Safty Love


※下世話ネタ注意、いや、ほんとに。


*****

ギイと同じベッドで過ごすようになってから何度目の夜のことだろうか。
いつものように甘い口づけからそれは始まり、顕わになった肌を探られ、互いの熱を分け合って。
絡めた指も、耳元で聞こえる低い声も、さらりとした肌の感触も。
それがギイのものだと、どうしてこんなに気持ちいいんだろうと、いつも不思議に思う。
知らない行為じゃないのに。
あんなに忌まわしかった行為なのに。
ぼくに触れているのがギイだと思うだけで、自分の身体が自分のものじゃなくなっていくような心地よさに、怖くなる。
それまで感じたことのない快楽を与えられて、それでも足りなくて泣きたくなる。
ずっと昔に、無理矢理押さえ込まれて与えられたものとはまったく違う。
それは優しくて、甘くて、切なくて。
ぼくの方から欲しくなる。
もっともっと、ギイのことが欲しくなる。

「託生・・?」
柔らかく耳朶を食まれ、もういい?と聞かれた。
「なに・・?」
朦朧として上手く思考が働かなくて聞き返すと、ギイはちょっと困ったように笑った。
「中に入ってもいい?」
「・・・・うん・・・」
ギイはちゅっと唇の先に口付けると、腕を伸ばして何かを取り出した。
「なに?」
「んー?」
人差し指と中指で挟んでギイが見せたそれは、そういうことに疎いぼくだってちゃんと知っているものだった。

(避妊具?)

まったく予想もしなかったものを見せられて、ぼくは言葉を失った。
ギイはそんなぼくに小さく笑う。
「今までちゃんと使ってなかったから気になってたんだ」
「え・・何で・・・?」
今までそんなの使ってなかったのに。どうして急に?
じっと凝視するぼくを尻目に、ギイは包みの封を切って言った。
「いや、・・・・・くないし、さ・・」

(え?)

ギイの言葉の意味がすぐには分からなかった。
けれど、胸の奥がぎゅっと何かに掴まれたように痛くなって、息が苦しくなった。
ギイの腕から逃げ出したくなって、でもそんなこともできなくて。

混乱の中、いつもと違う感触で身体の奥に彼を受け入れると、知らないうちに涙が溢れた。

そのあとのことは、よく覚えていない。





託生の様子がおかしいな、と気づいたのは寮の部屋に2人きりになった時だった。
その日は野暮用で時間を取られ、学校ではあまり一緒にいることができなかった。
だからいったいいつから託生の様子がおかしかったのか正確にはわからないのだけれど、考えてみれば朝起きた時から、様子はおかしかったようにも思う。
最初はただ、昨夜いろいろと無茶させたから拗ねてるのかとも思ったのだが、どうもそうではないらしい。
オレが触れようとするとさりげなく身をかわす。
視線を合わせようとせず、どこか逃げよう逃げようとするその態度に、治ったはずの嫌悪症がまた復活したんじゃないかと不安になった。
恐らくそんな小さな変化には誰も気づいてはいなかっただろう。
オレだから気づくことができるほどの小さな変化。
託生は何気ない風を装っているけれど、それに騙されるほどオレはマヌケじゃない。
「なぁ託生」
「なに?」
少し離れた場所にいれば、託生はいつもと変わらない笑顔を見せる。
けれど距離を縮めると身をすくめる。
嫌悪症?
だけど、そこまでの拒絶感はない、よな?
試してみるかな、と思って、少し託生に近づいてみる。
「どうしたの、ギイ?」
「いや、疲れたから先に寝るよ」
「・・うん」
ゆっくりと顔を近づけてみると、託生は一瞬困ったように視線を揺らし、けれど逃げるようなことはせずに、黙ってオレからの口づけを受け止めた。
「・・・おやすみ」
「うん・・・おやすみ」
ほっとしたように託生がうなづく。
何となく、そうした方が託生が安心するような気がして、別段眠くもなかったがベッドに入った。
オレが背中を向けたことで、託生が身に纏っていた緊張を解いたのが分かった。

(オレのことを怖がってる?)

