸命貯めたお小遣いだったのに、落としてしまった。 どうしよう。どうしよう。 側溝の中をあちこち探しても財布はない。 「ハルちゃ・・っ、いたいよー」 見るとヒロの膝小僧は擦りむけて血がにじんでいる。 ヒロに怪我をさせてしまったことにもぎゅうぎゅうと胸が痛くなる。いろんなことが一気に押し寄せて、ハルは我慢できなくなってぽろぽろと涙をこぼした。 「ヒロちゃんが走ったりするから!待ってって言ったのに!お財布・・・っ・・落としちゃって・・・ひっ・・う・・ばか・・ヒロちゃんのばかっ」 今までヒロのことを怒ったことなどないハルに怒られて、ヒロはさらに大声で泣きだした。 二人してひゃくひゃくと泣いていると、どうしたの?と声をかけられた。 ぼやけた視界の中にいるのはまだ若いお姉さんだった。 「どうしたの?転んじゃったの?大丈夫?」 優しく尋ねられて、ハルはそれまでの我慢が崩れてヒロに負けないくらいの勢いで泣き出してしまった。 「お財布・・・っが・・・落ちちゃって・・・ヒロちゃん・・けが・・・して・・っ」 しどろもどろとなりながらも、いっぱいいっぱいになっている言葉を吐き出した。 お姉さんはうんうんとしばらく拙い話を聞いていたが、ハルの言いたいことを理解すると、どれどれ、と側溝を覗き込んだ。 「どんなお財布なのかな?」 「・・っ・・青い・・の・・・」 「うーん、青いお財布かぁ」 側溝の中はゴミだらけで、ずいぶんと泥も溜まっている。 けれどお姉さんはためらうことなくゴミをかき分け始めた。慌ててハルが腕を掴む。 「お姉ちゃん、手が汚れちゃうよ」 「大丈夫よ、洗えばいいんだし。大切なお財布なんでしょ。ちょっと待ってね」 ハルはしゃくりあげならも、お姉さんのそばにしゃがみこんで一緒に目をこらした。 二人でしばらくあちこち探すと、落ちたと思っていた場所よりもかなり離れたところで、ハルの財布は見つかった。 「ほら、これかな?」 「うんっ」 「よかったね」 「ありがとう。お財布、見つけてくれて、ありが・・と・・」 財布はすっかり泥だらけになっていたが、中に入っていたお金は無事だった。 よかった。これで託生にプレゼントができる。 「ありがと、お姉さん」 お礼を言っているうちにもまたぽろぽろと涙がこぼれた。 「大丈夫よ、泣かないで。弟くんの怪我も見てあげないとね。お買い物どこに行くの?」 「お花屋さん」 「よし、じゃあ一緒に行ってあげる」 汚れた手をハンカチで拭うと、お姉さんはハルとヒロと一緒に駅前の花屋へと向かった。 誕生日プレゼントに花を買いたいと言うと、素敵だねぇと言ってくれた。 ヒロはまだぐずぐずと泣いていたけれど、お姉さんが抱き上げるとやっと静かになった。 「どんなお花を買うの?」 「綺麗なの」 「綺麗なお花か、たくさんあるよ」 5分ほどで花屋に到着すると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。 たくさんの色とりどりの花に、ハルは目を輝かせた。 店員に事情を話すと、すぐに濡れたタオルを持ってきてくれて、お姉さんはヒロの膝を拭って絆創膏を貼った。 「もう痛くないよね?あんまりお兄ちゃんを困らせちゃだめだよ」 「痛くない。ハルちゃ」 ヒロはハルのそばに近寄ると、ごめんねと服の裾を引っ張った。 泣きはらした赤い目に、ハルはもういいよと言った。 まだ小さいヒロを連れてきてしまった自分も悪かったのだ。 「足痛い?」 「ううん。ハルちゃ、お花買うの?」 そうだよ、とハルがヒロの手を握った。小さくてふわふわの手にほっとする。 