12月に入ると世の中はクリスマス商戦真っ只中へと突入し、あちこちでクリスマスツリーやイルミネーションが美しく飾られ、大人でもちょっとわくわくするのだから、子供となれば言うまでもない。
「そういえばハルもクリスマスになると、目をキラキラさせてツリーを眺めてたよね」 キッチンで二人分のココアを作りながら昔を思い出して言うと、ハルはちょっと恥かしそうに唇を尖らせた。 「だって、ギイが作るツリーってめちゃくちゃ綺麗だし」 「そうだよね。案外と凝り性だからなぁ、ギイ。今年も張り切って早々にオーナメントを買ってきてたし」 仕事でドイツに立ち寄ることがあったようで、クリスマス市で大量にオーナメントを買い込んできた。 毎年少しづつテイストの違う飾りつけにしたいようで、テーマを決めて買ってくる。 もちろん子供たちが喜びそうなものばかりだ。 リビングではヒロがそのオーナメントを楽しそうに飾り付けている。 まだ小さいのでツリーの上までは手が届かない。踏み台ってどこにあるの?と聞きに来たハルを呼び止めて、おやつ代わりのココアを作るのを手伝ってもらっていた。 「託生はわくわくしないの?クリスマス」 ハルが尋ねるので、ぼくはそうだなぁと考えた。 一番わくわくしたクリスマスは言うまでもなく祠堂で、ギイがサプライズでツリーを用意してくれたクリスマスだ。 あれが最大級の驚きだったしわくわくだったから、そのあとは割と落ち着いてギイとクリスマスを迎えられることができている。もちろんギイは毎年ちょっとしたサプライズを仕掛けてくるけれど、大人になったぼくとしてはそうそう簡単に参りましたとは言わないのだ。 それに、大人になると悲しいかなイベントはそれほど待ち遠しいものでもなくなるのだ。 どちらかと言うとハルとヒロが楽しそうにしているのを見ている方がわくわくする。 僕も大人になったんだなぁとしみじみを思うところである。 「ところで、ハルはプレゼント何が欲しいんだい?」 もうハルはクリスマスプレゼントはサンタがくれるものではないと分かっているので、堂々と欲しいものリサーチができる。 ハルは小さい頃から賢い子だけれど、それでも長い間サンタの存在を信じていた。 だから本当はサンタはいないのだと知った時はやっぱりがっかりしていたけれど、だからといって怒ったり泣いたりすることはなかった。 「うーん、どうしようかな・・・」 「そんなにたくさん欲しいものがあるのかい?」 思ってもみないハルの言葉に、ぼくはちょっと驚いた。 あれもこれも欲しがる子でもないので、今一番欲しいものというのは決まっているものだとばかり思っていたのだ。 「今すぐに決めなきゃだめ?」 「そんなことないよ。欲しいものがあればまた教えて?」 「うん、分かった」 「あ、でもヒロには聞かれないようにね。ヒロはサンタさんからもらうことになってるから」 ぼくがそう言うと、ハルは分かった、と笑った。 ハルはサンタの正体を知っているけれど、さすがにまだ小さいヒロはサンタがいると思っている。 まだしばらくはその夢を壊すつもりはないのだけれど、問題はヒロが欲しいと思ってるものをこっそりリサーチするのはなかなか難しいということだ。 サンタさんなら言わなくても分かると思っているからだ。 だからハルにもお願いして、ヒロが欲しいものは何かを今一生懸命探っているところである。 出来上がったココアとちょっとしたお菓子を乗せたトレイを手にして、ぼくとハルがリビングに戻る。ヒロはキラキラとしたオーナメントを散らかすだけ散らかして、すでに遊びモードに入っていた。 「ヒロ、ほらおやつにしよう。あーあ、それにしても散らかしたなぁ。あ、そうだ踏み台がいるんだっけ」 すっかり忘れていた。ハルとヒロがもりもりとおやつを食べている間に、雑多なものを入れているクローゼットの中から子供用の踏み台を持ってきた。 「託生、一番上の星はヒロがつける!」 ヒロが片手にツリーの一番上につける星をしっかり握りしめてぼくに体当たりしてくる。 山ほどのオーナメントがあっても、やっぱりてっぺんに飾る星というのは特別なものらしい。 ハルも小さい時はそうだったなぁと思い出す。だけどヒロができてからは、ハルはあらゆることに関して自分が一歩引いて、ヒロに譲っているところがある。もともと我儘はあまり言わない子だったけど、もうちょっと甘えてくれてもいいんだけどな、と思ってしまう。 