「悪いことしちゃったかな、赤池くんに」
「別にいいんじゃないか?今日のテレビのロードショウ、章三の好きな映画みたいだし」 絶対一度は見てるだろうが、ラブロマンスを見るよりはマシなんだろう。 まぁできればオレもそっちを見たいが、託生がこれを見たいというならこっちを選ぶ。 オレは託生の手からDVDを取り上げると、プレイヤーにセットした。 「託生、こっちこっち」 寝室のベッドに横になり、ベッドヘッドを背にすると、ちょうどいい位置にテレビが見える。 託生はなるほど、と笑って、オレの隣で横になった。 お、何かいい感じじゃないか? 自宅デートの醍醐味じゃないか。二人でごろごろとDVDを見るなんて。 めちゃくちゃ幸せだなぁ、オレ。 もしかして章三も奈美ちゃんとこんな風に・・・なんてことはありえないな。 何しろ恋人じゃない、と言い張ってるんだからな、あいつは。 馬鹿だよなぁ、こんな幸せを味わえないなんて。 「ねぇ、ギイ、ほんとにいいの?見たくないんだろ?」 託生が心配そうにオレを見る。 「あのなー、オレは託生と一緒にいられるなら何でもOK。まぁたまにはラブロマンスを見て、参考にしようぜ。どうせ、砂吐くほど甘い話なんだろ。託生がそれ見て感動して真似してくれるなら言うことなし」 「あのね、別に参考にするために見るんじゃないからね」 少し頬を赤くして、託生がオレの脇腹に肘でつつく。 「はいはい、お、始まるぞ」 オレは少し身体をずらして、託生の肩に頭を寄せた。 とりあえず眠らないようにしなくてはな。 それは韓国の映画で、結ばれた恋人同士が結婚をして幸せな生活を送っているのだが、主人公の女性は若年性アルツハイマーに犯されていて、どんどん最愛の人のことを忘れていくという悲恋ものだった。 映画の途中で (これはちょっとまずくないか?)
と思い始めた。
彼氏は愛情なんて信じられずに生きてきた人間だが、社長令嬢の彼女と出会い人を愛すること、信じること、許すことを覚える。 身分違いの恋。 オレと託生が身分違いの恋だなんて思ったことはないけれど、設定としては被らないこともない。 託生も人間接触嫌悪症だったとき、誰かを愛することなんてできないと思っていた。 だけどオレと付き合うようになって、閉ざしていた心を開いてくれた。 このままハッピーエンドならいいのに、どう考えても、このラストは・・・。 オレはちらりと託生を見た。 託生はじっと画面を見つめたまま微動だにしない。 完全にのめりこんで見ている。 まさかオレと託生の身に置き換えて見たりしてないよな? オレは息をひそめて映画を見た。 美しい場面や台詞。けれど、その先に待つ悲劇が分かるだけに胸をしめつける。 ラブロマンスなんて、と思っているオレでさえ、じわじわと胸が痛くなった。 2時間ちょっと、最後はやっぱり悲劇で終わった。 「可哀想そうなラストだったな」 片肘ついて身を起こして、託生を見ると、託生は目にいっぱい涙を溜めていた。 ひとつ瞬きをすると、ぽろぽろと涙が頬を伝う。ずっと我慢していたのか、一度涙があふれ出すと、堪えきれないようで、枕に顔を埋めてしゃくりあげ始めた。 「お、おいおい、託生。そんなに泣かなくても・・・」 映画なんだぞ。 オレは慌てて託生の肩を引き寄せる。 「だって・・・、あんな・・・全部、わ・・すれちゃう・・なんて・・」 「あー、うん、そうだよな、可愛そうだったな」 「・・・・ギイ、本気で思って、ない、だろ・・」 「えっ、そんなことないぞ。オレだって胸が痛くなったぞ」 「でも、泣いてない・・じゃない、か・・っ」 いや、普通は泣かないぞ。 そりゃめちゃくちゃ悲しい話だったし、胸も痛くなったけど、だけど、大の高校生がそんな号泣するなんてことは・・。 (あるんだよな、託生の場合・・)
章三のヤロー、こんな話だったらちゃんとストップかけろよな。
オレは託生を胸に抱き寄せると、よしよしと背中を叩いた。 「ずいぶん感情移入しちまったんだな、託生」 「だって・・、もし・・あれがギイだったら、って・・おも、ったら・・」 記憶をなくしていく社長令嬢? やっぱり託生はオレたちを重ね合わせて見てたのか。 「ギイが、ぼくのこと・・全部忘れ・・ちゃったらって思ったら・・」 「悲しくなった?」 「うん」 託生は素直にうなづくと、ずずっと鼻をすすった。 「あー、まぁあれは病気だからなぁ、どうしようもないよな」 「ぼくのこと、忘れちゃうんだ・・」 そういって、またぱたぱたと涙を流す。 だから、あれは映画の中の話で、そういう設定なんだよ。託生。 観客に涙を流させるのが狙いなんだ。 そんなことを言っても、託生は泣き止まないだろうなぁ。 「大丈夫、オレは病気にもならないし、託生のことを忘れたりもしない。絶対に」 ぎゅっと強く抱きしめて、耳元にキスをする。託生はしばらく無言でいたけれどやがてぽつりと言った。 「でも・・じゃあ・・もし、もしぼくがギイのことを、わす、れたら?」 「え?」 思いもしなかった問いかけに、オレは一瞬言葉を失った。 もし、託生がオレのことを忘れたら?
