ラブロマンス3


「便利だねぇ」
低い振動をさせている食洗機を覗き込みながら、託生が感心したように言う。
「洗濯も全自動、食事の片付けも食洗機がやってくれる。今じゃ掃除だって勝手に自動でやってくれるやつがあるしなぁ」
「そうなの?」
「だから安心して一緒に暮らせるだろ?」
オレが言うと、託生は意味が分からないようで、首を傾げる。
「だーかーらー。将来、オレと一緒に暮らしたって、託生が家事をしなくたっていいってこと」
「え?」
託生は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、オレを見た。
「え、って。お前〜」
思わずオレはその場にしゃがみこんでしまった。
そりゃまだまだ先の話だし、託生にしてみりゃ全然想像もできないことだろうけど、そこまでびっくりするなよな。落ち込むじゃないか。
「あ、ごめん、ギイ。えっと、だって一体何年先の話をしてるんだろう、って」
「あー、そうだな。大学卒業したら?いや、お前がアメリカに留学して、一緒に暮らすっていう手もあるな。祠堂の続きみたいにさ。同じ部屋で」
「あのさ、ギイ。ぼくはアメリカに留学なんてできないよ。無理だって・・」
「楽しいだろうなぁ。毎日託生と二人だなんて」
「ちょっとギイ、聞いてる?」
託生が呆れたようにため息をつく。
分かってるよ。これがまだ夢の話だってことも。だけどな、託生。今は夢の話でも、オレはちゃんとそれが現実になるようにするつもりだし。
めちゃくちゃ長期計画だけどな。
まぁその頃までにはオレももうちょっと家事ができるようにしとくか。
「片付け終わったか?」
やっぱり心配になったのか、章三がキッチンに顔をのぞかせる。
綺麗になった流しを一通りチェックして、よしよしとうなづく。
まったく、こいつは小姑かってんだ。
章三からのOKが出たことで、託生はほっとしたようだ。
「じゃ、これから自由時間だな」
オレは二人を二階の自室へと誘った。リビングはちょっと広すぎて3人でいるには、間が持たない。
「ひゃー、ギイの部屋って広いねぇ」
部屋に入るなり、託生があまりに素直に言うもんだから、思わず笑ってしまった。
ものをあまり置いてないせいで、余計広く感じるんだろうな。
まぁ寮の部屋よりは広いけど、そんな驚くほどの広さじゃないと思うけどな。
章三は以前ここに来たことがあるので、勝手知ったる何とやらで、ラックの中を無遠慮に覗き込む。
「ギイ、何か新しいDVDとかないのか?」
「あれから増えてないなぁ。章三こそ、それ何だよ」
かばんの中に見えているのは、某レンタルショップの袋だ。章三はああ、と肩をすくめた。
「この前借りたDVD。今日は祠堂からそのまま家に帰るつもりだったからさ、その時返そうと思って持ってきたんだよ」
「オレ、見たことあるやつか?」
「ないだろ」
即答した章三だが、どうも歯切れが悪い。
「何で分かるんだよ?」
「ギイの趣味じゃないからな。正直に言うと僕の趣味でもない」
章三は映画ならいろんなジャンルのものを手当たり次第見ている。オレも1年の頃はよく一緒に見に行ったものだが、章三が見ないと唯一のジャンルといえば・・
「ラブロマンスか?」
「まぁな」
聞くと章三はうなづいた。
「赤池君がラブロマンス?めずらしいね」
託生の言葉に章三は何とも複雑そうな表情をして、あさっての方向を見た。

ははーん、そういうことか。

「章三、それ、いったい誰と見たんだ?」
その問いかけで、章三はオレがすべてを見抜いたと気づいたのだろう。オレ相手に誤魔化すことなどできないということは百も承知の章三なので、あっさりと白状した。
「奈美だよ」
「・・・・」
「・・・・」
オレと託生が無言で章三を見つめる。
ふーん、そうか奈美子ちゃんとねぇ、という託生の心の声が聞こえてきそうである。
もちろん、オレも同じことを思った。
「だから!映画に行こうと思ったら、あんまりいいのがやってなかったんだよ。それなら家でDVDでも見ようかってことになって。あいつが見たいのがあるっていうから、それに付き合っただけだよ」
ガラにもなく早口で言い訳する章三に、思わず顔がニヤける。
別に好きな子と一緒にDVD見るくらい、どうってことないのに、何だってそんなに照れることがあるのかねぇ。
「赤池君、それでラブロマンスなんだ」
「そういうこと」
「それ、見てみたい」
託生の一言に、オレも章三も「えっ!」と固まった。
楽しそうにレンタルショップの袋を覗き込み、託生は、
「だって、夜は長いし。そのラブロマンス以外には、怖そうなヤツしかないし」
と、袋の中から取り出したDVDのパッケージを眺める。
章三が借りていたのは奈美子ちゃんが見たいといったラブロマンスものと、サイコホラーの名作が二本だった。こっちは章三の趣味だな。
なるほど。無類の怖がりの託生としてはこれは絶対に見たくないだろう。
しかし、だ。
「託生、ラブロマンスだぞ?どうせ見るなら派手なアクションものとか、そういうのにしようぜ」
「そうだぞ、葉山。何が悲しくて男三人でラブロマンスものなんて見なくちゃならないんだ。
おまけに、僕はそれは一度見た」
うんざりしたように章三が言う。奈美ちゃんと一緒に見たのなら、もう二度は見たくないという気持ちはよく分かる。
オレと章三がラブロマンスが苦手なのには理由がある。
それは「現実的じゃない」という一点だ。
もちろん他のジャンルの映画だって、現実にはありえないってことだらけだということはよく分かっている。
だが、こと恋愛ものに関してのあの馬鹿げたストーリー展開や、お決まりのハッピーエンドに、オレも章三もイマイチ共感できなのだ。
あれは人生そんなに甘くない、の極みだ。
ああいうのはやっぱり女の子向けだなと思うのだ。
それを何だって託生は見たいなんて思うんだ?
「だって、ここにあるギイのDVDは二人とも全部見ちゃったんだろ?
あ、どうしても二人が見たくないっていうなら、ぼく一人で見るよ。二人は何か好きなことしてたらいいし」
にこにこと託生が言う。
「冗談だろ。託生がいるのに、何でオレが章三と二人で遊ばなくちゃならないんだ。分かった、オレは託生とそれを見る」
オレが言うと章三は呆れた表情で、裏切り者、とオレに舌打ちした。
何とでも言え。
オレは託生といられるなら、あとは何だっていいんだ。
託生が見たいというなら苦手なラブロマンスだって見てやるよ。
章三はやれやれというように腰を上げると、
「じゃ、それは二人で見ればいい。僕は下でテレビでも見てるよ。ギイ、言っておくがかなり最強だぞ、それ」
「託生と見れるなら何だって」
章三はあほらし、と肩をすくめて部屋を出て行った。






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