「ハルちゃん!見て、ほらサンタさん!!」 ヒロは数あるオーナメントの中からやはりメインキャラであるサンタもお気に入りで、ハルに見せにくる。 「うん、可愛いね。ほら、こっちにもあるよ」 ハルのことが大好きなヒロはハルにぺったりくっついてサンタサンタと大喜びだ。 「もうすぐ本当にサンタさんがヒロにプレゼントをくれるね」 ハルがさりげなくヒロに探りをいれる。 おっと、ハルがリサーチをしてくれるのだろうか、と期待していると、ヒロは 「サンタさんはいないんだよ?ハルちゃん、知らないの?」 と爆弾発言をした。 ぼくとハルは固まってしまい、思わず顔を見合わせた。 まさかヒロの口からそんな言葉が出ようとは!というか、いったい誰から聞いたんだ! 絶対ぼくやギイやハルではない。 「えーっと、ヒロ、どうしてサンタさんがいないなんて言うんだい?」 「だって、タケくんとかコンちゃんがそう言ってたもん」 「あー、そうなんだ・・・そっか・・・ヒロはサンタさんはいないと思うの?」 「わかんない」 無邪気な返事に力が抜けそうになる。 ハルもぷぷっと吹き出した。 「だってサンタさん見たことないし、でもみんないないって言うんだもん」 ふむふむ。なるほど、確かにそれはそうだな。 ハルは少し考えたあと、でもさ、と言った。 「ヒロちゃん、サンタさんがいないとプレゼント貰えなくなっちゃうよ?」 「大丈夫だもん」 「どうして?」 「あのね、プレゼントはギイと託生がくれるから!サンタさんがいなくても大丈夫なんだよ!」 「あー」 ハルは困ったようにぼくを見た。 うーん、まぁ確かにそうなんだけど、何というかそんな現実的なことを言われては、きっとギイはがっかりすることだろう。ヒロにサンタさんからと称してサプライズプレゼントをすることを、ギイは今年もたいそう楽しみにしているのだ。 「ヒロちゃん、プレゼントはサンタさんがくれるんだよ?サンタさんはいない、なんて言ったら、プレゼントも貰えないよ?」 ハルがフォローすると、ヒロはその意味を考えているかのように、じっと動きを止めた。 これは下手すると泣き出すパターンじゃなかろうかと思っていると、ヒロはすくっと立ち上がってハルの服を引っ張った。 「ハルちゃん、プレゼント探す!」 「え?」 「ギイと託生がくれるプレゼント、どこにあるか探そうよ!」 「ええっ?!」 ぼくとハルは思わず同時に声をあげてしまった。 探すって??プレゼントを?? 思いもしなかったヒロの宣言に唖然としてしまう。 ハルも慌ててヒロの手を引っ張る。 「ヒロちゃん、プレゼントはほら、サンタさんが持ってくるんだから、家の中にはないよ!」 「あるもん!」 「それに、クリスマスはまだ先だし・・・」 「探すの!ハルちゃんも一緒に!」 一度言い出したらきかないのは分かっているので、ハルは困ったなぁというようにぼくを見た。 まぁいくら探したところで、家の中にはプレゼントはまだない。 この週末にでも買いに行こうかなと思っていたのだ。 なのでまぁ探したいなら探してもいいのだが、どこにもないと分かるときっとがっかりするだろうなぁと思うとそれも可哀想な気もする。 プレゼントが貰えないと思って泣くかもしれないし。 これは困ったことになった。 「子供っておかしなこと考えるよなぁ」 夜遅くに帰ってきたギイは、昼間の子供たちとの会話に感心したように笑った。 「笑いごとじゃないよ、ギイ。あのあとヒロはあちこち探しまくって大変だったんだから」 「で、プレゼントはないし、どうなった?」 「すごーくがっかりしてた。ハルが『サンタさんが持ってくるから』って言ったんだけど、まぁ実際探してもプレゼントはないし、じゃあもしかしたらやっぱりサンタはいるのかも?とかいろいろ考えてたみたいだよ」 「はは、まぁ一晩寝たら忘れるんじゃないか?」 「そうかなぁ。ヒロは一度決めたら引かないからなぁ。ほんと、誰に似たんだか」 やれやれと肩を落とすと、ギイがぷっと吹き出した。 「何だよ」 「いや、一度決めたら引かないなんて、託生にそっくりだなーと思ってさ」 「何言ってんだよ、ギイに似たんだよ」 お互いにオレじゃないぼくじゃないと言いあっていたけれど、よくよく考えればそりゃあぼくたちの子供なのだからどっちにも似ているんだよね。 