ちゃんとこうして繋いでいなくちゃダメなのだ。自分はお兄ちゃんで、ヒロはまだ小さくて、ちゃんと面倒を見てあげないといけないのだ。 「あれがいい」 ヒロが指さしたのは薔薇の花だ。 赤い薔薇は確かに綺麗で、これなら託生もよろこんでくれるんじゃないかと思った。 「これ買えますか?」 お店の人に聞いてみる。 「何本欲しいの?」 「えっと・・・ハルとヒロちゃんの分」 「二本ね。お金、いくら持ってるの?」 お店の人がハルの持っていた泥だらけの財布を受け取って、中を確認する。 「500円あるのね。うーん、そっか、ちょっと足りないかなぁ」 困ったようにお店の人がお姉さんを見る。 一生懸命貯めたお小遣いだけど、薔薇の花を買うには足りないみたいで、がっかりする。 他の花にしようかなと思って、だけどもしかしたら花というのは高いもので、どの花も500円では買えないのかもしれないと思うと悲しくなった。 「大丈夫よ、ほら、これはどうかなぁ」 店員がこっち来て、とハルとヒロを呼んだ。 カウンターの奥で、同じ赤い薔薇が数本バケツに入っている。 「この薔薇は、ちょっと咲いちゃってるからお安くなってるの。でもあっちの薔薇と比べてもぜんぜん悪くないし、お買い得。これならちょっとおまけにして二本で500円でいいわよ」 「ほんとに!」 「プレゼント用にラッピングして、リボンつけてあげるわね」 なるべくまだ咲ききってないものを選び、店員は手慣れた様子で薔薇を一本づつラッピングしてリボンをつけた。 「お誕生日にお花をあげるなんて素敵ね。きっと喜んでくれるわよ」 はいどうぞ、と店員が薔薇をハルへと渡す。 綺麗な薔薇をくんと匂ってみると、その柔らかい香りに笑みが零れた。 「でもヒロちゃんに怪我させちゃったから怒られるかも」 もう怪我のことなんてすっかり忘れたかのように店内でぱくぱくとお菓子を食べているヒロを見て、ハルは困ったなと肩を落とした。 託生には内緒にして驚かせたかったのに。 託生はいつも優しいけれど、怒ると怖い。ギイが怒るともっと怖いけど、今日のことはギイにも怒られてしまうのだろうか。そう思うと身がすくむ。 お姉さんは家まで送ってあげると言ってハルとヒロと連れて花屋を出た。 「怒られるかなぁ」 「うーん、確かにちょっと怒られちゃうかもしれないなぁ。驚かせたいって気持ちは分かるけど、こんな小さい子と二人だけで外へ出るのは良くないよ?」 「うん」 「ちゃんとごめんなさいってすればきっと許してくれると思うけどな」 いろんな意味でドキドキしながら家に戻る。 迎え出た託生は突然見知らぬ女性がハルとヒロを連れてきたことにびっくりして、送ってきた経緯を聞くとそれはもう恐縮しきりになった。 お姉さんはプレゼントのことは言わずにいてくれたので、二人がどうしてそんなことをしたのか、と託生はわからないようだった。 「じゃあね、ハルくん、ヒロちゃん、ばいばい」 「ばいばい」 手を振ると、お姉さんはにっこりと笑って帰っていった。 ヒロはもう転んだことなんてすっかり忘れたかのようで、ばたばたと家の中に入るといつものようにお気に入りのおもちゃで遊び始める。 一方のハルは託生の前で小さくなった。 「ハル、どうしてヒロと二人で外に行ったりしたんだい?ゆうちゃんのとこに行くって言ってだろ?」 「・・・ごめんなさい」 「嘘つくのはよくないっていつも言ってるだろ?」 「うん」 「じゃどうして外に行ったの?」 ハルはおずおずと袋の中からラッピングされた薔薇の花を取り出した。 そっと託生へと差し出すと、託生はその花を見てぱちぱちと何度か瞬きをした。 