まったく心当たりはなかったけれど、知らないうちに何か託生を怖がらせるようなことをしてしまっただろうか。
だとすれば、知らないふりをしていては何も解決しないかもしれない。
けれど、キスを嫌がる素振りはなかった。
本当に嫌なら・・・つまり、嫌悪症が復活したのであれば、咄嗟に逃げているはずだから、そうではないのだろう。
もう少しだけ様子をみて、元に戻らないようであれば、託生が話してくれるように何か方法を考えなくてはならない。
このまま嫌悪症時代に戻ってしまうことがないように。
そう決めて、オレは目を閉じた。



次の日も次の日も、託生はいつもと変わらないようでいて、やっぱりどこかオレとの間に一線を引いている気がしてならなかった。
普通に話もすれば、冗談を言って笑ったりもする。
それまで通り触れてみても、あからさまに逃げることはしない。
けれど、どこかそれ以上を拒む空気がある。
いったい何があったのだろうか、とどれだけ考えても分からなかった。
思っていることの半分も口にしないヤツだから、いつもそれとなく水を向けたり、時には強引に抱え込んでいるものを吐き出させるようにしているのだけれど、今回はそれさえもできないような雰囲気がある。
もっとはっきりとした拒絶ならば、こちらも強気に問いただせるのだが、普通といえば普通にも思えるのが微妙だった。
さて、どうしたものか、と作戦を練っていると、託生が浴室から姿を現した。
託生は、オレがまだ起きていることに少し驚いたような表情を見せた。
もうとっくに消灯している。託生はオレがもう寝ているだろうと思っていたのだろう。
ここ最近、オレが眠るのを待って、託生はベッドに入っていた。
遅くまで机に向かってみたり、わざと遅くにシャワーを浴びてみたり。
そんな子供じみた逃げ方にオレが気づかないとでも思っているのだろうか。
オレの視線から逃げるように自分のベッドへと歩き出した託生に、小さく声をかける。
「託生」
「え・・・」
「今夜、一緒に寝よう」
最後に触れ合ってからずいぶんと時間がたつ。
託生のことを大切にしたいとは思っているけれど、オレだってそろそろ限界だ。
プラトニックだった頃ならまだしも、その温もりを知ってしまっては、何もしないままで何度も一人の夜を過ごすつもりはない。
託生がオレに何も打ち明けようとしないのなら、オレも知らないふりをして、今まで通りにするだけだ。
そうすれば、託生の方から我慢できなくなって打ち明けてくるかもしれない。
「来いよ、託生」
「・・・・」
てっきり嫌だと言って断るかと思っていたのに、手にしたタオルで口元覆って、のろのろと託生が近づいてくる。そのくせ、オレの目の前で立ち止まると、そのまま困ったように俯いてしまう。
手を伸ばしてその細い手首を掴むと、託生ははっとしたように視線を上げた。
「託生、オレに何か隠してる?」
「・・・・そんなこと、ないよ」
「本当に?」
「・・・うん」
「じゃあ、今夜、抱いてもいい?」
「・・・・っ」
その瞬間、掴んでいた託生の手が震えた。

(ほら、何か隠してる)

詰め寄りたい気持ちになったが、追い詰めて困らせるつもりはなかったので気づかない振りをした。
「だめ?託生」
「・・・・」
ゆるゆると首を振って、託生はオレのベッドへと入った。
その隣に寄り添うように横になると、託生はどこか不思議そうな目でオレを見つめた。
何かを探るような、何かを待っているような。

言いたいことがあるなら言えばいい。

何を言われたって、ちゃんと受け止める覚悟はある。
恋人なんだから、誰にも言えないことならなおさら打ち明けて欲しいのに。
だけど、結局託生は何も言わずに目を閉じた。
仕方がないな、と濡れた前髪をかき上げて額に口づけた。
そのまま瞼に、鼻先に、頬に、耳元に、唇に。
何度も何度も口づけを落として、託生の身体を抱き寄せた。
「ん・・・・っ」
首筋に吸い付くと、託生は小さく声を上げた。
風呂上りでしっとりとした肌に指を這わせると、それだけで感じ入ったように身を震わす。
嫌がってる様子はなく、避けられていると思ったのは思い違いだったのだろうか、と思った。
深く口づければ、嫌がることなく応える。
パジャマを脱がせて、素肌に触れても、逃げる素振りは見せない。

(何だったんだろう?)

