ラブロマンス4


「悪いことしちゃったかな、赤池くんに」
「別にいいんじゃないか?今日のテレビのロードショウ、章三の好きな映画みたいだし」
絶対一度は見てるだろうが、ラブロマンスを見るよりはマシなんだろう。
まぁできればオレもそっちを見たいが、託生がこれを見たいというならこっちを選ぶ。
オレは託生の手からDVDを取り上げると、プレイヤーにセットした。
「託生、こっちこっち」
寝室のベッドに横になり、ベッドヘッドを背にすると、ちょうどいい位置にテレビが見える。
託生はなるほど、と笑って、オレの隣で横になった。
お、何かいい感じじゃないか?
自宅デートの醍醐味じゃないか。二人でごろごろとDVDを見るなんて。
めちゃくちゃ幸せだなぁ、オレ。
もしかして章三も奈美ちゃんとこんな風に・・・なんてことはありえないな。
何しろ恋人じゃない、と言い張ってるんだからな、あいつは。
馬鹿だよなぁ、こんな幸せを味わえないなんて。
「ねぇ、ギイ、ほんとにいいの?見たくないんだろ?」
託生が心配そうにオレを見る。
「あのなー、オレは託生と一緒にいられるなら何でもOK。まぁたまにはラブロマンスを見て、参考にしようぜ。どうせ、砂吐くほど甘い話なんだろ。託生がそれ見て感動して真似してくれるなら言うことなし」
「あのね、別に参考にするために見るんじゃないからね」
少し頬を赤くして、託生がオレの脇腹に肘でつつく。
「はいはい、お、始まるぞ」
オレは少し身体をずらして、託生の肩に頭を寄せた。
とりあえず眠らないようにしなくてはな。

それは韓国の映画で、結ばれた恋人同士が結婚をして幸せな生活を送っているのだが、主人公の女性は若年性アルツハイマーに犯されていて、どんどん最愛の人のことを忘れていくという悲恋ものだった。
映画の途中で
 
(これはちょっとまずくないか?)
 
と思い始めた。
彼氏は愛情なんて信じられずに生きてきた人間だが、社長令嬢の彼女と出会い人を愛すること、信じること、許すことを覚える。
身分違いの恋。
オレと託生が身分違いの恋だなんて思ったことはないけれど、設定としては被らないこともない。
託生も人間接触嫌悪症だったとき、誰かを愛することなんてできないと思っていた。
だけどオレと付き合うようになって、閉ざしていた心を開いてくれた。
このままハッピーエンドならいいのに、どう考えても、このラストは・・・。
オレはちらりと託生を見た。
託生はじっと画面を見つめたまま微動だにしない。
完全にのめりこんで見ている。
まさかオレと託生の身に置き換えて見たりしてないよな?
オレは息をひそめて映画を見た。
美しい場面や台詞。けれど、その先に待つ悲劇が分かるだけに胸をしめつける。
ラブロマンスなんて、と思っているオレでさえ、じわじわと胸が痛くなった。
2時間ちょっと、最後はやっぱり悲劇で終わった。
「可哀想そうなラストだったな」
片肘ついて身を起こして、託生を見ると、託生は目にいっぱい涙を溜めていた。
ひとつ瞬きをすると、ぽろぽろと涙が頬を伝う。ずっと我慢していたのか、一度涙があふれ出すと、堪えきれないようで、枕に顔を埋めてしゃくりあげ始めた。
「お、おいおい、託生。そんなに泣かなくても・・・」
映画なんだぞ。
オレは慌てて託生の肩を引き寄せる。
「だって・・・、あんな・・・全部、わ・・すれちゃう・・なんて・・」
「あー、うん、そうだよな、可愛そうだったな」
「・・・・ギイ、本気で思って、ない、だろ・・」
「えっ、そんなことないぞ。オレだって胸が痛くなったぞ」
「でも、泣いてない・・じゃない、か・・っ」
いや、普通は泣かないぞ。
そりゃめちゃくちゃ悲しい話だったし、胸も痛くなったけど、だけど、大の高校生がそんな号泣するなんてことは・・。
 
(あるんだよな、託生の場合・・)
 
章三のヤロー、こんな話だったらちゃんとストップかけろよな。
オレは託生を胸に抱き寄せると、よしよしと背中を叩いた。
「ずいぶん感情移入しちまったんだな、託生」
「だって・・、もし・・あれがギイだったら、って・・おも、ったら・・」
記憶をなくしていく社長令嬢?
やっぱり託生はオレたちを重ね合わせて見てたのか。
「ギイが、ぼくのこと・・全部忘れ・・ちゃったらって思ったら・・」
「悲しくなった?」
「うん」
託生は素直にうなづくと、ずずっと鼻をすすった。
「あー、まぁあれは病気だからなぁ、どうしようもないよな」
「ぼくのこと、忘れちゃうんだ・・」
そういって、またぱたぱたと涙を流す。
だから、あれは映画の中の話で、そういう設定なんだよ。託生。
観客に涙を流させるのが狙いなんだ。
そんなことを言っても、託生は泣き止まないだろうなぁ。
「大丈夫、オレは病気にもならないし、託生のことを忘れたりもしない。絶対に」
ぎゅっと強く抱きしめて、耳元にキスをする。託生はしばらく無言でいたけれどやがてぽつりと言った。
「でも・・じゃあ・・もし、もしぼくがギイのことを、わす、れたら?」
「え?」
思いもしなかった問いかけに、オレは一瞬言葉を失った。
 
もし、託生がオレのことを忘れたら?
 