「で、サンタが持ってくるプレゼントは何にするんだ?」 「うーん、ハルは何だかまだ迷ってるみたいだし、ヒロは次々に欲しいものが出てくるみたいで、ぼくもまだ迷ってる」 「そっか。でもそろそろ買っておきたいよなぁ、クリスマス近くなると当日の準備で忙しくなるし」 「だよね」 毎年二人が欲しいものを少し早めに購入して、クローゼットの奥深くに隠しておいて、クリスマスにそっと枕元に置いておくというのが手順なのだが、ヒロがあちこち探しまくっているので、下手な場所に隠していると見つけられてしまいそうだし、どうしたものか。 「まぁとりあえず何が欲しいのか教えてもらわないとなぁ」 「うん、ハルにはまた聞いてみるから。ヒロは何もらっても喜ぶと思うしさ」 「だな」 そういえば、とギイがぼくに向き直る。 「託生は?なにか欲しいものある?」 「えーっ、特にこれといっては・・・って、ギイは何が欲しいの?」 「オレも特にはないかなぁ」 せっかくのクリスマスだというのに、何と欲のないことだろうと二人して笑ってしまった。 だけどそれは今が十分満たされているという証拠なんだなと思う。 大好きなギイがいて、ハルとヒロがいて、ぼくにはこれ以上何か欲しいと思うものはない。 それでもギイサンタは毎年ちゃんとぼくが喜ぶものを探しだしてくるのだから不思議だ。 ぼくもギイが喜ぶものを何か選ばなくては!と、少しばかり気合を入れなおした。 クリスマスまであと少しとなっても、ハルは何が欲しいのかを教えてはくれなかった。 何もない、というよりは欲しいものがあるのに言い出せないという感じがしたので、ぼくはハルとヒロを連れて、デパートのおもちゃ売り場へと足を運んだ。 ヒロは予想通りあれこれ欲しがり、いったいどれが一番欲しいのか分からなくて困ったけれど、ハルはハルで、どれにもあまり興味がなさそうで困った。 もしかしたらここには欲しいものはないのかな。 もうおもちゃが欲しいという年でもないとか?いやでもまだヒロと一緒に遊んでるしなぁ。 「ハル、他のフロアにも行こうか。ギイへのプレゼントも見たいから」 「うん」 野球とかサッカーとか、何かスポーツがしたいのかなと思ってスポーツ用品のフロアを見たり、新しい洋服が欲しいのかなと見に行ったり、だけどハルはどれにもあまり興味を示さない。 これは困った。そろそろ何が欲しいのか教えてもらわなくてはならない。 いろんな雑貨がそろっているフロアをぶらぶらしていると、ハルが足を止めて何かを見ているのに気づいた。 ぼくはヒロの手を引いてハルに近づいた。 ぼくたちが近づいたことに気づかないくらい、ハルは熱心に何かを見ている。いったい何を見ているのだろうと思って覗き込むと、それはずいぶんと立派な望遠鏡だった。 顔を上げると、天体観測のグッズが並んでいるコーナーで、子供向きというよりは大人向けのちょっと本格的なものがそろっている売り場だった。 「ハル」 「あ」 ぽんと肩に手を置くと、ハルはびっくりしたように目を丸くした。 「ハル、天体望遠鏡が欲しいの?」 「・・・・」 硝子ケースの中に並べられた望遠鏡は、なかなかいいお値段がしていて、何となく、ハルが言い出せなかった理由が分かったような気がした。 「星が見たいのかい?」 「・・・うん」 ああ、そう言えば今年の夏休み、祠堂の仲間たちとキャンプをしたんだけど、その時、高林くんが望遠鏡を持ってきていて、ハルたちに星の観方を教えてくれたのだ。 あの時、ハルはずいぶん楽しそうで、ずっと高林くんにくっついていた。 そうか、星に興味があったのか。 「望遠鏡にする?」 「でも、高いから」 ハルは小さく答える。 確かに子供のプレゼントにしてはいいお値段だ。たぶん子供用のものならもっと安いものもあるんだろう。だけど・・ 「ハルはいつもヒロの面倒をよく見てくれるし、勉強も頑張ってるし、たぶんサンタさんはそんなハルになら欲しいものくれると思うな」 ぼくが言うと、ハルはぱぁっと顔を輝かせた。 「ありがとう、託生」 ハルがぼくに抱きついた。それを見ていたヒロも同じようにぼくに抱きつきながら、 「ヒロもおもちゃ欲しい!」 と声を上げた。ぼくはその場にしゃがみこんでヒロの頭を撫でた。 「ハルが欲しいものはサンタさんがプレゼントしてくれるんだよ?ヒロはどうする?欲しいおもちゃがあったら、ぼくがサンタさんに伝えてあげるよ?」 