避けられていると思ったのはオレの勝手な思い込みだったのか?
それならば、その方がいい。オレも少し神経質になりすぎていたのかもしれない。
それきり余計なことは忘れて、託生を抱くことに集中した。
「や・・・っだ・・・」
閉じようとする膝を押し広げて、下肢に手を伸ばす。
形ばかりの拒絶はいつものことで、ゆっくりと握りこんだ指を上下させると、託生は息をつめて顔を背けた。
「託生・・気持ちいい?」
「・・・っ」
教えて、とねだると、小さくうなづく。
唇を噛んで快楽に耐える姿が可愛くて、我慢できなくなった。
ほどなく託生が蜜を溢れさせると、力の抜けた足を片手で胸へと押し上げた。

(あ、そっか、アレ、つけなきゃな・・・)

危うく忘れそうになっていたものを思い出して、ベッドサイドへと手を伸ばした。
とたんに、託生がぱっと目を見開き、オレの腕を掴んだ。
「どうした?」
「あ・・・」
オレが手にしたそれを見たとたん、託生はオレの腕の中から逃げようと身をひねった。
「託生?」
「や、ごめ・・っちが・・・」
怯えるようにオレから顔を背けたまま、ごめんと謝る。
そっと託生の肩に口づけると、託生はさらに身を竦ませた。
横を向いたまま小さく震える託生に、オレの方が焦った。
「大丈夫か?気分でも悪くなったか?」
「ちがう・・」
「無理しなくていいんだぞ・・嫌なら今夜は・・」
「・・・っ」
言いかけたオレの肩を、託生が思いもかけない強い力で押しやった。
そしてきつい眼差しでオレを見据える。
「無理?・・・無理してるのはギイの方じゃないかっ」
思いもしなかった託生の言葉に咄嗟に反応できなかった。
託生は自嘲するような笑みをオレへと向けて、ゆっくりと言った。
「嫌なら・・・無理にしなくていい・・いいから・・しなくていい」
「何、言って・・・」
「もういいからっ・・・はな・・し・・」
混乱したように、めちゃくちゃに暴れだした託生を必死で抱きすくめる。
いったい何が地雷だったのか分からなくて、オレはただひたすらに託生を抱きしめるしかできない。
「離せよっ」
「嫌だ」
「ぼくに触るなっ」
「どうしてだよ?何で触っちゃだめなんだよっ」

オレの託生なのに。
託生はオレの恋人なのに。

思わず強い口調で聞き返すと、託生は大きく胸を喘がせた。
「したくもないのに、無理して抱いてくれなくていい!」
「・・・っ」
「ぼくが、ギイとしたいと思ってるから?だから同情して抱いてくれるわけ?そんなのいらないっ、いらないっ」
「何だよ、同情って・・?」
まったくわけが分からず、半ば呆然と聞き返すと、託生は今にも泣き出しそうな顔をして、それまでの思いをオレへと吐き出した。
「汚したくないんだろっ!ぼくのこと汚いって思ってるから・・・あんなの、使わなくちゃぼくとはできないって・・・。汚れるのが嫌なら・・ぼくに触るなっ」
叫ぶなり、託生はぱたぱたと涙を溢れさせた。
強い口調とは裏腹な、子供みたいな頼りない泣き顔。

(なに、言ってるんだ?)