「・・・託生、今日お誕生日だから、お花買いに行ったの。びっくりさせたかったら黙って行ってごめんなさい。ヒロちゃんに怪我させちゃってごめんなさい・・・っ、嘘ついて・・」 言いながら、また涙が溢れてきてハルはひくっとしゃくりあげた。 「ハル、ぼくのプレゼントを買いに行ってくれたの?」 「うん」 託生がハルの頬を濡らす涙を拭う。 「薔薇の花、買ってくれたんだ」 「うん」 こくこくと何度もうなづく。 ハルがこつこつとお小遣いを溜めて買ってきた薔薇の花を受け取ると、託生は両手を広げて、そのままぎゅうっとハルを抱きしめた。 小さな頭を抱え込んで、さらにぎゅうっと抱きしめる。 「ありがと、ハル」 「くるしいよー」 「ありがと。すごく嬉しい」 骨が折れちゃうよ、とハルが言うと託生はごめんごめんと身体を離した。 「だけど、もう二人だけで出かけるなんて危ないことしちゃだめだから。もしハルとヒロに何かあったら、ぼくはめちゃくちゃ悲しいし、ギイもすっごく悲しむんだよ。誰かのために一生懸命頑張るのは大切なことだけど、だけど自分がやったことで人が悲しむようなことはしちゃいけないんだよ。わかった?」 「うん、わかった」 「薔薇の花ありがとう。今までもらった花の中で一番綺麗だな」 ハルが両腕を伸ばして託生に抱き着く。ぽんぽんとハルの小さな背中を叩いて、託生はもう一度ぎゅうっとハルを抱きしめた。 それを見つけたヒロが歓声を上げて駆け寄ってくる。 「ヒロもー」 遊んでいると思ったのか、ハルの背中からヒロがぶつかるようにして抱き着いた。 ハルはもう一つの薔薇をヒロに渡すと、託生へのプレゼントだよと言った。 ヒロは分かっているのか分かっていないのか、手にした薔薇をはいっと託生へと差し出す。 それをありがとう、と受け取って、ヒロのこともぎゅうっと抱きしめる。 ヒロは単純に託生に抱きしめられたことが嬉しいようで、きゃっきゃと大はしゃぎした。 「託生、ギイにも言う?」 勝手にヒロと一緒に買い物に言ったことをギイに知られたら、すごく怒られるだろうと思って、ハルは恐々託生に尋ねた。 託生は両手でハルの柔らかな頬を挟み込むと。 「もちろん報告するよ。ハルとヒロから素敵なプレゼントを貰ったって」 「・・・それだけ?」 「ハルの優しい気持ちに免じてそれだけ」 よかったーとハルはほっとした。 「大好きだよ、ハル、ありがとね」 「ぼくも託生が大好き」 いろいろトラブルはあったけれど、ちゃんと託生にプレゼントをすることができてよかった。 今回は思いもかけないことでちょっとばかり大変だったけれど、とハルは考える。 7月になればギイの誕生日がやってくる。 今度はもっとちゃんと計画を立てて慌てないようにプレゼントを買いに行こうと心に決める。 ギイは食いしん坊だから薔薇の花よりはケーキの方がいいかもしれない。 「ハル、何か楽しそうだね。何考えてるの?」 託生が探るようにハルの頬をつつく。 「内緒!」 得意げに言うハルは何かを企んでいる時のギイとそっくりだな、と託生は思った。 おっとりしたところは託生似だと言われるハルだけれど、もちろんギイのDNAも受け継いでいるのでこれからはやんちゃになっていくのかもしれない。 まだまだ・・・というかますます目が離せなくなっていくのかと思うと、子育てって大変だと、知れずにため息がもれた。 ハルとヒロが送った薔薇の花は、しばらくリビングのテーブルの上を飾った。 見るたびにほっこりと託生が笑うので、ハルもまたほっこりと幸せな気持ちになれた。 |