そんなこと想像もしなかった。
頭の中で、映画のシーンがリフレインする。愛しているといいながらも、自分のことを忘れていく恋人。
もし、託生がそんな風にオレのことを忘れていったら。
 
「それは・・・きついな・・」
 
もしそんなことになったら、オレはどうするんだろう。
ありとあらゆる手を尽くして、病気の進行を止めようとするだろうか。
それとも、運命だと思って、最期まで託生のそばで見守るのだろうか。
「ギイ?」
オレはぎゅっと託生を抱きしめた。
「なぁ、そんな想像するなよ。だって、オレたちは今、こうして一緒にいて、病気でもないだろ?オレが託生のことを忘れることはないし、託生がオレを忘れることもない。絶対だ。約束する」
「うん」
そんな約束しても意味はないって分かっているけれど、それでもこれはオレの本心だ。
「大好きだから、託生」
「うん」
「お前のこと、忘れることなんて絶対ない。信じろ」
「・・うん」
託生はこくこくとうなづく。
「・・・どうしよう」
「うん?」
託生は顔を上げると、手のひらで頬を拭った。
「涙が、とまら、なくな、っちゃった・・」
「しょうがないなぁ。いい歳して、DVD見てそんなに泣くなんて」
でもそういうところが好きなんだけどな。
どんなに可哀想そうな映画でも、所詮作り物だと思ってしまい、素直に泣けないオレに比べれば、託生の素直さは感動ものだ。
真っ赤な目をしている託生の涙を拭うようにして、オレは頬に口づける。
「泣くなって、オレ、お前に泣かれるのが一番弱いんだからさ」
「うん、ごめん」
そこへどんどんっと大きなノックがして、一階で一人でテレビを見ていた章三がやってきた。オレと託生を見て、はーっと大きくため息をつく。
いや、正確には託生を見て、だ。
章三はオレとみて、軽く肩をすくめた。
ああ、章三。まさかこんなことになるとは、オレだって思ってなかったさ。
けど、元はといえば、章三があんなDVD持ってるのが悪いんだぞ。
お互いに無言の会話を交わす。
「やっぱり思った通りだったな。葉山は絶対泣くだろうなと思ってたんだ」
「章三〜、お前分かってたなら、何で止めなかった」
オレが睨みつけると、章三はけろりと
「止めたって、葉山は見るって言うと思ったしな。しっかし、葉山、お前泣きすぎだろ。奈美だってそこまでは泣かなかったぞ」
と笑いを堪えながら言った。
「奈美子ちゃんも泣いたんだ?」
「もう途中で号泣。ほんと、勘弁してほしいよな」
章三は手にしていたトレイをテーブルの上に置いた。
そこにはガラスの器が3つ。
「ほら、デザート持って来たぞ。葉山の好きなプリンだ」
インスタントのプリンだというのに、その器にはフルーツが綺麗に添えられていて、ずいぶんとゴージャスになっていた。さすが章三。
「うわ、美味しそう」
今まで泣いていた託生に笑顔を戻る。オレを置き去りにして子供のようにプリンのもとへと駆け寄る。
オレもテーブルにつき、プリンを口にする。うん、子供の頃食べたプリンの味だ。
「コンビニのプリンとはやっぱりちょっと違うね。美味しい」
託生も気に入ったようで、甘いものが苦手で半分残したオレの分までぺろりと食べた。
さっきまで泣いてたとは思えないくらいにこやかだ。
ほんと、食べ物の威力ってのはすごいよな。美味いものは人を幸せにするっていうのは嘘じゃない。
「それにしても、葉山。お前、映画館で見なくて良かったな。さすがに人に見られたら恥ずかしいだろ」
「うるさいな。ギイしかいないから気が緩んだんだよ。人前で泣いたりしないよ」
章三にからかわれて、託生が唇を尖らせる。
「高校生にもなって泣くとはな〜」
「うるさいよ!そういう赤池くんは泣かなかったのかい」
「僕は泣かないよ」
うーっと悔しそうに唸る託生がさすがに気の毒になってきたので、オレは援護射撃に出ることにした。
「ところで、章三」
「何だよ」
「号泣した奈美子ちゃんを、どうやって慰めたんだ?」
「・・・・」
「ちなみにオレは、大好きな託生のことは忘れないって言ったけど?」
「うるさいぞ、ギイ」
「ほんとだ。どうしたの、赤池君」
「葉山もうるさい!」
何故か赤くなる章三に、オレたちはくすくすと笑った。






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