そんなこと想像もしなかった。
頭の中で、映画のシーンがリフレインする。愛しているといいながらも、自分のことを忘れていく恋人。 もし、託生がそんな風にオレのことを忘れていったら。 「それは・・・きついな・・」
もしそんなことになったら、オレはどうするんだろう。
ありとあらゆる手を尽くして、病気の進行を止めようとするだろうか。 それとも、運命だと思って、最期まで託生のそばで見守るのだろうか。 「ギイ?」 オレはぎゅっと託生を抱きしめた。
「なぁ、そんな想像するなよ。だって、オレたちは今、こうして一緒にいて、病気でもないだろ?オレが託生のことを忘れることはないし、託生がオレを忘れることもない。絶対だ。約束する」 「うん」 そんな約束しても意味はないって分かっているけれど、それでもこれはオレの本心だ。 「大好きだから、託生」 「うん」 「お前のこと、忘れることなんて絶対ない。信じろ」 「・・うん」 託生はこくこくとうなづく。 「・・・どうしよう」 「うん?」 託生は顔を上げると、手のひらで頬を拭った。 「涙が、とまら、なくな、っちゃった・・」 「しょうがないなぁ。いい歳して、DVD見てそんなに泣くなんて」 でもそういうところが好きなんだけどな。 どんなに可哀想そうな映画でも、所詮作り物だと思ってしまい、素直に泣けないオレに比べれば、託生の素直さは感動ものだ。 真っ赤な目をしている託生の涙を拭うようにして、オレは頬に口づける。 「泣くなって、オレ、お前に泣かれるのが一番弱いんだからさ」 「うん、ごめん」 そこへどんどんっと大きなノックがして、一階で一人でテレビを見ていた章三がやってきた。オレと託生を見て、はーっと大きくため息をつく。 いや、正確には託生を見て、だ。 章三はオレとみて、軽く肩をすくめた。 ああ、章三。まさかこんなことになるとは、オレだって思ってなかったさ。 けど、元はといえば、章三があんなDVD持ってるのが悪いんだぞ。 お互いに無言の会話を交わす。 「やっぱり思った通りだったな。葉山は絶対泣くだろうなと思ってたんだ」 「章三〜、お前分かってたなら、何で止めなかった」 オレが睨みつけると、章三はけろりと 「止めたって、葉山は見るって言うと思ったしな。しっかし、葉山、お前泣きすぎだろ。奈美だってそこまでは泣かなかったぞ」 と笑いを堪えながら言った。 「奈美子ちゃんも泣いたんだ?」 「もう途中で号泣。ほんと、勘弁してほしいよな」 章三は手にしていたトレイをテーブルの上に置いた。 そこにはガラスの器が3つ。 「ほら、デザート持って来たぞ。葉山の好きなプリンだ」 インスタントのプリンだというのに、その器にはフルーツが綺麗に添えられていて、ずいぶんとゴージャスになっていた。さすが章三。 「うわ、美味しそう」 今まで泣いていた託生に笑顔を戻る。オレを置き去りにして子供のようにプリンのもとへと駆け寄る。 オレもテーブルにつき、プリンを口にする。うん、子供の頃食べたプリンの味だ。 「コンビニのプリンとはやっぱりちょっと違うね。美味しい」 託生も気に入ったようで、甘いものが苦手で半分残したオレの分までぺろりと食べた。 さっきまで泣いてたとは思えないくらいにこやかだ。 ほんと、食べ物の威力ってのはすごいよな。美味いものは人を幸せにするっていうのは嘘じゃない。 「それにしても、葉山。お前、映画館で見なくて良かったな。さすがに人に見られたら恥ずかしいだろ」 「うるさいな。ギイしかいないから気が緩んだんだよ。人前で泣いたりしないよ」 章三にからかわれて、託生が唇を尖らせる。 「高校生にもなって泣くとはな〜」 「うるさいよ!そういう赤池くんは泣かなかったのかい」 「僕は泣かないよ」 うーっと悔しそうに唸る託生がさすがに気の毒になってきたので、オレは援護射撃に出ることにした。 「ところで、章三」 「何だよ」 「号泣した奈美子ちゃんを、どうやって慰めたんだ?」 「・・・・」 「ちなみにオレは、大好きな託生のことは忘れないって言ったけど?」 「うるさいぞ、ギイ」 「ほんとだ。どうしたの、赤池君」 「葉山もうるさい!」 何故か赤くなる章三に、オレたちはくすくすと笑った。 |