あっけに取られるとはこのことで、一瞬反論するのが遅れた。
それが託生にしてみれば、自分の言い分が正しいということだと思ったようで、ありったけの力でオレの腕から逃げようと腕を張った。オレは慌ててその身体を抱きすくめて逃げられないようにする。
「託生っ」
「離せってば」
「ちょっと、落ち着けって・・」
「い・・やだっ・・・」
「いい加減にしろっ、ちょっとはオレの話も聞けっ」
「・・・っ」
びくりと託生が身を竦める。
託生に怒鳴ったのなんて初めてかもしれない。
怒鳴らずにはいられないほど、オレだって相当頭に来ていた。
汚いって何だ?
同情って何だ?
どうして託生がそんなことを口にするんだ?
大きく深呼吸して、先ほどからの会話を頭の中でリフレインしてみる。
そしてようやく理解できた。
託生が何を勘違いしていたのかを。
「託生・・オレが託生のことを汚いって思ってると思ったのか?」
「・・そうだよ」
「どうして?」
それこそ理解できないとでもいうように、託生はオレを見据えた。
「ギイが言ったんじゃないかっ、汚したくないって・・・だから、あんなの使う気になったんだろ」
もう何と言っていいか心底困ってしまった。まさかそんな誤解が生まれるなんて夢にも思ってなかった。

(何てこった)

あまりのことに、本当にどこから絡まった糸を解きほぐせばいいのか分からなくなる。
初めて避妊具を使った夜、どうしてと聞いた託生に、オレは、

「汚したくないから」

と答えた。確かにそう言った。
けれど、それは・・・

オレは自分自身の怒りを静めると、今度は託生の怒りを静めることにした。
「あのな、オレは託生のことを汚いなんてこれっぽっちも思っちゃいないよ。思うはずないだろ」
「・・・・」
「あれを使おうと思ったのは、そういう意味じゃない。ぜんぜん違う。あれがないとさ、オレ、託生の中に出しちゃうことになるだろ?」
あからさまな言葉に、託生はやっぱり赤くなる。
「汚したくないっていうのは、そういう意味だよ。オレはさ、ただ気持ちいいだけでいいかもしれないけど、託生はそういうわけにはいかないだろ?その後始末も大変だし、体にも負担がかかるだろ?いろいろ考えると、託生のことそんな風に汚したくないなって」
「・・・なん・・・で・・」
「ごめん、本当はちゃんと最初から使わなきゃだめだったのに、我慢できなくて。今さらって、そりゃ思うだろうけど・・・託生が何も言わないからって、オレ、勝手なことしてたよなって反省したんだよ。だって、お前、終わったあと辛そうだし・・本当はそういうの嫌なんじゃないかな、って思ったから・・・」
オレの言葉に、託生はまた涙を溢れさせた。
涙で濡れた頬を手のひらで拭ってやると、託生はぎゅっと目を閉じた。
「ギイが・・汚したくないって・・言ったから・・・」
「オレが汚したくなかったのは託生を、だよ。オレ自身のことじゃない」
「だって・・・」
しゃくりあげるように息ををして、託生はまた涙を流した。
「ぼくは・・・ギイが思っているほど綺麗じゃないから・・だから本当はしたくないって思って・・るんじゃ、ないかって。汚れるのは嫌なのに、・・ぼく、のために・・・無理してるんじゃ・・・て思っ・・・て。・・・でも、それでもいいって、思ったんだ。ギイが使いたいなら、それでも・・・いいかって・・・仕方ないかな、って。でも、やっぱり、我慢してるのかな、って思ったら・・・辛くて・・」
最後まで言わせずに、オレは泣きじゃくる託生の頭を抱きかかえた。
オレが無理してるんじゃないかと誤解していたから、だからあんな風にオレのことを避けていたのか。
バカなことをと、また怒鳴りたくなるのを何とか堪えた。

託生に触れたらオレが汚れるって?
それが嫌だから、あんなもの持ち出したんだろうって?

馬鹿馬鹿しくって、よくもまぁそんな発想ができるもんだと、オレはある意味感心してしまう。
けれど、その根源にあるものを思うと胸が痛くなる。
「なぁ託生・・・自分が綺麗じゃないなんて、それって、兄貴のことがあったから、そんな風に思ってるのか?」
「・・・・」
黙り込むということはそれが正しいということだ。
今さらながらに、託生が負った心の傷がどれほど深いのかを思い知らされる。
そして自分の不用意な言葉で、託生を傷つけてしまったことが、悔やんでも悔やみきれない。
「そんなことで託生が汚れてるだなんて思うわけないだろ」
「・・・・」
「思うわけない」

大丈夫だと言い聞かせるように、何度も何度もその薄い背を撫でる。
託生はオレの胸の中で大きくしゃくり上げた。
必死に声を殺して嗚咽する姿に、どうしようもなく胸が痛んだ。

愛されることに慣れていないから?
それとも兄貴からの深すぎる愛情に傷ついたから?