「・・・サンタさんいるの?」 まだどこか疑っている目で問いかけてくる。 何とも答えにくい質問ではあるが、まだ「いる」と答えていいような気がする。 「どうかなぁ、いい子にしてるところにはサンタさんは来てくれるんだよ。ヒロはいつもいい子にしてる?」 「してるっ!」 「じゃあ来てくれるよ、きっと」 ヒロはそれでもまだ迷っているようだった。何しろ友達からあれこれ吹き込まれているので、どっちを信じればいいのか分からないというところなのだろう。 しばらく考えていたヒロは、 「ハルちゃんはサンタさんにプレゼントもらうの?」 とハルに聞いた。どうやらぼくが言うよりも、ハルの言葉の方が正しいと思っているようだ。 親としてどうなんだろうとは思うが、ヒロにとってハルは一番大好きな人なのでそれも仕方ないかとも思う。 ハルはヒロの頭をくしゃりと撫でて、そうだよとうなづいた。 「プレゼントはサンタさんがくれるよ。ヒロちゃんもいつもいい子にしてるから、きっとサンタさんがプレゼントを持ってきてくれるよ。だから欲しいものを託生に言えば、託生がサンタさんに伝えてくれるよ」 そう、間違いなくギイサンタに伝えます。 思わず胸の中で大きく頷き、ヒロの様子を伺う。 するとヒロはあのね・・と切り出した。 二人が欲しいというものをギイに伝えると、任せておけと購入を請け負ってくれた。 やれやれ、これで今年のクリスマスも無事に終わりそうだと胸を撫でおろしていたというのに、イブの日の朝から、ヒロが再びプレゼント探しを始めたのだ。 また友達に何か言われたのか、それとも単に家の中をあちこち探し回るという探検気分を味わいのか、とにかく朝から大騒ぎだった。 まぁ気が済むまで探せばいいかと好きにさせておくことにして、ぼくは夜のご飯をせっせと準備した。 たいしたものは作れないけれど、やっぱりクリスマスはいつもより少しご馳走にしてあげたい。ケーキはギイが買って帰ってくることになっているし、大人用にワインも準備した。 よし、いろいろと万全だなと一人悦に入っていると、ヒロがばたばたとキッチンに駆け込んできた。 「プレゼントないよ!!託生!!」 この世の終わりと言わんばかりの訴えに、ぼくは笑ってしまった。 「だから言っただろ?家の中にはプレゼントはないんだよ。今日の夜、ヒロが寝ている間にサンタさんが持ってきてくれるんだから。分かった?」 「だってー」 「だってじゃない」 「・・・ほんとにプレゼントくる?」 「くるよ」 「ほんとに??」 「ほんとに」 ぼくが大きくうなづくと、ヒロはまだちょっと不安そうにしていたけれど、ハルが気を逸らすように、テレビで始まったアニメを見ようとヒロを連れていってくれた。 やれやれだ。 いつもなら前日までに用意したプレゼントを見つからないように隠しているのだけれど、今年はそれではちょっと危ないかもしれない、とギイが言ったので、本当に家の中にプレゼントはない。さすがギイ。ヒロの考えそうなことを分かっている。 だけど来年あたりはもう誤魔化されてはくれないかもしれないなぁと思う。 成長していく姿を見るのは嬉しいけれど、ちょっと寂しかったりもする。 いつまでもサンタクロースを信じる小さい子供のままでいて欲しいと思ったりもするけれど、まぁそれは勝手な考えなんだろう。 それはギイも同じようで、ささやかながらのクリスマスパーティをしたイブの夜、ぐっすりと寝入ったハルとヒロの枕元にプレゼントを置くと、 「隠れサンタもこれで終わりなのかなぁ」 と残念そうにつぶやいた。 ぼくが思っているのと同じようなことをギイも思っているらしく、やっぱり寂しいよなぁと二人してしんみりとしてしまった。 とはいうものの、まだしばらくは二人ともプレゼントを楽しみにするだろうし、ぼくたちも二人の喜ぶ顔を見るのが楽しみでもある。 「さて、託生くん、子供たちは寝ちまったことだし、プレゼント交換をするか?」 「もちろん。今年はギイもあっと驚くプレゼントを用意したんだ」 「へぇ、オレも託生が驚くプレゼントを用意してるんだぜ」 お互いごそごそとプレゼント取り出す。 そう遠くはない将来、子供たちにプレゼントを渡すことはなくなっても、たぶんこうしてギイとのプレゼント交換は続くんだろう。 そう思うとやっぱりクリスマスは特別なイベントだと言ってもいいのかもしれない。 |