ラブロマンス2


章三の作った料理は言うまでもなく完璧なもので、家の料理人が作るそれよりずっと立派なものだった。
こいつはシェフにでもなればいいのにな。きっと店を出せば繁盛するに違いない。
「葉山、野菜を残すな」
章三が隣に座る託生に向かって言った。
見てみると、なるほど託生の器には見事ににんじんだけが残っている。
「託生、美味いぞ。食べてみろよ」
「あー、美味しいのは分かってるけどさ」
そうだよな。章三が作る料理なんだから美味いに決まってる。
「だけど、苦手なんだよ、知ってるだろ?」
「葉山、苦手でも食べろ。そんなことしてるから背が伸びないんだぞ」
「うるさいな、にんじん食べないくらいで背が伸びないなんてあるはずないだろ?」
むっとしたように託生が反論する。
「何でもバランス良く食べないと栄養が偏る」
「分かってるよ。にんじん以外で栄養を取るよ」
「葉山ぁ」
「まぁまぁ章三」
放っておけば延々と続きそうな不毛な話題を遮って、オレは箸で託生の器のにんじんを摘み上げた。
「ほら、口開けろ」
「ギイっ!」
食べさせてやろうとすると、託生が真っ赤になった。章三は章三で、渋い顔をしている。
「食べられないわけじゃないだろ?じゃオレが食べさせてやるから、あーんしろ」
「あーん、って!!ギイ、ぼくは子供じゃないっ!」
さらに真っ赤になって託生が叫ぶ。
「いやいや、一人で食べれないようじゃ子供と一緒だな」
章三が笑いを堪えながら託生を煽る。どうやら章三もオレの意図が分かったようだ。
ほらほら、とオレがにんじんを託生の口元まで運ぶと、託生はわかったよ、と叫んだ。
「自分で食べれるよ」
「よしよし、お利口さん」
にんじんを器に戻すと、託生はしぶしぶながらもそれを口にした。別に食べれないわけじゃないんだよな。嫌いだっていうだけで。
今度から祠堂の学食でもこの手でいくか。
嫌がって自分で食べてくれればそれで良し、オレの手から食べてくれるのも、それはそれで可愛いしな。
「美味いか?葉山」
「う、美味しいよ。あんまりにんじんの味しないね」
もぐもぐと口を動かしながら、託生がうなづく。
よくぞ聞いてくれたとばかりに章三が、どういう風に味付けをしたかを話し始める。
こりゃ話が長くなるぞ。
何だかんだ言いながら、章三は料理に関しては自信があるからな。
得々と話をする章三と、それを感心したように聞いている託生。
何だか祠堂にいるみたいな気がしてきて、オレはひっそりと笑った。
託生と二人でいるのはもちろん幸せなのだが、こうして章三を交えて三人でいるのも不思議と幸せな気になるのは何故だろう。
託生がとてもリラックスしているからかな。
相手が誰であろうと、託生が楽しそうにしているのを見るのは嬉しい。
ま、章三以外なら、少しばかり嫉妬してしまうから、微妙なところだけれどな。
「章三、オレ、デザートが食いたい」
「それはもうちょっとあとだ。まだ固まってない」
「何作ったんだ?」
「葉山の好きなプリンだ」
そりゃいいが、何でわざわざ託生の好きなものを作るんだ?
何か余計な勘繰りをしてしまうじゃないか。
オレが口には出せない(出せば章三に殴られる)もやもやを何とか打ち消そうとしていると、
「プリンって手作りできるんだ!?」
と託生がびっくりしたように言った
その台詞にオレも章三もきょとんとした。
「あのー、託生くん?まさか知らなかったとか?」
「だって、今まで作ってもらったことなんてなかったから、さ」
託生の声のトーンが少し落ちる。
「あー、まぁ最近は売ってるヤツでも美味いやつあるからなぁ、あえて作らなくてもって思うよな」
オレはそれとなくフォローをいれる。
複雑な家庭事情のもとで育った託生。母親は兄に構ってばかりだったという。
手作りのおやつなど、食べたこともないのかもしれない。
「確かにコンビニのプリンとかけっこういい値段してるのあるよな」
章三もうなづく。
「でも赤池君の作るプリンの方が美味しそうだよね」
たった今、めちゃくちゃ美味い和食を堪能したばかりの託生がうっとりと言うと、章三は低くうなった。
「手作りったって、今日のはインスタントだからな。今度はちゃんと美味いやつ作ってやるよ。今日のがほんとの手作りだなんて思われるのはごめんだからな」
どこまでも完璧主義の章三が鼻息荒く言い放つ。
「楽しみにしてろよ、葉山」
「うん、ありがと」
託生が笑う。
笑ってくれるのは嬉しいのだが、どうも章三と妙にいい雰囲気じゃないか?
何なんだ、これは。
だめだ、章三相手にヤキモチ焼くなんて、オレも相当切羽詰ってきてるのかな。
「ごちそうさま。美味かったぜ、章三。さ、片付けちまおうぜ。章三は座ってていいぞ。片付けくらいはオレと託生でやるからさ」
「やるからさ、ってな、ギイ。どうせ食洗機に突っ込むだけだろうが」
「あれ、ばれたか。ま、気は心ってことでな」
そう言ってウィンクすると、章三はしょうがないなというように肩をすくめた。













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