どちらにしろ、託生は自分が愛されることに自信がなく、ひどく臆病だ。
大切にされるということがどういうことなのか知らないから、何でも自分が悪いのだと思ってしまう。
そんな託生があまりにも寂しくて、やるせなくなる。
オレは託生の頬を両手で包みこんで、まだ涙で潤んだ瞳を覗き込んだ。

「なぁ、愛してるんだぜ?どうしたら自分が愛してるヤツのことを汚れてるだなんて思えるんだよ。もしオレが、託生の立場だったら、お前、オレのこと汚れてるって思ったりするか?」
ゆっくりと言い聞かせるようにして、問いかけてみた。
託生はふるふると首を振る。
「だろ?頼むからそんな馬鹿なこと言わないでくれ。オレが傷つく」
「ギイが?」
「オレだって傷つく。当たり前だろ」
その言葉は託生には思いもしなかったもののようで、びっくりしたような表情を見せた。
こいつ、オレが傷つかないとでも思ってたのだろうか。
まだまだ分かってないな、と苦笑する。
確かに多少のことじゃあ傷つかないくらいの図太さは持ち合わせているけれど、それが託生のこととなれば話は別だ。
託生が何かに傷ついたなら、そのことでオレはひどく傷つく。
自分が愛してる人が傷つけば、それは当然のことだと何故分からない。
託生はひどく戸惑った様子で、オレの肩にそっと手を置いた。
「ギイが悪いんじゃないよ・・・ごめん、ぼくが悪かったんだ・・・勝手に勘違いして・・・」
「まったくだ。オレがそんな男だと思われてたなんてな」
わざと茶化すように言うと、託生は慌ててそうじゃないよ、と言った。
「ごめん・・ギイがそんな人じゃないって・・・分かってたはずなのに・・・」
「いいよ。最初にちゃんと説明しなかったオレも悪い。だからお相子、な?」
本当に、今回はオレが悪い。
もっとはっきりと、使う理由を言えばよかったのだ。
そうすれば、託生を傷つけずに済んだ。
託生は大きく一つ息を吐くと、ぐっしょりと濡れた目元を手の甲で拭った。
「ごめんね、ギイ」
「もういいよ。だけどな、託生。今度から気になることがあるんなら、ちゃんとオレに聞けよ。ほらオレ、一応外国人だからまだ日本語怪しいし?誤解させることがあるかもしれないだろ?」
「よく言うよ」
ぷっと吹き出して、いつもの笑顔を見せた託生に、ほっとした。
「オレ、お前の恋人だろ?頼むから、隠し事なんてしないでくれ。オレだって間違うこともある。託生のこと知らず知らずのうちに傷つけちまうことだってある。そんな時に、託生が何も言ってくれなきゃ、オレはお前に謝ることさえできなくなる」
「・・・・」
「愛してるんだ。託生が嫌だって思うことはしたくないって思ってる」
信じてくれ、とつぶやくと、託生はこくりと頷いた。
冷えてしまった身体をそっと抱き寄せると、託生は今度こそ嫌がらずに身を寄せてくれた。
もう二度と、オレのことを拒絶する託生を見たくないと、心から思った。
「だけどギイ・・」
「うん?」
「ぼくは・・・ギイにされて・・・嫌なことなんて何もないんだよ?」
あまりにも簡単に託生が言うので、オレは呆気にとられてしまった。
それは、あまりにもあまりな殺し文句で。
無意識だから余計に始末に終えない。
お前はそれがどういうことか分かって言ってるのか、と言いたくなる。
そんなに簡単にオレのことを信用して大丈夫なのか?
オレは託生が思ってるほど優しい男でもないし、本当は欲望赴くままに託生のことを抱いてしまいたい、っていつでも考えている男なのに?
オレがありったけの自制心を総動員しているというのに、
「あの・・・アレ・・・やっぱり使った方がいいの、かな?」
などと小さく尋ねる託生に、どうしてくれようか、という気になったとしても誰も責められないと思う。
そういうこと、オレに聞くなよな。ほんとに。
黙り込むオレに、託生が追い討ちをかける。
「だって、使わない方が・・ギイ、気持ちいいんじゃないの?」
「・・・・っ!?・・・お前なぁ・・・」
一気に脱力してしまう。
だめだ。
天然なのか?
それともオレのことを試してるのか?
セーフセックスがどういうものか、この状態でオレにレクチャーしろっていうのか?
いや、どこかでちゃんと説明しなくちゃいけないんだろうけど、今は勘弁してほしい。
「いや・・オレのことはどうでもいいから」
「でも・・・」
まだ躊躇いがちにオレの真意を探ろうとする託生の言葉を遮るために口づけた。
甘い舌先を思う存分堪能して、静まっていた熱をもう一度呼び起こす。
「なぁ、託生も使わない方が気持ちよかったりする?」
「え、いや・・ぼくは・・別に・・・」
さっきまでさんざんオレのことを煽るような台詞を口にしていたくせに、オレが聞くとこんな風にうろたえる。
いったいこいつは何なんだ、とおかしくなる。
「ぼくのことはいいんだよ・・・」
「良くない。だけど・・・・」
オレは託生の耳元でそっと囁く。
「たまに我慢できなくても許してくれる?」
半分茶化して、半分本音を滲ませてお伺いを立ててみると、託生はきょとんとした表情を見せ、やがてその意味が分かると、ほんの少し頬を赤くして小さくうなづいた。


それが今から1年ほど前の話。


そのあと、まだちゃんと分かっていない様子の託生に、その必要性と重要性を懇々と説明し、アレを使うのは常識であり、礼儀なのだと言い聞かせた。
なので、それは2人の間では当然の必需品となったのだが・・・。






「実は、最後の1個、矢倉にやっちまったんだよなぁ」
「え?」
久しぶりにゼロ番に泊まりにやってきてくれた託生とベッドでごろごろしていたら、そりゃ当然いい雰囲気になるわけで。
昨日、矢倉にちょっとしたことから、何気なく一つくれてやったのはいいのだが、それが最後の1個だったということにあとから気づいた。
しまったと思ってももう遅い。
「それ、ってもしかして・・・」
託生が訝しげにオレを上目遣いに見る。
「ごめん、在庫確認してなかったオレが悪い」
「・・・じゃ、今日は大人しく寝よう、ギイ」
うんうん、と託生が肌蹴たシャツの釦をとめる。
「こらこら、1週間ぶりなんぞ、この状態でお預けかよ」
オレは慌てて託生の手を止める。
何度もキスしたせいで潤んだ瞳をしているくせに、何だってそんなに簡単になかったことにできるんだ、こいつは!
「だって、ないんだろ?」
「ない」
「じゃだめだよ」
「・・・・そこを何とか」
「常識と礼儀だって教えてくれたのはギイだろ?」
託生がぷいっとそっぽを向く。
それを言われると非常に辛いところではあるが、このまま一緒に寝るだけだなんて、そっちの方がオレには拷問だ。
オレは託生の顎先をつまんで、こっちを向かせた。
「意地悪するなよ、託生。我慢できなかったらいいって言ったじゃんか」
「まだ我慢できるタイミングだろ?」
いや、もうとっくに我慢の限界なんだけど。
余裕を見せる託生が憎らしくて、ぎゅっと抱きしめた。
「苦しいよ、ギイっ」
「お願い、託生くん」
「やだよ」
「じゃあ妥協案出すから」
「?」
昨日から用意していた妥協案を告げると、予想通り託生はやっぱり真っ赤になった。
一度は却下と断言したものの、この先いつこんな風にお泊りできるか分からないだろ、と言い募ると、渋々ながらに受け入れてくれた。


次の逢瀬がいつになるかは分からないが、そうそう間を空けるつもりはない。
あれは下山したときに必ず手に入れようとは思っているが、とりあえずは矢倉のストックから一つ返してもらうことにする。
もちろん利子をつけてもらうことは忘れずに。



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あとがき

売店で売ってたらびっくりだ。  元ネタとなった豆話はこちら